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 静まり返った屋敷の中、ある客室の一室をノックすると、中から快斗が顔を出した。快斗はひじりが楓と共にいるのを見て笑みをこぼし、扉を開けて入室を促す。
 無言で楓の背を優しく押す。一度振り返った楓はひじりに微笑みながら一礼をして部屋に入って行った。
 それに入れ替わりで快斗が部屋を出る。2人は顔を見合わせると、手を取り合ってその場を離れた。


「うまくいくといいですね、あの2人」

「大丈夫だよ。楓さんは、ちゃんと笑っていたから」


 探偵達は謎解きを、探偵でない者達はそれぞれできることを。
 余計なお世話だったかもしれない。もしかしたら楓と桜庭をもっと苦しめることになるかもしれない。
 けれどそれでも、お互いが手を伸ばせば取り合うことはできるのだと、知ってほしかった。





□ おそろい 8 □





 犯人はやはり菊人で、昨晩の内に逮捕された。
 その翌日、ひじりは快斗と共に平次と和葉の見送りに東京駅まで来て、顔を合わせた。

 平次は騙して悪かったと楓と桜庭に改めて謝りに行ったようだが、既にひじりと快斗が説明していたこともあって特に驚かず、むしろ2人で寄り添いながら微笑み、楓に「ひじりさんと快斗さんにお礼を言っておいてください」と言われたらしい。
 いったい何したんや、と平次に凄まれたが快斗は恋愛相談にのっただけだよとかわし、ひじりは無表情且つ無言で流した。


ひじりお姉ちゃん、ちょっと」


 肩を叩いて声を潜ませたのは蘭で、ひじりは快斗にちょっと言ってくると告げて後をついて行く。
 女子トイレに入るとどこかそわそわと落ち着きのない和葉がおり、蘭はにっこり笑顔でバッグから1枚の服を取り出した。
 縦縞のシャツ。それは確か、平次とお揃いのものだ。


「ら、蘭ちゃん、やっぱりアタシ…」

ひじりお姉ちゃん、和葉ちゃん逃げないよう確保してて!」

「了解。ごめんね遠山さん」

「ええっ!?」


 邪魔にならないようトイレの隅でひじりはがしりと和葉を押さえ、蘭が至極楽しそうな顔でシャツを広げる。和葉は顔を赤くして抵抗を示すが、蘭の意図が分かって無表情で楽しそうにのるひじりに勝てるはずもない。


「いいじゃない、お揃いしたかったんでしょう?」

「ち、違っ…ああああアタシはそんな…!」

「はいばんざーい」

「はいばんざい」

「ぎゃー!」


 ひじりの台詞に狼狽えた隙をついて蘭の掛け声に合わせて和葉の服を一瞬で脱がす。蘭がにこにこと笑顔のままシャツを和葉に押しつけ、さっと個室を指し示した。


「いいからいいから、着て行きなさい♪」

「すごく楽しそうだね、蘭」

「うん!だって和葉ちゃん、すっごく可愛いんだもん!」


 きらきら輝いている蘭の笑顔もすごく可愛いけどね。
 とは口にせず、シャツを着るしか選択肢がなくなった和葉を個室へ押しやる。元々着ていた服は丁寧にたたんで和葉のバッグに仕舞った。


「ほらほら!早く着替えないと、新幹線に間に合わないよ!」

「蘭ちゃんの鬼ー!ひじりさーん!」

「あ、私蘭陣営なので」

「味方がおらへん!」

「「むしろ味方だよ?」」

「ハモらんといて!!」



 個室の中から悲鳴のような声がしたが、ひじりと蘭は無視をした。すると諦めたのか、ううう、と小さな羞恥の滲んだ声で呻いた和葉がシャツに袖を通す衣擦れの音がして、個室のドアが開く。そこには顔を赤くした和葉が縦縞のシャツを身に纏っており、2人は満足そうに頷いた。


「さ、行こうか」

「待って待って!やっぱ恥ずかしいわこれ!」

「気にしない気にしない!」

「気にするー!」


 喚く和葉を無視して蘭が引き摺るように連れて行き、ひじりはその一歩後ろを荷物を持ちながらついて行く。
 人ごみを縫って歩き、少しすると平次の後ろ姿が見え、快斗と目が合って軽く手を振った。


「許してーな蘭ちゃん、ひじりさん!恥ずかしいて死にそーや!!」

「もぉ!ここまで来て何言ってんのホラ!」


 往生際の悪い和葉の背を蘭が笑いながら押して平次の前に出す。
 平次は和葉を振り返り、すぐに揃いのシャツを着ていることに気づいた。


「何や和葉、お前も縦縞か?」

「ちゃ、ちゃうねん!これ蘭ちゃんの服やねん!何か知らんけど着て行け言うて無理やり…」


 慌てて取り繕うも、耐えきれなくなったのだろう、和葉は「やっぱりトイレで着替えてこよ!」と顔を赤くしたまま踵を返した。
 しかしそうは問屋が卸さない。ひじりが立ち塞がった上に荷物は預かっていると目を不敵に細めれば、和葉はうぐぐっと悔しそうに顔を歪めた。その後ろで、平次は楽しそうに笑う。


「オレは構へんで、そのまんまでも。それにや、何やこーしてると…」

「こ、こーしてると…?」

「兄弟みたいでおもろいやん!」


 ああ、こりゃダメだ。もしかすると新一より手強いかもしれないと内心でため息をつく。
 そんじゃなーと手を振って改札をくぐる平次と和葉を見送り、コナンの首根っこを引っ掴んだ快斗はにっこりと蘭と小五郎に向けて笑った。


「そんじゃ2人共、ちょっとコナン借りて行きますね」

「あん?コナンとどこ行くんだ」

「ちょっと野暮用で。あ!後でサインもらいに行きますんで、よろしくお願いしますね!」


 では!と快斗が踵を返し、ひじりもまたねと言うとそれに続く。柱の陰に入った2人は、下ろしたコナンを逃がさないよう囲んだ。


「え、何どうしたの2人共」


 コナンよりはるかに身長のある2人に見下ろされ、さすがにコナンがたじろぐ。しかし2人はそれを意に介さず、同時に手を差し出した。


「「写真」」

「……ほんっとオメーらそっくりだな」



 おそろい編 end.



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