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エッグの蓋の裏側についていたのは、やはりガラスだった。
しかし、エッグは皇帝から皇后への贈り物のはずだ。ならば決して手は抜かず、財を惜しむこともないはず。だというのに、敢えてガラスを使った理由は何だろう。
コナンも同様に思ったのか「何か引っ掛からない?」と問い、史郎は51個目のエッグを作るときにはロシアは財政難に陥っていたようだがねと答えた。
確かに財政難であったならば納得できるが、ならばなぜそもそも51個目を作ろうと思ったのか。
(快斗はこれを元の持ち主に返すとも言っていたし…)
快斗はエッグを誰に返すのか、今回なぜ自身を“世紀末の魔術師”と名乗ったのかは教えてくれなかった。
だがキッドはエッグを盗り、返すことを目的としている。そこに何の意味があるのかと問えば、快斗は少し悪戯げに笑ったのだ。
「知りたかったら、追いかけて来てください」
─── だからこその、招待状。
いつもは自分が快斗を振り回している自覚がある
ひじりだが、こうして振り回されるのも、悪くはない。
□ 世紀末の魔術師 2 □
引っ掛かると言えば、と平次がキッドの予告状に書かれていた光る天の楼閣が天守閣─── 大阪城として、なぜ光るのかと疑問に思ったようだったが、和葉がすぐさま大阪城が大阪の光みたいなもんやんと反論する。
「その通り!」
唐突に響いた声に振り返ると、茶木が中森と共に会長室にやって来て、キッドが現れるのは間違いなく天守閣だと断言したが、「秒針のない時計が12番目の文字を刻む時」という意味が分からないのだと中森が苦く顔を歪める。
ひじりはもう一度頭の中にキッドからの予告状を思い浮かべた。
黄昏の獅子から暁の乙女へ
秒針のない時計が
12番目の文字を刻む時
光る天の楼閣から
メモリーズ・エッグを
いただきに参上する
世紀末の魔術師
怪盗キッド
|
(秒針のない時計…12番目の文字)
今回、快斗は
ひじりに殆ど何も教えてくれなかった。
だから暗号の答えも教えてくれなかったのだが、早くに予告状を見せてもらい考える時間はたくさんあったので、答えは分かっている。
犯行日時は今日の夕方から明日の夜明けまで。これは間違いない。では、犯行時刻は。
和葉は五十音の12番目の文字ではないかと言うが、12番目の文字は“し”。ならば4時ということになるが、中森が否定した通り、キッドの暗号にしては単純すぎる。
すると小五郎が不敵な笑みを浮かべアルファベットで数えるのだと言った。アルファベットの12番目の文字は“L”。つまり3時。
(うん、見事にミスリードに引っ掛かってくれてるなぁ)
史郎に流石名探偵!と褒められ高笑いを浮かべる小五郎と、午前3時ならば「暁の乙女へ」の文にも合致すると頷いた茶木と中森を横目に、
ひじりは内心で小さく笑った。
だがコナンの顔を見るに納得はしていないようだ。視線を向けられたので首を振って嘘をつく。
(キッドの…快斗の邪魔はしないと決めてる。ごめん、新一)
それに、エッグを盗んだキッドを追いかけなければ謎が解けないままだ。
ひじりは探偵ではないが、たまには振り回されてほしいと言う快斗に応えるために付き合う必要がある。
ありがたいことに、加藤は意気込んで美術館の中を警備しているので
ひじりの邪魔にはならないだろう。
(黄昏の獅子から暁の乙女へ…12番目の文字は“へ”。それをアナログ時計に当てて答えを導くと、19時20分。光る天の楼閣は大阪城じゃなくて、通天閣。通天閣は光の天気予報とも呼ばれているからね)
事前に調べていたお陰で、キッドの逃走ルートも把握している。
今回は絶対に盗らせん!と中森が気合いを入れていたため何か対策を練っているだろうが、どうせどこかで盗聴器かカメラで見ているのだろうからキッドの方が一枚上手だ。
(─── さぁ、どうする探偵諸君。気づけぬままではまんまと取り逃がすことになってしまうよ?)
