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夏実が青蘭に自分と同い年くらいだと言うと青蘭は頷き、27と答えると夏実は両手を合わせて「やっぱり!」と笑ってさらに何月生まれかを訊いた。
青蘭は5月5日と答え、夏実は私は5月3日だと近い日にちに驚きつつも楽しそうに笑う。
「じゃー、2人共ボクとは1日違いだ!」
(あ、馬鹿)
2人と1日違いということは5月4日。それは当然ながら新一と同じ誕生日。
ちらりと蘭を見れば目を見開いてコナンを見つめていて、だがコナンはにこにこと笑って気づいていない。
単なる偶然で済ませてくれるといいのだが、蘭は以前も疑ったことがあるらしいので難しいだろうなぁと内心で深いため息をついた。
□ 世紀末の魔術師 5 □
うっかり誕生日をバラすなとコナンを叱り、蘭が勘付いているかもしれないと忠告をした
ひじりは、午後7時を回った頃、電話がかかってきたのでコナンと蘭に声をかけて甲板に出た。
外はもうすっかり暗くなっており、夜ということもあって外には誰もいない。コナンがつけて来ていないことを確認して電話を取った。
「快斗、大丈夫だった?」
『はい。本当はもっと早くに連絡したかったんですが…』
「色々仕込むことがあったんでしょう?一応寺井さんから無事は聞いていたから」
本当はエッグを返すだけで終わるはずだったのに、とんだ邪魔が入ってしまった。電話の向こうで快斗が苦笑し、なのでもう一度盗りに行きますとさらりと言う。
どうやって来るつもりかは分からないが、キッドが撃たれたということで目暮達も動くかもしれないから、そこに紛れて来るつもりなのかもしれない。
「快斗。キッドを撃った人間、分かる?」
『いえ…レーザーサイトが目に入ってすぐ顔を逸らしたのでモノクルとハンググライダーの部品くらいで済みましたが、あれは間違いなくプロです』
「私もそう思う。あの殺気は、素人のものじゃない。快斗─── いえ、キッド。あなたがしようとしていることに、あなたを撃った者との関係は?」
『正直なところ、分かりません。ですがもう、何があろうとあんな無様な真似はしませんよ、眠り姫』
電話の向こう、キッドの顔をしてやわらかく笑う快斗の顔が浮かんで、
ひじりは笑み混じりの細い息をついた。彼がこう言うのなら、もう大丈夫だろう。後は思い切り襲撃者にお礼をしてやるだけだ。
安堵の笑みが不敵且つ不穏なものに摩り替わったのを敏感に察したようで、快斗が苦笑する気配がした。
『実は結構怒ってます?』
「狙撃者に対してだけ」
『程々に』
「私がもし撃たれたら程々で済ます?」
『はははあなたを撃った奴がいたら地の果てまで追っかけて死ぬほど後悔させた後に監獄へぶち込みますよ 』
笑っているが声音はものすごく冷たい上に本気だ。
ひじりも同じ気分である。そういうわけで妥協はしないと言い切り、ついでにひとつ頼み事をして
ひじりから電話を切った。電話を交わすようになったときからそうだが、快斗は
ひじりから切らない限り決して自分からは切らないのだ。
「……ん、そろそろ夕食の時間か」
通話を終えた携帯電話の時刻を見てそう呟く。
時間は19時26分を表示しており、一度部屋へ戻るべく踵を返した
ひじりは、船内に足を踏み入れた途端、ぞわりと全身を総毛立たせた。
背筋が凍り心臓に冷たい針を刺した感覚に目を瞠る。─── 殺気。
「……!」
反射的に殺気のもとへと駆け出そうとした
ひじりは、しかし一歩だけ踏み出すと無理やり動きを止めた。大きく息を吸って吐き出す。それを2回繰り返し、ざわざわと沸き立つ精神を抑え込む。
今、
ひじりが持っている武器はペン型スタンガンのみ。対し相手が持っているのは銃。
この殺気の主はおそらくキッドを狙ったものと同じだろうが、丸腰と言っていい今、策もなく無闇に突っ込んでいくのは愚か者のすることだ。
それにたとえ駆けつけたとして、間に合うはずもない。
(…あの狙撃者が、誰かを殺した…?)
