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コナンが青蘭を追い詰めていく推理を聞きながら小休憩して、棚に寄りかかって体力を回復していた
ひじりは、ふいに棚の影からひょいと顔を出した白鳥に驚くことなく手を差し出した。
白鳥がその手を取って引き上げる。軽やかに立ち上がった
ひじりは、白鳥の抱えるバッグを探って中から替えの弾を必要なだけ掴んだ。
無言無表情で黙々とポケットに詰めていく
ひじりに、白鳥は微笑んだまま何も言わない。
弾を詰め終わり、白鳥を別の場所へ移動させると数発青蘭に向けて撃った。だが相手はプロである。何度も簡単には食らわず、軽いステップで避けられた。
ふいに向かいの棚に移動してきたコナンと目が合い、手で今はまだ出るなと制止させた
ひじりは、もう一発撃って青蘭をもう一歩下がらせると、ゆっくり棚の陰から姿を現した。
□ 世紀末の魔術師 10 □
敢えて余裕の素振りで立ち、わざとらしく銃で肩をぽんと叩いて見せれば、青蘭は憎々しげに唇を噛んで
ひじりを睨みつけた。
銃口をこちらに向ける青蘭に対し、
ひじりはただ静かな無表情を向けるだけだ。
その一片の揺るぎもない表情に青蘭は冷や汗を滲ませ、銃を構えたまま口を開く。
「…あなた、何者?」
「名乗るほどの者ではないですよ。あなたのように大層な名があるわけじゃない。そうでしょう?スコーピオン」
「…っ、馬鹿に…してるの?」
「ああ、分かりました?」
にまり。嘲笑を浮かべたわけではないのに、細めた三日月を描いた目は雄弁に語る。
青蘭は銃口を
ひじりの右目に向けて引き金を引いたが、
ひじりは軽やかに避けた。え、と青蘭が目を見開いて驚く。
どこを狙ってくるのか判っているし、青蘭の銃にはレーザーサイトがつけられている、それに実は赤井と銃を避ける訓練もしていたので躱すことは容易い。
ひじりは表情を完全に消すとブーツのスイッチを入れ、瞬時に青蘭に迫り軽く跳び上がった。
(キッドを撃った分)
コナンがいるため内心で呟き、勢いのついた蹴りを青蘭の腹に炸裂させる。
鉄板仕込みのブーツによる蹴りを食らって吹っ飛んだ青蘭は飾られた甲冑にぶつかってくずおれるが気絶はしておらず、しかし伏しながら腹を押さえて睨みつけてくる。がらがらと甲冑が倒れた。
「こ、のっ…!」
ぎらぎらと殺意に煌めく灰色の瞳を向けられるが、残念なことに全く怖くないのだ。
ひじりはひらひらと手を振ると、満足したので棚の陰に戻ってコナンの肩に手を置いて代わった。
一連を見ていたコナンは頬を引き攣らせ、棚に凭れかかる
ひじりを見上げる。
(怖ぇ、強ぇ、こいつに逆らったらたぶんダメだ)
どこで銃を学んだのかなど色々訊きたいことはあるが、
ひじりの容赦のなさを目の当たりにして訊けるはずがない。
青蘭が唇を噛んで手榴弾を震える手で取り出したのを見ると、
ひじりは青蘭が安全ピンを外す前に撃って遠くへ転がした。転がっていったそれは炎に巻かれ、ドォン!!と激しく爆発して城を震わせる。
呆然とそれを見ながら絶句する青蘭を横目に、
ひじりは無言で淡々と使った分だけの弾をこめ直すのだから末恐ろしい。
しかし、青蘭は思ったより早くに我を取り戻すと、銃を拾ってよろめきながらも何とか立ち上がった。
いい加減諦めて投降すればいいのに。そう思いながらまた銃を構えた
ひじりは、コナンが棚の陰から出て行くのを見送った。
小さな足音に青蘭が憎悪を宿した目で振り返るが、そこにいたのは想像していた女ではなく一瞬呆気に取られる。コナンは不敵な笑みを浮かべながら佇み、辺りを見回す青蘭に表情を変えぬまま言った。
「ここにはボクと
ひじり姉ちゃんだけだよ」
「何!?」
そういえばさっき、コナンが色んな人の声出してたなと呑気に思い出しながら銃を点検する。異常がないことを確かめ、青蘭がコナンを撃とうとすればすぐさま撃ち返せるよう構えて2人の会話を聞いた。
「これ、蝶ネクタイ型変声機っていってね、色々な人の声が出せるんだ」
「お…お前達はいったい…!」
素人ではない青蘭を圧倒した
ひじりと、子供とは思えない雰囲気を纏うコナンに、さすがにキャパシティが限界に近づいてた青蘭が叫ぶように問う。
「江戸川コナン。…探偵さ」
絶句する青蘭に、コナンは青蘭が寒川に正体がバレそうになったため殺したのだと推理を披露した。
それを聞いていた
ひじりは、自分のもとへ火の手が回って来ていることに気づき、一度コナンを振り返って、博士から何やら新しい眼鏡を受け取っていたことを思い出すとその場を離れた。
