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 晴男はるおは当然博士の初恋の人ではない。
 一同は笑顔で手を振る晴男と別れ、子供達にせっつかれたコナンが園子に電話してみたが繋がらず、もしかしたら館内のどこかにいるのではと館内アナウンスで呼んでみたが反応はなかった。つまり、この中にあの女の子はいないということ。
 しかも、博士と女の子は一緒にここに来たことはないのだと言う。博士は今日初めて来たし、女の子は来たがっていたが結局行けなかったようで、どうやら子供達があまりに一生懸命だったため、言い出せなかったらしい。
 しかし、博士はもう十分だと穏やかな笑みを見せる。これで満足していると。


「彼女との思い出はこのまま触れず…きれいなまま、ワシの心に仕舞っておくよ」


 このハゲ頭を見られたくないしのぉと頭に手を当てて笑う博士を、ひじりと快斗はじっと見て、顔を見合わせ、同時に頷いた。
 あれはきっと、大人になってしまった博士だからこその答えなのだろう。
 40年という時間を想像することは難しい。ひじりと快斗の2人には理解しきれない。
 しかしだからこそ、若い者達が無遠慮にでも、その背を押してやることはできるのかもしれない。






□ 博士の初恋 4 □





 帰ろうと促して動物館を出ようとしたそのとき、外から強い風が吹いて歩美の持っていた葉書が飛んだ。それを危なげなくひじりが受け止め、しっかり持っているように言って返す。頷く歩美を、博士が目を瞠って見つめていた。それにひじりが気づいて首を傾げる。


「……?博士、どうかした?」

「あ、いや…ちょっと思い出したんじゃ、彼女の髪の毛のことを…」

「髪の毛?」

「ああ…瞳は黒かったんじゃが、髪の毛の色が変わっていてのぉ。あれは茶髪と言うよりも…」

「─── 金髪…両親のどちらかが外国人だったのね、その子」


 哀の言葉に、成程、だからいつも帽子を深くかぶっていたのかと納得する。
 人は自分達と違うものに敏感に反応し、排除しようとする。40年前で今より外国人が珍しい頃なら尚更だ。冷やかされ、へたをすればいじめられかねないため、帽子をかぶり隠していたのだろう。
 哀もアメリカにいた頃、東洋系のこの顔で嫌がらせされていたのだとカミングアウトされ、ひじりは哀の母親がイギリス人だと知ってはいたが嫌がらせされていたことは知らなかったため、無言で哀の頭を撫でた。
 ちらりと向けられた視線を静かに見返しながら、今までに得た情報を整理していく。
 犬を飼っていた女の子。ある日噛まれて動物嫌いになった。だが博士のお陰で動物好きになった。
 金髪。外国人の親を持つ。4163 33 6 0。ヒントは動物。思い出の場所。


「……」


 ちらり、檻に貼られた説明文を見る。その中のある文字を見て、ひじりは目を細めた。


「分かったぜ、博士」


 ふいにコナンが声を上げ、不敵な笑みを見せる。
 解けてみればなんてことはないと言い、どこだと答えを求める子供達に週に5回は通ってるとコナンは焦らす。それで、ひじりと快斗も答えが分かった。


「成程…あそこか」

「確かに、解いてみれば何てことはねーな」

ひじり姉ちゃんと快斗兄ちゃんも分かったみたいだな」

「で?早く答えを教えなさいよ!その彼女、日が暮れるまでしか待ってないんだから」

「焦るなよ。車を飛ばせば20分もかからねぇから」


 急かす哀をさらりとかわし、コナンは推理を披露する。
 宛名の下に書かれた数字。あれはヒントの通りに動物のことを表していた。しかしそれは名前ではない。あれが示すものは。


「─── 鳴き声」

「その通りだ」


 ひじりが答え、コナンが頷く。しかしそれでも博士と子供達は依然分からないままで、首を傾げる。
 コナンが6文字の鳴き声が何か分かるかと問い、子供達や博士が猫やカラス、馬などそれぞれ口にするが、それは日本人の発音だ。


「squeak…ネズミね」


 やはりいち早く分かったのは海外留学経験のある哀だった。
 ネズミは「チューチュー」だと反論する歩美に、哀は冷静に檻に貼られた説明文を仰ぐ。そこに書かれている通り、英語では蝙蝠の鳴き声は「スクウィーク」。ネズミのような鳴き声ということだ。
 博士の初恋の人の親はどちらかが外国人。その親が英語を使っていたため英語に慣れた耳をしていたと考えれば、ちょうど6文字であるし、合っている可能性は高い。


「じゃが、鳴き声が6文字なのはネズミだけとは限らんぞ」

「確かにそうだけど、博士の思い出の中の彼女に関わる動物って言ったら…」

「あ、そっか!ハムスターだ!」


 博士の反論にコナンが返し、歩美が答えを導き出して光彦が蝶野家が待ち合わせ場所だと言うが、それは阿笠邸で最初に博士が言った通りはずれ。それに、これでは暗号の一部が解けただけ。同じように他の数字も読み解いていかなければならない。
 4163と33。そんなに長く鳴く動物はいないが、それぞれ4,1,6,3と3,3に分けて考えてみれば。そして忘れるなかれ。6を解いたときのように、鳴き声は英語で、だ。


「ま、まさかニワトリと犬なんじゃ…」

「Excellent!」


 博士の答えに、快斗が指を鳴らして笑みを浮かべる。
 英語ではニワトリの鳴き声は「Cock a doodle doo」、そして犬は「bow wow」。数字もそうだが、ニワトリは小学校、犬は野井家でちょうど当てはまる。
 元太が胡乱げな顔をして納得いかなさそうだが、この暗号については彼女を基準に考える必要がある。アメリカ人の耳には、日本人と違ってそう聞こえるのだ。


「そんで、残るは0だが…」

「鳴かない動物なんているんでしょうか?」


 快斗が続きを促し、光彦が首を傾げると、コナンが鳴かないのではなく、そこに動物はいないのだと教える。つまりそこは彼女─── 木之下家。彼女が犬に噛まれて以来、動物は飼わなくなったという話だから。
 さて、それでは暗号の結果から、思い出の場所が4つだと読み解けた。しかしそれだけではまだだ。数字が並んでいた通りに、それら思い出の場所を繋げてみると。


「しょ、小学校…」

「野井…」

「蝶野…」

「木之下…」

「「「小学校のイチョウの木の下!!!」」」


 さぁ、これで暗号は全て解けた。あとは彼女が待っているはずの場所へ向かうだけ。
 40年前の気持ちが薄らいでいない限り、彼女は今もそこにいるはずだ。






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