158
コナンを始めとした、哀も入れての少年探偵団を名乗る子供達はサッカーに夢中だが、
ひじりと快斗は然程興味がない。
快斗は当然のようにマジックに熱を入れているため見る番組の殆どはマジック関連番組であるし、元は何に対しても特に興味を引かれずにいた
ひじりも、快斗の影響でそういう番組を好むようになっている。
そのため、東京スピリッツが優勝しJ1を制したと連日ニュースで報道していても、今日パレードが行われると聞いても、顔色ひとつ変えずいつもの無表情でいつもの日常を始めた。
「哀もパレード、行くんだってね?」
「ええ、呪いをかけに」
「録画は任せて行ってらっしゃい」
他チームファンであるため物騒なことを言う哀には突っ込まず、子供達の引率をする博士と共に送り出した。
□ 揺れる警視庁 1 □
東京スピリッツのパレード中、突如爆弾が爆発したという話はテレビで知る前に帰って来た哀と博士から聞いた。
というのも、サッカーに興味のない
ひじりは1日研究室にこもって依頼された仕事をこなしており、番組を録画はしていたもののテレビを観る暇などなかったからだ。
爆弾騒ぎからなぜか郵便局強盗事件にまで発展し、その犯人達を見事にお縄につけたのだというからコナンは相変わらずの名探偵である。
そして暫くして、11月7日。
実況見分をするということで当事者である子供達は佐藤に呼ばれて出ており、
ひじりは遊びに来た快斗を迎え入れ、夕方になると一緒に買い物に出掛けてキッチンに並び夕食を作っていた。
これも、ここ最近は阿笠邸でよく見る光景だ。以前博士が
ひじりと哀だけを置いてゲーム開発に行ったとき、防犯も兼ねて親が滅多に家にいない快斗を阿笠邸に呼び、それからたまに泊まり掛けで夕食を共にするようになっていた。
「快斗、明日全国模試だったっけ」
「そうなんですよ。せっかくの日曜日だってのに…」
「明日は私が送って行ってあげるから」
がっくりと項垂れる快斗の頭をぽんぽんと軽く叩いて撫でる。
「それにしても、快斗料理上手くなったね」
「ありがとうございます。先生が良いですからね」
「褒めてくれたからデザートはチョコアイスを出そう」
「やった!」
元々、家事能力皆無な新一と違い、快斗はそこそこできていた。
ひじりに会う前はよく幼馴染の中森家で夕食を食べていて、その際に青子に手伝わされていたと言うからそのためだろう。マジシャンというだけあって手先も器用で物覚えも良く、
ひじりが一度丁寧に教えれば失敗はない。
問題は魚を一切見るのも調理するのも食べるのも無理なことだが、
ひじりにとっては瑣末なことであるし、将来良い旦那になることは間違いないと確信している。
今日の夕飯は煮物だ。ご飯、味噌汁、それに漬物。和食である。
準備を整え、後は煮物に味がしみこむのを待つだけとなって2人はキッチンからリビングへと移った。
それから暫く待ったが、博士と哀は一向に帰って来る気配はなく。
「博士と哀、遅いですね」
「実況検分、そんなに長引くものかな?」
首を傾げて顔を見合わせ、何となくテレビをつける。すると、都内に仕掛けられた爆弾が爆破したとの速報が流れていた。
しかしそれはすぐに別の話題へと流れたため、
ひじりは素早く地下の研究室へ降りてパソコンをつけ、ニュースサイトに飛ぶ。トップページに速報と銘打って記事がアップされていた。
(…これは…)
先程、都内某所において、車に仕掛けられた爆弾が起動し爆破。それにより車に乗っていた警察官1名が怪我を負い、都内の病院へ運ばれた。
本当につい先程起こったばかりの事件らしく、それ以上詳しいことは載っていない。記事に記された爆破場所は、確か以前東京スピリッツのパレード中に起きた爆弾爆破場所の近く。
