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 ひじりはすぐさま電話をかけた。しかし、それはコナンではなく目暮。
 暗号文から読み解けた答えを教えるが、爆弾のありかを特定するにはそれだけでは足りない。暗号文だけでだいぶ搾れたとしても、その数は400以上ある。


「おそらく犯人は、今コナンが解体しようとしている爆弾に最後のキーワードを残しているかと」


 爆弾を解体して警察官と子供の命を守り他大勢を爆発に巻き込むか、キーワードを得てふたつの命を散らすか。どちらを選んでも警察へのダメージは計り知れない。後者で幼い命を巻き込んだのなら尚更のことだ。
 だが犯人にとって誤算なのは、中にいる子供がコナンであるということ。コナンが一部でもキーワードを得ることさえできれば、2つ目の爆弾も探し出すことは難しくはない。





□ 揺れる警視庁 3 □





 ひじりが読み解いた爆弾のありかの候補場所は、都内に400以上もある施設。即ち、学校。
 脳裏に大切な存在が浮かぶ。快斗、蘭、園子。快斗はもちろん、蘭も園子も死なせるわけにはいかない。
 犯人は人質となり得る生徒不在の学校に爆弾を仕掛けはしないだろう。だからさらに今日全国模試のある高校だけに絞れてもその数は多く、まだ特定はできない。
 また、今の段階で全ての高校に避難を通知させてはその騒ぎに犯人が気づき、爆破時間を待たず爆弾を起動させる可能性があるため、迂闊なことができず身動きが取れない。


(……快斗と蘭のどちらかを選べって言われたら…私は、迷わず快斗を選ぶだろうね)


 テレビから流れてくる音を聞きながら、膝の上で組んだ手に額をのせ内心で呟く。
 薄情と思われてもいい。死ぬのなら快斗と共にと約束した。それまで共に生きると。
 互いに約束を守り通すために選ばなければならないのなら、ひじりは迷わず快斗を選ぶ。


『爆破予告まで、あと20分を切りました!!爆弾と一緒に取り残された少年と警察官は、いまだ救出されていません!!』


 リポーターの声を聞きながら、顔を上げたひじりはテレビ画面に映る東都タワーを見つめる。


(だから─── あなたは、あなた自身の力で生きて、あなたの大切な人を護りなさい)


 時間は刻一刻と過ぎていく。全ては20分後。
 その時間を、ひじりはソファに座りながら待った。
 
 残り10分。
 
 5分。


 そして───


 カチリと、ふたつの針が頂点を指した。










 模試が終わり、生徒が次々と下校して行く時間。
 学園祭以来ぶりの校門前に、ひじりは静かに立っていた。


「あれ、ひじりお姉ちゃん!?」

ひじりお姉様!」


 後ろから声がかかって振り返る。そこには蘭と園子がいて、2人は驚愕に目を見開いてこちらを凝視していた。そんな2人に、ひじりは無表情に「や」と軽く手を挙げる。


「2人を迎えに来てみた」

「ええ!?どうしてまた!」


 驚き駆け寄りながら蘭が問うてくるのも仕方ない。今の今まで、ひじりが蘭も新一も迎えに来たことなど一度もなかったのだから。
 驚く蘭とは違って嬉しそうに満面の笑みを浮かべる園子を見て、蘭を振り返ったひじりは淡々と口を開く。


「ちょっとした罪滅ぼし、かな」

「…? わたし達、ひじりお姉ちゃんに何かされた?」

「さあ?」


 蘭が首を傾げ、顔を見合わせた園子も同じく首を傾げる。不思議そうにする2人にしかしそれ以上何も言わず、ひじりは「ほら、帰ろう」と促して先に歩き出した。
 慌ててそのあとを蘭と園子が追う。挟まれるように両隣に並ばれ、理由はともかく迎えに来てくれたことを喜ぶ2人を見てひじりはそっと息をついた。


(あなた達を見捨てかけました、とは言えないよね)


 快斗と蘭。選ぶならどちらか、と自問してひじりは快斗を選んだ。
 そしてその通りに、ふたつ目の爆弾は帝丹高校に仕掛けられていた。

 あのあと─── 正午丁度に、東都タワーに仕掛けられた爆弾は爆発しなかった。解体に成功したのだ。
 しかし、それはつまり得られたキーワードが一部だけということ。だが、コナンやひじりにとって、その一部で十分だった。
 あらかじめ暗号の答えを教えていたため、コナンからの情報もあって、警察は迅速に動き出した。
 残された時間は3時間。犯人に気取られないよう時間をかけて解体しても十分すぎる。

 余裕な表情で帝丹高校を見張っていた犯人は無事捕まり、今回の爆破事件で白鳥以外の負傷者はいない。死亡者の1人もなく、7年前から続いていた事件は幕を閉じた。
 そのことをコナンからひと足先に教えてもらい、そして胸に湧いた罪悪感を僅かにでも晴らすため、ひじりは帝丹高校の校門前に立つことにしたのだ。


「ところで2人共、模試はどうだった?」

「私は悪くはなかったけど…」

「訊かないでください…」


 がっくりと肩を落とす園子にその出来を察する。詳しく突っ込まない方が良いだろう。


「そうだひじりお姉様!せっかくですし、これから女子会しませんか!テストから解放されて、ひじりお姉様も迎えに来てくれたんだから、せめてファミレスでスイーツくらい!」


 にんまり笑って提案する園子に、突然の提案に戸惑いながらも期待を混ぜた目でひじりを窺う蘭。
 まったく正直者の2人だ。そんな彼女達が好ましい。その分、また申し訳なくなる。快斗のためならこの笑顔を散らしてもいいと、確かにそう考えたのだから。だが、それは今も変わらない。


「…うん。行こうか」

「「やったぁ!」」


 満面の笑みで喜ぶ2人。可愛い妹分達。この笑顔が護れるのなら、できる限りのことはするつもりだ。それは偽りの無い本音。
 ただ、優先順位が違うだけ。蘭や園子よりも快斗の方が大切で、どちらかを選ばなければならないのなら。


(ごめんね)


 いつか、蘭と園子はひじりに幻滅するだろう。こんな人だと思わなかったと、軽蔑することになる。
 仕方のないことだ。その覚悟はとうの昔に決めてある。

 ひじりは、優しい人などではない。自分の中の優先順位に従って生きる、ただの人間だ。
 それが分かったとき、この子達はどんな顔をするだろうか。幻滅し、軽蔑し。その笑顔は二度と見られないかもしれない。
 分かっている。覚悟している。けれど、とひじりは自分勝手な思いを内心で呟いた。


(あなた達が大切なことは変わりないと、それだけはどうか、分かってほしい)






 揺れる警視庁編 end.



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