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 組織の人間がある場所へ現れる可能性が高い。
 コナンのことは伏せてそう話し、赤井との相談の結果、まずその場所を特定しろと言われた。だが一応あちらでもすぐに動けるよう手配してくれるらしい。了解して一旦電話を切り、部屋に戻る。


「止まったわよ、工藤君」

「ん。どこ?」

「賢橋駅。まだ工事中のあそこに、何の用があるのかしら」


 素早くメールで赤井に知らせ、後のことは彼らに任せることにして、ひじりは夜が明けたら捜しに行こうと哀をベッドへ促した。





□ 暗黒の足跡 2 □





 夜が明けた。コナンも博士も帰って来ない。
 その間、一睡もせずにリビングで赤井の報告を待っていたひじりは、電話で組織の影を掴みはしたものの、辿り着く前に素早く撤退されて逃げられたと報告を受けた。


『もう少し早くに情報をくれたら捕えられたんだがな』

「そんなことをして、今あなたに現場へ来られては困るので」

『…あの子供か』

「さぁどうでしょう」


 電話の向こうで赤井が鼻を鳴らす。そして、低い声が耳朶を打った。


『本当にお前はいい性格をしている』

「情報を与えてもらっただけ感謝してほしいですけどね」

『そうだな。一応礼は言っておく』

「あ、この間発売されたばかりの新作チョコアイスで手を打ちますよ」

『……2つでいいか』

「4つです。私と快斗とあなたとジョディさん」


 真顔できっぱり言い切ると、軽くため息が聞こえて「分かった」と了承が返ってきた。
 ひじりにも赤井にも、お互い腹の内にいろんなものを隠しているが、殺伐としているわけではない。お疲れさまでしたと労うと無言のため息が返ってきたが。
 そのまま電話を切り、朝食の用意をしていると哀が起きてきた。軽く挨拶を交わし、哀が身支度を整えて朝食を終え、2人は追跡眼鏡を片手に家を出た。










 賢橋駅、地下のコインロッカー。
 追跡眼鏡通りに辿り着いたそこで、2人は作業員に弟が迷い込んだと説明し子供が入れる大きさのロッカーひとつひとつをしらみ潰しに開けて捜していた。


「は、灰原!?」


 どうやら哀が見つけたらしい。ひじりはすぐに声のした方へと向かい、コインロッカーから這い出ているコナンを視界に入れた。コナンはやって来たひじりに気づき、哀とを交互に見て「どうしてここへ?」と疑問を口にする。


「朝になっても博士もあなたも戻って来ないから、予備の追跡眼鏡であなたの探偵バッジを頼りに捜しに来たのよ」

「あ、朝だと!?」


 哀の答えにコナンが驚き、作業員を見て急に走り出した。ひじりはやれやれと軽くため息をついて作業員に無事見つかりましたと頭を下げ、哀と共にコナンを追う。
 駅の外には人が大勢歩いている。コナンは腕時計を見て眉を寄せていたが、哀にあんな所で何やってたのかを問われると、寝てなかったから仮眠をと苦しい言い訳を口にした。そこに横から口を挟む形でひじりが確信を突く。


「どうせ、組織関連だったんでしょ?」

「何でそれ…!まさかお前、あの日記見たのか!?」

「日記?何のことか分からないけど、私に何も言わず博士とだけ出掛けて行ったのを見れば想像できるよ」


 あと、今の反応で確信した。目を見開くコナンの額を指で押すと、コナンは苦く表情を歪めると顔を逸らした。
 それじゃ帰ろうかと声をかけてひじりを挟み3人は歩き出す。その道中に博士から連絡が入り、博士は群馬県警に車を取りに行ったことが判った。気をつけて帰って来るように言って電話を切って再び無言になると、ふいにコナンが口を開く。


「…なぁひじり、オレさ」

「何?」

「……ひじりのこと、信じてるんだ」


 ぽつりぽつり、コナンが俯きながら言葉をこぼす。ひじりは俯くコナンを一瞥してすぐに顔を前へ戻した。


ひじりは何も言わないし、帰って来たんだからそれでいいって、オレも知ろうとしなかった」

「……」

「いなくなってた5年、オメーに何があったのかは、今は訊かねーよ。ひじりを疑わしく思ってるのは事実だけど、オレはオレ自身でそれを晴らしたいと思う」

「……」

「…その結果、知りたくもないことを知ったとしても」


 信じてるんだ。オレの、オレと蘭の姉である、ひじりのことを。
 顔を上げて真っ直ぐに見つめてくる青い目を静かに見返し、ひじりは小さく、「そう」と返した。


「オメーは、優しいからな」

「…優しくないよ」

「オレが優しいって思うんだから、オメーは優しいよ」


 否定しても譲らない姿勢のコナンに、ひじりは肩をすくめ、誰にも分からないような小さな小さな笑みを浮かべた。


「精々頑張って、名探偵」

「おう」


 笑みを交わす2人を黙って見ていた哀は、コナンの横顔に視線を向け、ひじりを一瞥して目を細めた。
 ひじりの過去を知ったとき、きっとコナンは怒るだろう。何で黙っていたと、責めるかもしれない。ひじりの過去は、まさしくコナンが知りたくなかったことだ。けれど彼はそれを呑み込み、受け入れ、再び姉としてのひじりを求める。
 最近、2人がぎくしゃくしていることには気づいていた。と言っても、ひじりには目に見えた変化はなく、コナンが若干ひじりを避け気味であっただけだが。それでも、ひじりの望まぬ結果としてコナンが彼女の過去を知ったあと、結局2人は元に戻るに違いない。
 ひじりを頼り、快斗に嫉妬し、再び黒の手に落とさせはしないと小さな騎士ナイトは彼女の前に立つ。


(姉、ね)


 新一と蘭の姉貴分。新一が唯一素直に甘えることができる人。
 哀もひじりに甘えている自覚はある。コナンの知らないひじりの過去を知っている。けれど姉のようだとは、まだ・・思えない。
 かと言って、友人とも違う気がする。哀にとっての彼女の立ち位置は何だろう。


(どうしてかしら…今、ものすごくあなたが羨ましく思ったわ)


 内心ではひじりを疑っているのにすっきりした顔をするコナンに、哀は僅かに眉を寄せた。






 暗黒の足跡編 end.



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