「
ひじりさん」
こっちです、と棚の陰から白鳥に手招かれてそちらへ寄る。
白鳥はじっとコナンと青蘭との会話を聞いており、ふいに真剣な目で振り返った。
「彼が小さくなっているってことは、あの薬を?」
「そう。私が快斗とトロピカルランドでデートした日に、新一は組織の取引現場を見てしまったために口封じとして飲まされたみたい。詳しいことはまた後で話します。ところで、ひとつお願いがあるんですけど」
「分かっています。幼馴染の前に工藤新一として顔を出してくれ、ですか?」
迷い無く紡がれた答えに思わず顔を上げれば、見れば分かりますよ返された。
顔をコナンと青蘭の方へ戻し、お礼はどうしようか、と言えば白鳥は首を振って笑った。
今現在、鳩は毛利探偵事務所へと預けられている。拾って手当てしたのは
ひじりだが、まぁ預かってくれた礼ということで承諾してくれた。
「さて…コナン君は、何をするつもりかな?」
白鳥の声と顔で笑いながらコナンを見据えるキッドに、
ひじりもコナンの方へと意識を戻した。
コナンは銃に弾はもう残ってないと言い切ったが、青蘭はあらかじめ銃に一発弾を入れた状態でマガジンをセットしたため、あと一発撃てるのだと笑う。
「コナンを撃つなら今度こそ頭に撃ち込んでやる」
「ひじりさん落ち着いてください」
「私は今冷静に彼女の急所に照準を合わせています」
「流石ですね。ってそうではなく。コナン君にも何かしらの考えがあってのことでしょう、信じてあげましょうよ」
ね、と肩を叩かれて白鳥に宥められ、
ひじりは渋々引き金から指を離した。
そんな2人の会話があったことなど知らず、コナンが「…じゃあ撃てよ」と煽り、青蘭が静かにレーザーサイトをコナンの右目へと向けて小さく嘲笑う。
「馬鹿なボウヤ…」
引き金が、引かれた。
青蘭の銃からは一発残った弾が勢いよく発射されて右目を貫こうと走るが、それは眼鏡のレンズに防がれ弾かれた。
そのことに青蘭は驚愕してどうしてと声を上げ、コナンがキック力増強シューズのスイッチを入れると舌打ちしてマガジンをこめ直そうと懐から新しいものを取り出した。
だがしかし、彼女は忘れていないだろうか。もう1人の存在を。
ひじりは正確に青蘭の手を撃ち、不意を突かれた彼女は痛みに呻いてマガジンを取りこぼした。
はっとして
ひじりのいる方を見るがもう遅い。弾のこめられていない銃は、ただの鈍器だ。そしてそれに頼り切っていた者は、次の行動の判断が瞬時にできなくなる。
ひじりに続き、懐からトランプ銃を取り出した白鳥は同じく青蘭の手元を狙って銃を弾き飛ばした。
マガジンと銃が弾かれまともに動くことができなくなった隙に、コナンが甲冑の頭部を勢いよく蹴る。それは先程痛めた腹にもう一度当たり、悲鳴を上げた青蘭は気絶して床に背中から叩きつけられた。
「コナン!」
「コナン君!」
青蘭が動かなくなったことを確認し、
ひじりは素早く白鳥のバッグに銃を詰め込むと白鳥と共に駆け出してコナンに駆け寄った。
白鳥が大丈夫かいと声をかけるとコナンは曖昧に笑って頷き、ふと青蘭の銃を弾き飛ばしたトランプが炎に巻かれて焼けたのを見て目を細めた。
「さぁ、ここから脱出するんだ!」
「コナン行くよ」
気を失った青蘭を抱え上げた白鳥に続き、何やら考え込んで動かないコナンの首根っこを掴んで持ち上げる。
うわっと驚いた声を上げられた無視して走ると何だか苦しそうなので抱っこへと切り替え、崩れ落ちてくる柱や天井を器用に避けながら出口へと走った。
“騎士の間”から玄関へはそう遠くない。すぐに出口が見え、先に出た白鳥に続いて外へと飛び出た
ひじりはさすがに長く息を吐き出した。
コナンを下ろして振り返る。城は燃え盛る火炎に包まれ、がらがらと崩れていく。それを何となくぼうっと見ていると、車に青蘭を乗せた白鳥が近づいて来た。
「じゃあ、僕は彼女を警察署へ連れて行くから。消防も呼んでおくね。
─── ああ、それとこれ。夏実さんに返してあげてくれ」
「あ、うん…」
白鳥はバッグからエッグを取り出してコナンに渡し、それじゃあと言い残して車で去って行った。
それを見送り、
ひじりは博士のビートルに寄りかかって座りこむ。今更だがとても疲れた。疲れたが、まだ終わっていない。まだ
ひじりは、キッドを追いかけきれていない。
最後の大仕事が残ってるな。口の中で呟いた
ひじりは、それから暫く焼ける城を眺めていた。
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