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 博士と子供達は車で、ひじりと快斗はバイクで東都動物園へとやって来て、子供達が絶対に博士の初恋の人を見つけるのだと意気込む姿を、ひじりは快斗と手を繋ぎながら微笑ましく見ていた。
 博士が初恋の人とは、と焦ったように訂正するが誰も聞いちゃいないし、バレバレなので意味をなさない。


「あ、ひじりさんパンダですよ」

「本当だ。久しぶりに見た。遠くで見たら可愛いけど、近くで見るとやっぱりちょっといかついね」

「中国語で熊猫って書くくらいですからねー。あ、あっちにはライオン」

「あそこにはゾウ」

「オメーらデートしに来たんじゃねーんだぞ」






□ 博士の初恋 3 □





 博士の初恋の人を捜しに来たという目的を忘れてはいない。たとえ2人で手を繋ぎながら回り満喫していたとしても、忘れてはいない。たぶん。
 そんなときの引き戻し役が、何となくで決まった哀である。


「2人共、江戸川君が不機嫌になる前にこっちに戻って来て」

「あれ、いつの間にあんな遠くに?」

「あなた達が離れて行ったのよ…」

「ごめん哀、つい夢中になって」

「今度2人だけで来るのね」


 うん、と2人は同時に頷き哀についてみんなのもとへと戻る。
 全員が揃い、改めてそれらしき人物の影と手掛かりはないかと辺りを見渡していると、ふと哀が動物の説明が書かれたシールの横に書いてある数字に気づいた。


「ねぇ…あの数字何かしら。ほら、パンダの横の」


 それに答えたのは、ちょうど通り掛かった飼育員だった。
 彼はあの数字は園長が動物を入れた順番だと教えてくれ、つまりパンダの横の数字、58は58番目に入れられた動物というわけだ。
 では33番の動物はと歩美が問うと、ロバだったかなと答えてくれた。


「そうか!4163よいちろうさんが…」

「33番目に入れた…」

バ…」


 それだ!と3人の子供達が駆け出す。
 うまくこじつけたが、まだ最後の0が残っている。慌ててコナンが止めようとするも3人は勢いよく走り出したまま止まらず、博士とコナン、哀が駆け出して追い、ひじりと快斗はその後をゆっくり歩きながら追った。


「どう思います?ひじりさん」

「ありえなくはないけど、確率はかなり低いと思う」

「オレもです」


 2人が博士と子供達に追いつくと何やら1人の年配の女性と話しており、まさか本当にいたのかと目を瞬いてとりあえず博士と話すのを邪魔しないよう子供達の後ろで足を止めて見守っていると、博士は初恋の人と再会したにしては随分あっさりと短く会話を切り上げて別れた。


「それじゃあまた」

「ええ…お体に気をつけて」

「お、おい…もういいのかよ?」

「初恋の人なんでしょ?」


 元太と歩美に詰められ、博士は苦笑すると彼女は野井というのだと言った。学校の通り道にいた、よく吠える大型犬の飼い主だ。その犬の孫犬が先月亡くなったため、さみしくなってこの動物園に来たらしい。
 つまり人違いか。だが確かに、彼女は博士の初恋の人にしては歳を取りすぎている。
 光彦がここで待っているはずだと言うがコナンが残りの0が解けていないと半眼で切り捨て、哀が他に手掛かりは思い出せないのかと博士に問う。


「そうじゃのー…瞳が大きかったことと、苗字が木之下じゃということ以外は…小学校のニワトリの世話が大好きになったことと、ほっぺにソバカスがあって、なぜかいつも帽子を目深にかぶっていたことぐらいかのぉ」


 帽子を、目深に。それもいつも。
 さすがに授業中は脱いでいただろうが、登下校は必ずかぶっていた少女。


「快斗なら、帽子を常に目深にかぶる理由は何だと思う?」

「人と接するのが苦手だとか、かぶっていないと落ち着かないとか、病気だったという線も…あとは」

「─── 隠したかった。見られたくないものが、そこにあった」

「ですね」


 だが、やはりヒントが少ない。数字の暗号を解くしかないのだろうか。
 ううんと2人で悩んでいると、傍に人が寄った気配がして、視線を向ければ歩美がいた。


ひじりお姉さん、快斗お兄さん!ムササビよ!」

「…はい?」

「…何で?」

「いいから、早く行こう!」


 唐突な言葉に快斗とひじりが首を傾げるが、歩美は説明なく2人の手を引っ張ると歩き出した。そうして辿り着いたのは屋内動物館。夜の、とついていたから夜行性の動物が展示されている場所だ。
 説明はないままだがとにかくムササビのもとへ急ぎ、目当ての檻の前まで来ると、肩より長い髪をした誰かがその前に立っていた。その人物は腕にはめた時計を見ており、どうやら誰かを待っているらしい。


(え、まさかあの人が初恋の人?)


 そんなまさか、とひじりが内心呟く。快斗も横で頬を引き攣らせていた。
 相応の知識を詰め込まれていたひじりと、他人に変装することに長けている快斗にはすぐに判った。
 女性の格好をしていたとしても、その骨格までは変えることはできない。成長過程の未成年ならまだしも、特に変装らしい変装をしていないのなら、成人して暫く経っていれば余程のことがない限り間違うことはない。


「あの人…」

「男、だよね」


 何となく小さく呟き合い、顔を見合わせてもう一度その人物を見る。
 コナンと哀に背中を押されて歩き出す博士。声をかけられて振り返ったその人は、やはり男の顔だった。


「あれ?博士ひろしちゃんじゃない!?」

「お…男!?


 コナン達が驚愕に目を見開く。
 俗にオネエと呼ばれる彼は、博士が小学生のときにハムスターを見せてもらっていた蝶野家の息子、晴男はるおというらしい。当時は6歳下のハナタレ坊主だったと言うが、何ともまぁ、人とは変わるものである。


「あら…?まーっ!可愛い子!!」

「んげっ!?」


 ふいに後ろで頬を引き攣らせていた快斗がロックオンされ、一瞬で間合いを詰めてきた晴男が顔を寄せて喜色を浮かべる。基本年齢問わず女性には優しい快斗だが、この人は男、でも心は女、あれじゃあこの人は何?と混乱して動きを止めた。
 その顔をよく見ようと晴男の手が快斗に伸びる。それが触れる前に、快斗と晴男の間にひじりが割って入った。


「すみませんが、私の恋人に勝手に触れないでもらえますか」

「恋人?あら、もしかしてあなた、この子の彼女?」

「ええ」


 いつになくひじりの声が固く冷たい。恋人、とはっきり肯定されて快斗が薄っすら頬を赤く染めた。しかしそんなことにまで気は回らず、ひじりは無表情ながら目元に険を宿して晴男を見上げる。すると、目を瞬かせていた晴男はにっこり笑い素早く離れて手を振った。


「ごめんねー!可愛い子には目がなくって、つい!ほらほら、あなた美人さんなんだから、そう怖い顔しないの!」

「……」

「うふふふ、愛されてるのねー、羨ましいわ。彼女を大切にするのよ、カワイコちゃん!」

「…は、はぁ…ありがとうございます…?」


 呆然としながら快斗が礼を言い、ひじりは僅かに雰囲気を緩めて失礼しましたと頭を下げる。それに、晴男はいいのよぉ!と手を振ってやはりにこにこ笑う。私も悪かったしねと苦笑する晴男に、ひじりはもう一度頭を下げた。






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