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(……成程、大体状況が掴めたぜ)


 快斗が内心でそう呟いて笑みを浮かべるが、決して事件が解けたわけではない。それは探偵の役目だ。

 初めて会ったときからどうにも気になっていた。楓の切なくどこか物悲しそうに揺れる瞳が、羨むように自分達を見ることに。
 そして、彼女が本当は別の誰かが好きなのではないかと悟ったのだ。ひじりも同じく分かっている。
 確信は得られていないが、おそらくその相手は桜庭だろう。楓の反応と、桜庭を注視していれば察することはできた。

 森園家のいち使用人。対して楓は大会社の社長令嬢。釣り合うはずがない。
 彼らもきっと分かっている。そしてマスコミから得られた話と併せて考えれば、決してお互い手を取らない訳が分かった。

 けれど、それでも。身分が違う。住む世界が違う。
 解っていてもなお手を伸ばし続ければ、届くことだってあるのだと、彼らに知ってほしい。





□ おそろい 5 □





 コナンが快斗を巻き込んで部屋に連れて行ったのは、宝探しゲームと隠し通路だらけの城での一件のせいだった。
 快斗は頭が切れる。だから何か不審な点に気づけるんじゃないかと思って、とコナンに言われたが、そうは言われても快斗は探偵ではないのだ。
 コナンと平次はてきぱきと状況を把握するし、自分が出る幕はない。

 探偵2人に任せて別件で動いていた快斗は、マスコミから聞いたことを早速ひじりに報告しようと足取り軽く戻り、途中で平次に捕まった。


「んで?黒羽はブンヤに何聞いとったんや?」

「げっ」

「『げっ』って何やねん。失礼なやっちゃな」

「オメーにだけは言われたくねーよ」


 昼間のことを思い出して半眼で睨めば、まぁまぁと宥められ、快斗はため息をついてマスコミから得た情報を伝えた。とは言っても、事件に直接関係あるかどうかは分からない。
 マスコミから聞いたのは、菊人が楓の親の会社に裏で圧力をかけて無理やり縁談を纏めたという噂だ。菊人がひと目惚れをしたと言っていた重松と楓の様子を見る限り、あながち間違いではないと思う。


「何や、そんなこと聞いとったんか」

「事件は探偵に任せた。オレはオレで動くから」

「動くって?」

「秘密。ああそうそう、今の情報を活かすも殺すも探偵次第だから、精々頑張れ」


 話はこれで終わりだとひらひら手を振って歩き出す。平次の呼び止める声は無視した。
 ひじりのもとへ戻れば、彼女は蘭と和葉と共にいてぼんやりと捜査に当たる警官を眺めていて、快斗に気づくとふわりと目許を和らげた。それを見て快斗も笑みを浮かべて返す。近づいてきたひじりの手の甲にキスを落とした。


「ただいま戻りました」

「うん、おかえり。収穫は?」

「上々」


 にやりと笑みを浮かべると、よくできましたと言わんばかりに優しく頭を撫でられ、心の中で尻尾を振る。
 平次にも話したマスコミが噂する内容と、最近重松が手伝っている菊人の会社に贈賄の疑いが持たれていることも告げれば、ひじりは剣呑な光を瞳に宿し、しかし瞬きをして一瞬で掻き消した。


「……さて、どうするか」

「ついでに屋敷の使用人さんにも話を聞いてきたんですけど、楓さんとの結婚が決まってから、菊人さんと重松さんの仲が悪くなったって言ってました。それと、どうやら4年前に亡くなった奥さんが重松さんのことを好きだったようだと……重松さんに会いに足繁く通っていたら、幹雄さんが自分目当てだと勘違いしてプロポーズして、親同士がその気になってしまったのと熱意に負けて受けてしまったようだと言ってました。……ひじりさん?どうかしました?」

「快斗の情報収集能力に舌を巻いてる。すごいね、流石」

「ありがとうございます」


 ひじりの手放しの褒め言葉に頬を赤く染めて笑みを浮かべる。
 こんな事態だからか、結構軽く使用人達は口を割ってくれたので感謝だ。まぁ、それも楓と桜庭との関係をほのめかせたお陰だろう。


