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 快斗を家まで送り、家に帰って来てすぐニュースを見ると、特に進展はなかった。
 都内の赤い電車は結構な数がある。それをいちいち念入りに確認するとなると、相当時間がかかるだろう。これはもしかしたら朝までかかるかもしれないなと、テレビの電源を切ったひじりは早々に部屋へ引っ込むことにした。





□ 揺れる警視庁 2 □





 翌朝、いつもより少し早めに起きたひじりは、猫と自分と博士の朝食を用意して食べ終え、地下の研究室に引っ込んだ博士を見送り、快斗を学校まで送って帰って来ると早速リビングのテレビをつけてニュースを見た。
 それによると、赤い電車を調べた結果、爆弾は見つからず、あったのはおもちゃのような物ばかりだったらしい。
 つまり、まだ爆弾は解体されておらず今もまだこの都内のどこかにあるということ。


「…ん?」


 ふいにポケットが震え、携帯電話を取り出して見ればコナンからのメールだった。題名は「これの意味が分かるか?」。どうやら赤い電車がスカを食らったことで行き詰まったようだ。
 送られて来た、おそらく犯人からの暗号文をどれどれと見てみる。




俺は剛球豪打のメジャーリーガー
さあ延長戦の始まりだ
試合開始の合図は明日正午
終了は午後3時
出来のいいストッパーを用意しても無駄だ
最後は俺が逆転する
試合を中止したくば俺のもとへ来い
血塗られたマウンドに
貴様ら警察が昇るのを
鋼のバッターボックスで待っている




「……」


 これはまた、小難しいものを。
 はっきりと判るのは、ひとつめの爆弾の爆破予定時刻が今日の正午であること。今は朝の7時なので、あと5時間。そしてふたつめは、午後3時。ふたつともどこにあるのかはこの暗号文の中に書かれているのだろう。


(随分と野球について書かれてあるな。まぁそれはいいとして…)


 とりあえず読み解ける文としては、下から4行の文だろうか。
 警察を待っている、ということは警官を呼び寄せたいということ。ならば誰でも解けるようになっているはずだから、小難しく考える必要はない。


(血塗られたマウンド…血…赤─── 赤い場所)


 都内にある赤い場所。わざわざ暗号文を用意して警察を呼びたがるような犯人が、まさかマイナーどころを指定するはずがない。そうなると、誰もが“赤”で連想できる場所に限る。それは果たして。
 ひじりの脳裏に一条の光が走った。メール画面からアドレス帳へと切り替え、コナンへと電話をかける。


「新一、爆弾のひとつは東都タワーに間違いない」

『東都タワー?…待てよ、そうか!』

「もうひとつ。東都タワーに、警察を近づけてはダメ。せめてタワー内の人と周辺住民の避難が完了するまでは」

『何?どういうことだ』

「警察が来たら、3年前と同じように爆弾を爆破させるつもりかもしれない。それと、犯人はこう言ってる。
 『試合を中止したくば俺のもとへ来い。貴様ら警察が昇るのを鋼のバッターボックスで待っている』。
 “俺”が犯人ではなく爆弾のことを指すのだとしたら、爆弾のありかは鋼のバッターボックス。東都タワーの中にある“鋼の箱”は…」

『─── エレベーター!』

「犯人が近くで警察が来るのを待ち構えている可能性もある。だから警官の姿は極力隠すように伝えて。…私は、他の暗号文も考えておくよ」

『頼んだ』


 これでひとまず東都タワーについては大丈夫だろう。
 だが、残る文が問題だ。何度読み返したとしてもどこへどう繋げればいいのかが分からない。それでも絶えず頭を回転させていると、ふいにテレビが騒ぎ出した。
 どうやら東都タワーに仕掛けられた爆弾が小規模の爆発を起こしたらしい。爆破予告の時間はまだ先のはずだ。なのになぜ。


 ピリリリリ


「…はい」

ひじり、悪ぃ。忠告無駄にした』

「仕方ない。状況は?」

『オレ達が東都タワーに着く直前に爆発が起きたらしい。たぶん、パトランプを隠す前の高木刑事の車がここへ向かったことが犯人にバレてたんだろうな。今高木刑事が中に状況確認をしに行った。何でも子供が1人、爆発を起こしたエレベーターに閉じ込められてるらしくてよ』

「……新一、今そこへ向かってるでしょ」

『ハハ、やっぱバレちまうな』


 電話の向こうでコナンが苦笑する。様子を見に行くだけだよ、と取り繕うように言われるが、それで済むなら新一は幼児化なんてしない。だがここで止めたとしてもコナンが止まるわけはないので説得を諦め、ひじりはひとつ言葉を渡す。


「私は暗号を解く。─── 新一。万が一にも、死なないようにね」

『…ああ。前に灰原に向けた悲しそうな顔、オメーにさせるわけにはいかねーからな』


 それを最後に通話が切れる。
 前に哀に向けた悲しそうな顔。以前、ノアズ・アークに支配されたゲームの中で、「そんな顔もできたのね」と哀が言い残して消えたときか。
 分かっているのならそれでいい。ひじりは東都タワーを映すテレビを一瞥し、すぐに暗号文へと目を落とした。


(『俺は剛球豪打のメジャーリーガー』…メジャーリーガー……そういえば、どうしてメジャーリーガー?)


 ここは日本なのだから、プロ野球選手と言ってもいいのに、なぜわざわざ。
 ひじりは黒曜の瞳に鋭い光を宿した。僅かな違和感を覚えたのなら、必ずそこに意味がある。それを見逃してはならない。


『えー、たった今入った情報によりますと、子供を救出するために警察官1名が乗り込んだ模様で…え?入ったのは子供?まさか…』


 テレビからリポーターの声が聞こえてくる。その入った子供とは間違いなくコナンのことだろう。
 考えろ、考えろ。時間はあまりない。他に割く時間はない。考えろ。


 メジャーリーガー。

 延長戦。

 出来のいいストッパー。

 無駄。

 逆転。


 いくつものピースが脳裏に散らばる。
 だが、それをどこにどう当てはめればいいのかが分からない。


(出来のいいストッパーは、言い換えれば防御率がいいということ…防御率…)


 考えろ。エレベーターの天井に爆弾が仕掛けられている。
 考えろ。閉じ込められた警察官と子供。
 考えろ。時間はまだ2時間はある。
 テレビの声がひじりを急かす。耳を塞いで固く目を閉じた。


(言い換える。メジャーリーガー。なぜこの言葉を?この言葉でなければなかった?カタカナ…アメリカ…英語表記─── 英語)


 英語。


 その瞬間、パズルが完成した。






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