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ひじりが見ている限り新出は何も不審な行動を取ることなく診察を終え、解熱剤の注射を打ち、数日分の薬をくれた。
診断結果はただの風邪。しかし少々こじらせかけていたらしく、暫くは安静にしておくように、とのこと。
ピリリリ ピリリリ
ふと電子音が部屋に響き、それが部屋の隅に置いてあるポールハンガーに掛けたバッグの中からすることに気づいた
ひじりは、哀に裾を掴まれて動けないため、部屋に戻ってきていた博士に取ってもらうと「コナン君からじゃ」と言われたのでそのまま出てもらい、そういえばコナンに電話するのを忘れていたな、と自分の失念を思い出した。
□ 4台のポルシェ 4 □
「Hi!フルーツいっぱいいっぱい切りましたー!風邪にはビタミンCが一番ですよー!」
「シーッ!今やっと眠ったとこなんです」
「Ah~~~sorry…」
切った果物を器に入れて元気良く持って来たジョディだったが、新出に軽くたしなめられてしょんぼりと肩を落とす。
哀は完全に眠ってしまったので今すぐ食べることは難しいが、目を覚ましたときにでも食べさせよう。
「哀、落ち着きました?」
果物を切るのをそのまま手伝っていたのだろう、快斗が少し遅れてひょいと顔を出し、おやと新出が目を瞬かせる。
「君は…もしかして、君が
ひじりさんの彼氏の黒羽快斗君かい?」
「え?ええ、まぁ。えっと…?」
「ああ、僕は新出智明。君のことも、
ひじりさんとお似合いの彼氏だって聞いていたからね」
「ど、どうも…。あ、オレは黒羽快斗…って、知ってましたね、そういえば」
「マジックが得意なんだってね。今度僕も見てみたいな」
「機会があれば、是非」
にこにこと2人は和やかに会話を交わす。腹に何かを隠し持っていることなど、全く表に出さずに。
快斗が呼吸の落ち着いた哀を覗きこむ。コナンとの通話を終えた博士が携帯電話を
ひじりに返し、言いつけを聞かなかったことを叱られたわい、と苦笑した。
「それじゃ、僕はこれで」
「おお、今日は本当にありがとうございました、新出先生」
「ありがとうございました」
道具を片付けて立ち上がる新出に博士が笑みを浮かべて礼を言い、
ひじりもまた礼を言って頭を下げる。するとジョディも「私もそろそろ帰りまーす!」と立ち上がり、家まで送ってくれたジョディにも
ひじりと博士は礼を言った。
「Dr.新出、よかったら家まで送りますよー?」
「いえ、僕も車で来ているので」
「それは残念でーす!」
本気か冗談か分からない声音で笑ったジョディは、お大事に、と哀を振り返って部屋を出て行った。
慌てて博士が見送りのために後を追う。新出もそのまま出て行くかと思いきや、おもむろに立ち止まって振り返り、ついと快斗に視線を滑らせた。
「黒羽盗一」
「…?」
「彼の息子さん、ですね?」
穏やかな笑みを浮かべる新出に、頷いた快斗は「親父を知っているんですか?」と軽く首を傾げた。世界的に有名なマジシャンでしたからね、と新出が懐かしそうに目を細める。
「彼ほどのマジシャンを、僕は他に知らない」
「とーぜん。親父は世界で一番のマジシャンだからな!」
「…そして君はきっと、父親を超えるような、偉大なマジシャンになるでしょうね」
新出はやわらかな雰囲気を崩さず、正面から快斗を見つめる目を優しく細めて、それに
ひじりと快斗は目を瞬かせた。
今の新出の言葉には嘘はない。少なくとも偽りの響きは欠片もなかった。だからこそ、それが“新出”の言葉なのか“ベルモット”の言葉なのかが、分からなかった。
「陰ながら応援しています、黒羽快斗君」
「…ありがとうございます」
にこりと笑う新出に、快斗もまた笑顔を返す。
それでは、と言い残して部屋を出て行った新出を見送り、その気配が階下へと降りて博士といくつか言葉を交わした後、玄関から出て行って完全に消えたところで2人はゆっくりと息を吐き出した。
デパートでの事件解決後、哀の見舞い兼看病の手伝いと称して阿笠邸へやって来たコナンは、たまに咳をするものの穏やかに眠る哀を見てほっと息を吐き出した。どうやら嫌な予感を覚えて駆けつけたらしいが、取り越し苦労で済んだらしい。
時刻はもう夜。夕飯は哀が起きなかったため快斗も入れて3人で済ませ、既に快斗は家に帰ってしまっている。博士は2階のパソコンを使ってインターネットをしているらしいが、どうせまた寝落ちしているのかもしれない。
明かりを絞って薄暗い部屋の中、哀側のベッド横に置いたイスに座り、コナンは同じく隣に置いたイスに座る
ひじりを見た。
「オレが看てるし、
ひじりは寝てろよ」
「いいよ、私も看てるから」
哀を起こさないよう声を潜めて2人は話す。一度決めたら譲らない
ひじりを分かっているコナンは、そうかよと早々に諦めた。
それから沈黙が落ち、暫くどちらも口を開かなかったが、ふいにぽつりと
ひじりが言葉をこぼす。
「ちょうどいい機会だし、哀は冬休みまで休ませることにするよ」
「学校をか?」
「そう。ゆっくり体調を整えればいい。色々と溜め込んでもいるだろうしね」
「…まぁ、それがいいだろうな。オメーの言うことなら、何でか灰原も素直に聞くしよ」
そしてまた、沈黙が降りる。けれどそれは気まずいものではなく、けれど心地好いというわけでもない、静かな沈黙だ。
暫くしてその静けさを破ったのは、コナンの方だった。
「灰原のこと、護ってやれよ。オレもできることをする」
「…うん」
儚く小さな体で、黒い影に怯えながら、それでも気丈に生きようとしているこの子を。
「護るよ」
そのために
ひじりもまた、できる限りのことを、する。
4台のポルシェ編 end.
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