それはそれで
ひじりがキッドを追いかけやすいので構わないのだが。
犯行予告時間までに気づくといいねと内心で伝わらない応援をし、
ひじりは窓の外へと視線を移した。
予告時間まで大阪を巡ろう、ということで平次と和葉に案内され、
ひじり、蘭、園子、コナンは難波布袋神社へと赴いていた。
境内に入ってお参りをし、おみくじを引く。蘭は大吉だったようで、どれどれと園子と和葉と共に覗きこむ。
「待ち人…恋人と再会します」
「それって、新一君のことじゃない?」
「へー良かったやん!今度アタシにも会わせてぇな!」
きゃいきゃいと盛り上がる蘭達に内心で苦笑する。新一はコナンとして傍にいるのだけれど。
ひじりもおみくじを開いて中を見てみると、ひとつ瞬きをした。横から園子が覗きこんでうわっと声を上げる。
「
ひじりお姉様、凶!?」
「みたい」
園子の声に反応して蘭と和葉も覗きこみ、あちゃーと和葉が声を上げる。ここよう当たるって有名やねん、と言われて内容を見てみれば、やはり良くはなく、目が留まったのは待ち人の欄だった。
「待ち人、来ませんので追いかけましょう…」
おみくじにまで言われてしまった。
分かってるよと内心で呟いて後で結ぼうとおみくじをたたんでポケットに入れた。
「そういえば、今日は黒羽君と一緒やないんです?」
「うん。キッドに招待されたのは私だけだし、元々北海道に旅行する予定だったみたいだから」
さらりと嘘をつけばそっかと和葉は疑うことなく頷いた。
ひじりが園子の誘いを断ったので快斗も誘われることがなかったが、結局合流するんだから誘っておけばよかったと園子が舌を打つ。
でも元々予定があったんでしょと蘭が宥めるが、園子は「
ひじりお姉様のためならキャンセルしてでも来るでしょ!」となぜか自信満々だ。それがあながち間違いではないかもしれないのだから恐れ入る。
ちらりとコナンを見ると、まだ何か考えているようだ。おそらく犯行時間がアルファベットの12番目の文字とするには単純すぎるとでも思っているのだろう。平次もその様子を見て少し考える素振りを見せ、ふいに和葉!と声をかけてきた。
「お前、その3人案内したりや!」
「平次は?」
「オレは、このちっこいの案内するから」
コナンを示す平次に、当然ながら一緒に行動すればいいじゃないと声が上がるが、平次は男同士がええんやてと言ってコナンの頭に手を置く。ものすごく言いにくそうにどもりながらコナンの名前を呼ぶとコナンが笑顔で頷き、そんじゃそういうことでと2人で境内を出て行った。
それを見送り、おみくじを結んだ
ひじりが3人のもとへと戻って来る。
「
ひじりお姉様!今からひっかけ橋に行こうって話になったんですけど、行きませんか?」
「だから園子!
ひじりお姉ちゃんには黒羽君がいるでしょー?」
「そうだね。快斗をあんまり振り回すのは可哀相だからやめておこうかな」
それに、ナンパスポットであるそこには絶対行っちゃいけませんからね!と事前に釘を刺されているのもある。3人で行ってきなよと
ひじりが辞退すれば、一緒じゃなきゃ意味ない!と園子と蘭が腕に抱きついてきた。
それじゃあ別の良いところはないかと和葉を振り向くと、彼女はじっとこちらを物言いたげに見つめていて
ひじりは思わず目を瞬く。
「どうかした、遠山さん」
「え…あ…そ、その…」
「うん?」
はきはきと喋る和葉にしては珍しく口をもごもごさせる和葉に、
ひじりと蘭と園子は揃って首を傾げた。
和葉は3人を見て視線を外し、もう一度見て俯き、意を決したように頷くと微かに頬を赤くして顔を上げる。
「ア、アタシも…!アタシも、
ひじりさんのこと
ひじり姉さんって呼んでもええ?」
ぱちり。
ひじりはひとつ目を瞬かせた。全く思いもよらぬ言葉だったからだ。
呆気に取られたため無表情のまま無言でいれば、和葉はだって、と眉根を寄せて頬を膨らませる。
「アタシだけなんか、仲間外れみたいやん!名前も、アタシだけ苗字でさん付けやし…」
確かに、蘭にはお姉ちゃんと呼ばれ、園子にはお姉様と呼ばれ、そして
ひじりは2人のことを名前で呼び捨てにしている。
蘭は幼馴染なので元からこれだが、園子は出会いが出会いで、その後も「是非名前で!でないと返事しません!」と押し切られたこともあって名前呼びだったのだが、和葉については特に何も言われなかったのでそのままにしていた。
しかし、こうして仲が良さそうに3人で絡んでいれば、確かに1人だけ呼び方も呼ばれ方も違う和葉は疎外感を覚えたのかもしれない。
もう一度目を瞬かせた
ひじりは、不安そうに見上げてくる和葉に目許をやわらげると頭を撫でた。
「好きに呼んでいいよ、和葉」
「……!う、うん、
ひじり姉さん!ありがとぉ!」
ぱぁっと花開くように満面の笑みを浮かべる和葉の頭をぽんぽんと優しく叩いてやる。
何がどうして懐かれたのかは分からないが、懐かれて嫌な気分になるはずがない。
えへへーと頬を緩める和葉に、女の子は笑顔が一番だと自分を棚に上げてジジくさいことを思った。
「……恐るべし、
ひじりお姉様」
「うむむ…ライバルがまた増えた」
「
ひじりお姉様、和葉ちゃんに懐かれるようなことした?」
「うーん…前に東京に来たときには落ちてたのかなぁ。
ひじりお姉ちゃん優しいし綺麗だしカッコいいし憧れだし」
「納得」
ひじりと和葉を見ながら2人がそんなことを言っていたことは、敢えて聞き流した。
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