「あ、快斗兄ちゃんここにいたんだ!」

「げっ!」


 いつの間にかやって来たコナンにがっしりとズボンを掴まれ、思わず嫌そうな声を上げる。先程平次に捕まったときに上げたものよりずっと嫌そうで、コナンの後ろで平次が苦笑した。
 コナンは傍にひじりがいるのも見てちょうどいいと思ったのか、ひじりにも事件のことを快斗より少し詳しく話すとズボンを掴んだまま快斗に顔を向ける。


「ねぇみんな、いくつかおかしいとこなーい?」

「黒羽、お前何個思いついた?」

「知るかよ。オレは探偵じゃねーんだ」

「でも気になるよねー?せーの」

「「「「4つ」」」」


 ひじり、快斗、コナン、平次が口を揃えれば、にっと平次が嬉しそうに笑う。何がそんなに嬉しいんだよと快斗は内心で呟きため息をついた。


(何でオレを巻き込むんだこいつら……)


 巻き込まれるならひじりがいい。というかひじりでないと嫌だ。
 それに何が嬉しくてひじりがいるのに男同士でつるまなければいけないのか。恋人か友人か?問われれば間違いなく恋人に決まっている。

 まぁとにかく、気になる4つの点。
 1つ、犯人が凶器を持ち去ったこと。密室殺人を作り出したのに持ち去り自殺の線を消したということは、殺人であると知らしめなければいけなかったから。
 2つ、死体に引きずられた痕があったこと。なぜわざわざ死体を運ばなければいけなかったのか。
 3つ、死体があった部屋にだけ明かりがついていたこと。
 そして4つ目は、猫。


(─── ん?)


 情報を整理していくと、快斗はふいに気づいた。
 今、何かが線で繋がったような。


「お願いします刑事さん!」


 一瞬繋がった線をもう一度明確に引き直そうとしていた快斗は、ふいに桜庭の声が耳朶を打って思考を止めた。見てみると、桜庭が高木に詰め寄り、何か手伝わせてくれと言っている。
 そういえば桜庭にとって、重松は父親同然の存在。それが殺されたとなればいてもたってもいられないのは当然だ。
 だが桜庭は容疑者でもある。高木に部屋で待機しているよう言われるが桜庭は聞かず、いつの間にか現れた菊人に胸倉を掴まれた。


「貴様いい加減にしろよ!お前が勝手な行動をするたびに、オレ達森園家の人間が迷惑しているのが分からないのか!?自分の立場をわきまえろ!!


 言い捨て、菊人は乱暴に桜庭を地面に叩きつけた。倒れこんで尻をつく桜庭を振り返り、ふんと冷ややかな笑みを菊人が浮かべて去って行く。
 快斗はすぐに桜庭に駆け寄るとぐいと腕を引いて立たせた。ついでに取れたタイも直す。


「あ、ありがとうございます…」

「いえ。怪我はないみたいでよかったです」

「……すみません」


 快斗に頭を下げ、頭が冷えたのか振り返りもせず屋敷に戻って行く桜庭を見送り、快斗は鋭く目を細めた。


(今、彼がつけてたペンダント…)

「お揃いや…」


 心の中で続けようとした言葉を和葉が続け、小さく笑みを浮かべると快斗はひじりのもとへと戻った。
 菊人を取り巻く黒い噂。楓の浮かない顔。片方だけ閉められた雨戸。不可解な4つの点。菊人の先程の態度。そして、揃いのペンダント。
 それぞれの点が明確な線で繋がる。コナンや平次より先に分かったのは、直感と呼べる部分で犯人と思わしき人物を疑っていたからだ。答えさえ判っていれば、過程に筋が通れば問題はない。

 ひじりは和葉から桜庭が楓と同じペンダントをしていたと聞き、快斗と目を合わせてひとつ頷いた。
 何となく読み取れてはいたが確証はなかったため断定できずにいたが、揃いのペンダントが何よりもの証拠だ。
 楓と桜庭は想い合った恋人同士。菊人はそれを分かっているからこそあんなに冷たい態度を取った。
 不可解な点は、重松が自殺ではなく他殺だとしらしめ、自分以外に罪をなすりつけたかったから。
 つまり─── 菊人は、桜庭に罪を着せる気だ。


「…あとは、凶器ですけど」

「確か彼は高所恐怖症。持っているわけでも、部屋の中にもない。そしてまだ見つかっていない。とすれば、残すは…」


 ひじりと快斗は、同時にそびえ立つ木を見上げた。






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