続報はニュースを待った方がいい。
ひじりはすぐにテレビの前で待っていた快斗のもとへと戻った。
「快斗、もしかしたら博士や子供達が巻き込まれたかもしれない」
「それって───」
言いかけた快斗の言葉を、ピリリリと唐突に電子音が遮る。
ひじりの携帯電話だ。ポケットから携帯電話を取り出した
ひじりはディスプレイを一瞥してすぐに繋いだ。
『
ひじり君か。すまんが、今日はちと遅くなりそうじゃ』
「博士、ニュース見たよ。やっぱり近くで爆弾が?」
『ああ…白鳥警部の車がの。それで、新一君や哀君達が佐藤刑事や高木刑事について行くと言って聞かんで…』
「あの子達は…」
思わず額に手を当てる
ひじりに、博士は気持ちは分かるでのうと苦笑する。
『ワシは子供達の親御さんに連絡してから帰るから、黒羽君と先に夕食を食べとってよいぞ』
分かった、と博士に返して電話を切り、白鳥が負傷したことに加え、やはりコナン達も近くにいたようだと快斗に教える。
2人は博士と哀の分を残してさっさと夕食とデザートを済ませ、ニュース速報により警察が今回の事件が7年前と3年前に起きたものと同一のものとみなしたことを知ってその事件を詳しく調べた。
それにより推測されたのは、3年前と今回の事件は、おそらく仲間を殺されたと思い込んだ犯人からの警察への復讐。もっともそれは、紛うことなき逆恨みと言えるが。
「ただいま帰ったぞー」
「おかえり、博士」
ようやく博士が帰って来て、快斗と共に出迎えた
ひじりは、ニュースを横目に食事を温め直して博士に出した。
現場にいた博士から注釈をもらいながら事件を細かく把握する。暗号に、どこに仕掛けられているか判らない爆弾とは。
「まぁ、新一君がいるから事件は解決するじゃろうが…」
「……」
「黒羽君も明日は全国模試じゃろう?どうする、泊まっていくかね。帰るなら送るが…」
「あー…そうだな。あとのことは名探偵に任せて、いち学生は家に帰って全国模試という戦場へ昇る準備をするか」
然程勉強せずとも頭が良い快斗は、事件も解決しそうだし、と不敵に笑ってテレビを一瞥する。
ニュースでは、どうやら赤い電車に爆弾が仕掛けられているようだとキャスターが話し、駅から人が避難する様子が映っている。これから爆発物処理班が投入され全ての赤い電車を調べるらしい。
「博士、快斗は私が送って行くよ」
「分かった」
博士から鍵を受け取り、上着を羽織って快斗と共に家を出る。車に乗り込み、エンジンをかけてライトを点けた。
「赤い電車に仕掛けられた爆弾、ね」
「それで事件が解決するといいんですけど」
余計な心配をかけないために博士の前では控えていた会話を交わしながら、
ひじりは車を発進させた。
都内は爆弾騒ぎに騒々しい。渋滞に巻き込まれないよう道を選びながら快斗の家へと向かう。
やがて快斗の家の前に着き、礼を言って降りようとした快斗の肩を引いた
ひじりは驚いて振り返る顔へキスをした。
ぽかんと口を開く快斗の顔が、瞬間真っ赤になる。あー可愛い。無表情を緩めながら内心で呟く。
「まだ慣れない?」
「ふ、不意打ちは勘弁してください…」
真っ赤な顔を片手で覆った快斗は、深く息をつくと顔を上げて今度は快斗から
ひじりへキスを降らせた。
ひじりは驚かない。静かな車内で、2人はもう一度どちらからともなく唇を合わせる。
「…明日の模試、頑張って」
「頑張ります」
ほのかに赤みを残した顔で笑う快斗が、言われた通り全力を出して頑張った結果、全国トップ5に入る点数を叩き出すことを、このとき
ひじりは予想だにしていなかった。
← top →