冷静に頭を巡らせ、痕跡を残さず消えた殺気にゆっくりと息を吐き出す。手早くメールを打って快斗に船の中に襲撃者がいることとおそらく人が殺害されたことを知らせると、すぐに返事があった。
(…『後程そちらに向かいます』…)
人が殺されたとなれば、やはり呼ばれるのは目暮達。後でこちらに来るということは、やはり捜査一課の誰かに変装して来るつもりなのだろう。
携帯電話をマナーモードにしてポケットに仕舞う。常の無表情に戻して歩を進め、自分の部屋へと向かった。
それぞれ乗船者の部屋は遠くない。敢えてゆっくり歩きながら血の臭いを探っていると、思った通り嫌な臭いが鼻を掠めた。
「あ、工藤さん。そろそろ夕食の時間ですよ」
「…西野さん」
ふいに声をかけられて振り返れば西野が立っていて、食堂へどうぞと
ひじりに微笑みかけると他の乗船者も呼ぶべく先を歩いて行った。
西野が部屋をノックする。寒川さん、と声をかけたからそこが寒川の部屋なのだろう。
そしてそこから─── 血の臭いが、する。
「寒川さん?……寝ておられるのかな」
「開けてください、西野さん」
「え?」
ひじりの言葉にしかし、と戸惑う西野を押しのけて扉のドアノブに手をかける。ノブは抵抗なく下がった。つまり、鍵はかかっていない。
ひじりは躊躇いなく扉を開けた。
「あっ、工藤さ……え?」
扉を開けた先─── 床に横たわる、寒川がそこにいた。
右目を撃たれ、血が流れている。おそらくもう息はないだろう。ざっと部屋の中を見ればかなり荒らされていた。
「寒川さん…!?し、死んで…!」
「西野さん、小五郎さんを呼んで来てください。早く!」
「は、はいっ!」
全速力で駆け出して行った西野を見送り、
ひじりも史郎に知らせるべくその場を離れた。
史郎の部屋の扉をノックして呼び出し、寒川が死んでいることを伝えると、ちょうど部屋にいた園子もそれを聞いて顔を青褪めさせる。2人と共に現場へと戻れば、部屋の惨状と寒川の死体を見て絶句した。
「こ…これは」
「今、西野さんに小五郎さんを呼んでもらいました。絶対に部屋には入らないでください」
言ってるうち、コナンを先頭に小五郎達が走って来ているのが見えた。
コナンと小五郎が駆けつけ寒川が死んでいるのを認め、部屋に入って現場を確認する。
クロゼットは開け放たれポーチの中身が散乱し、テーブルは倒れて撮影機材も乱暴に荒らされている。観葉植物は倒れて電話の受話器も外れ、羽毛枕は切り裂かれて中の羽が飛び散っていた。
ひじりも改めて部屋の外から寒川を見つめる。
右目が撃たれ血を流している。右目─── キッドと同じ、右目だ。
「コラ!ガキはすっこんでろ!!」
当然と言えば当然。寒川の傍にいたコナンは小五郎に首根っこを掴まれ部屋の入口へと放り投げられた。
ひじりがそれを危なげなくキャッチする。
ひじりの腕の中でコナンがちぇっと舌を打つが、今の姿は子供。仕方がない。
小五郎は寒川の死体に触れ、死後30分程度しか経っていないと予測を立てた。そして指輪のペンダントが消えていると言うが、はて、そんなのものつけていただろうか。
コナンを下ろしながら首を傾げると、夕方甲板に出たときにはつけていたとコナンが教えてくれた。詳しく鑑定しなければ判らないが、どうやら青蘭曰くニコライ2世の三女、マリアの指輪かもしれなかったようだ。
しかし、なぜそんなものを寒川が。
とにもかくにも、これは立派な殺人事件である。
犯人が指輪を狙っての犯行だったのかは判らないが、寒川はキッドと同じように右目を撃たれて殺されてしまった。殺気も同じものだったが、犯行方法も同じ。それに果たして意味があるのか。
「鈴木会長、これは殺人事件です。警察に連絡を!」
「は、はい」
小五郎の指示に史郎が頷いて部屋を離れて行く。
船内の人間か外部犯かはまだ判らないが、船内の人間をラウンジに集めるよう続いて指示された西野はすぐさま他の人間を呼びに走った。
それを見送り、不安からか服の裾を掴んでくる蘭と園子の肩をそれぞれ叩いた
ひじりは、2人に「行こう」となるべく優しく言ってラウンジへと向かう。
「ねぇお姉様、もしかしてあの人達の中の誰かが…」
「そんな…」
「それはまだ判らない。でもみんなが一緒にいればそう簡単に襲ってはこないし、警察が来れば尚のこと。大丈夫、蘭と園子はちゃんと護るから」
「ダ、ダメよ!」
唐突に顔を上げて蘭が首を振り、そんなのダメ!と繰り返す。
思わず足を止めて振り返れば、蘭はぎゅっと
ひじりの服を掴むと必死の形相で首を振った。
「
ひじりお姉ちゃんは、わたしが護るんだもん!今度は、絶対…絶対、連れて行かせたりしないんだから!そのために、わたしは強くなったのよ!
ひじりお姉ちゃんを護るために!」
「蘭…」
薄っすらと涙を浮かべる蘭の顔を覗きこみ、頬を挟んで上を向かせる。
5年前の事件は、思っていた以上に蘭の心に傷を負わせていたらしい。以前のチャットのオフ会での一件もそれに拍車をかけていただろう。あのときはそんな素振りを見せなかったが、あの後暫く思い悩んでいたことを知っている。
年下の妹分は、服を掴むのをやめるとぎゅっと拳を固く握った。
「
ひじりお姉ちゃんは、わたしが護る!」
それはとても頼もしい。
ひじりはお願いねと小さく笑みを浮かべた。
蘭が大きく頷く。それに感化されたのか、園子も服から手を離すと「わ、わたしだって!」と意気込んだ。
「それじゃあお願いするよ、可愛いボディガード達」
蘭と園子が大きく頷くのを見て、
ひじりはけれど、と内心で呟いた。
2人の気持ちはとても嬉しいけれど、相手は素人ではない、プロだ。人を殺すことを何とも思わない者と2人を対峙させるわけにはいかない。そういうときこそ、普段から鍛えている
ひじりの出番なのだ。
(誰かはまだ判らないけど……この子達には掠り傷ひとつ、負わさせはしない)
自分を慕ってくれる妹分達を護るだけの力量は、あるつもりだ。
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