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「…それで?どういうことなのかしら?」


 目の前でにっこり笑うジョディを、ひじり、快斗、赤井の3人は無言で見返した。





□ 幕の裏で 1 □





 話は当然哀について、だ。
 3人をまとめて呼ぶため、赤井の都合をつけて自分のマンションに呼び出したジョディは、向かいに3人を正座させ、仁王立ちしながら腕を組んで笑っているが明らかにこめかみが引き攣っている。


「赤井さん、パス」

「逃げる気か」

「私は悪くないので」


 ちゃんと赤井さんには報告しましたし、としれっと続けたひじりに、赤井が小さくため息をついた。


「…ああ、分かった。ちゃんと説明する」


 そして赤井はジョディへと説明した。まず、黙っていたことを詫びて。哀のことを黙っていたのは、写真の女が哀であると確信がなかったから、とは軽く嘘はついたが。
 やはり赤井は、たとえ相手がジョディであろうと話す気はないようだ。そのことについて、ひじりも快斗も何も言わないし何の反応も見せない。


「いずれにせよ、ベルモットはあの少女に接触した。近いうちに機を狙って何か仕掛けてくるのは間違いない」


 でしょうねとひじりが軽く頷いて同意を示す。
 普段はひじりがついているし、今もコナンが周囲に警戒網を張っている。それを無理やり突破して手を出してくるのはあまりにも乱暴だろう。
 だが、ベルモットは少なくともコナン1人くらいは哀から遠ざけるするために何かしらの策を打ってくるはずだ。それが何かはまだ予想がつかないが、その時を待っていつでも動けるようにしておく必要がある。


「…分かったわ。それじゃ、学校も辞めておいた方がいいわね」


 ため息混じりにジョディが呟き、そうだなと赤井が同意する。英語教師として帝丹高校へ潜入したのは元々新出に扮するベルモットへ接触するためのもので、折を見て辞めるつもりではあったらしい。
 ジョディが辞めたら蘭と園子が寂しがるなと内心で呟き、しかし表情にも出さずひじりはただ沈黙を貫いた。










 ジョディは何やらまだ何か言いたそうではあったが話はこれでおしまいと赤井を残してさっさと解散して逃れ、快斗と共に帰路についていたひじりは、隣でひと言も発さずに何かを考え込んでいる様子の快斗を見上げた。


「快斗、どうかした?」

「え?あ、いえ…」


 ひじりに声をかけられた快斗は、未だ消化不良の何かを抱えているようで僅かに眉間にしわを寄せる。


「何となく、なんですけど…ベルモットが新出先生になりすましてるのを見て、何か、オレに似てるなって…」


 その言葉で、ひじりは以前対面した新出に覚えた既視感を思い出した。そして納得する。そうか、あのときの既視感は、別人に変装している快斗に似ていたのだ。
 雰囲気なのか気配なのか、変装の仕方か。明確な根拠は分からないけれど、確かに似ている。だがそれは快斗の、と言うよりキッドの、と言った方が正確か。


「……もしかしたらベルモットは、親父を知ってる…?」


 黒羽盗一と、親交があったということか。
 ベルモットは“千の顔を持つ魔女”。盗一とベルモットが知人で、もし盗一がベルモットに変装術を教えていたのだとしたら。そこでふと、ひじりは前に有希子から聞いたことを思い出した。


「そういえば、有希子さんは以前、一時期だけど盗一さんに弟子入りしてたことがあった。そのときに、確かもう1人一緒に弟子入りしてたって…」

「それが、ベルモットかもしれない…?ちょっとオレ、ジイちゃんに聞いてみます」

「私も有希子さんに詳しく聞いてみる」


 思わぬところで浮上したベルモットとの関係性。それが何を意味するのか、2人にどう関わってくるのかはまだ、分からない。
 けれど知らなければならないだろう。もしかしたらこの情報は、ベルモットに対する切り札となり得るかもしれない。たとえ切り札ではなくとも、彼女に対抗し得るカードであることには間違いない。


「それと快斗。今、博士の家にいくつか盗聴器がつけられてる」

「…前に新出先生として来たときに?」

「うん。新一と一緒にいくつか見つけた。まだ外してないけど」


 ひじりが監視している限りでは何もしなかったが、哀に危害を加えないか、その一点に集中していたために、新出に扮したベルモットが哀から視線を外している間は動向を見ていなかった。その間に素早く仕掛けていたのだろう、コナンと一緒に確認したときには流石ベルモット、と思わず感心してしまったものだ。

 ベルモットが盗聴器を仕掛けたのは、間違いなくこちらの動向を窺うためだ。もしかしたら哀が1人になる機会を待っているのかもしれない。それを逆手に取るために、敢えて外さずにいる。
 そして、快斗がFBI側に食い込んでいるということをベルモットに知られるわけにはいかない。既に知っている可能性もゼロではないが、無駄に情報を流す必要もないだろう。
 よって、これからはたとえ2人きりだとしても、ひじりと快斗はミスリード目的以外で余計なことを言わないように口を噤まなければならない。


「今のところベルモットの目的は哀だから大丈夫だろうけど…快斗も周辺に気をつけておいて。寺井さんも、一応」

「分かりました」


 メールの内容までは分からないだろうから、大切な話はメールか直接会ってからになりそうだ。哀の傍を離れるわけにはいかないからメールが大半になりそうだが、仕方ない。
 もっとも、ひじりの“ただの彼氏”としてなら、どんな会話をしようが構わないだろうが。






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