79





 小五郎の車は5人乗りのため、ひじりと快斗が乗るスペースはない。


「つーわけで、オレとひじりさんは歩いて行くから」

「何やったらオレらも」

「邪魔すんなっつっただろ!」


 平次との買い物でそれなりに仲良くなったらしく、それは良かったと思っていたのだが、今快斗が平次にべしりと三度目のデコピンを入れたのを見て、何となく撤回したくなった。





□ おそろい 3 □





 最後に明治神宮に行くということで、ひじりはコナン達と一旦別れて快斗と共に電車で行き、現地集合することになった。
 平次がデコピンを食らって痛がっている隙に快斗に手を取られて歩き出す。また後で、とだけ言い残すと、蘭と和葉は笑顔で手を振ってくれた。


「やっと2人きりになれたー」


 ざわめく人混みの中を歩きながら、絡めた指に少し力をこめて快斗が大きく息を吐く。
 逆の手には二段のチョコアイス。ひじりの手にはバニラがひとつ。先程買ったものだ。
 ひじりはアイスをひと口舐めて首を傾げた。


「私、まさか快斗が了承するとは思わなかった」

「あーいや、その…コナンにひじりさんの昔の写真をくれるって言われて…」

「快斗も?」

「え、ひじりさんも?」


 お互い目を合わせて沈黙し、同時に頭の中に小憎たらしい子供の笑顔が浮かぶ。ひじりはアイスを舐めることでため息を押し込んだ。2人共同じ手に釣られたというわけだ。
 写真くらいあげるのに、と思ったがそういえば家は焼けたために当然アルバムなんかも残っているはずがない。
 オレの写真何で持ってんだと首を傾げる快斗に、ひじりはコナンから聞いたことを答える。


「新一の母親と小さい頃の快斗が写ってる写真が1枚だけあるらしくて。たぶん小学一年生のとき。憶えてる?」

「写真…?小学一年…」

「盗一さんに連れられて来たらしいって聞いてるけど」

「……あーっ、あれか!えっ、あの綺麗なおばさんが工藤の母さん!?」


 本人を前におばさんと言ったら怒られるよと一応忠告して頷く。
 随分前だというのにちゃんと憶えていた快斗は、しかしふいに何かを思い出してひじりに顔を向けた。


「あれ…あの人って確か、有名な女優さんじゃ…」

「そう。工藤有希子。旧姓藤峰有希子」

「やっぱり!オレの母さんが大ファンなんですよ!」

「今度会ったとき、サインもらっておこうか?」

「お願いします」


 頭を下げる快斗にうんと軽く承諾する。
 有名な大女優だが、ひじりにとっては新一の母で本当の母親のように可愛がってくれる人だ。世間って狭いなぁとしみじみ呟いた快斗に笑みを含んだ息をこぼした。


「そういえば、服部君ともだいぶ仲良くなれたみたいだね」

「えーあーうーん……まぁ。単純だけど悪い奴じゃないですね、結構楽しい奴ですし。あ、でも余計なことたまに言うな、あいつ」


 それは先程、コナン達と別行動を取る際に言われたことだろうか。


「それと…ひじりさん、探偵ってのはみんな演技下手なんですかね」

「経験の差じゃないかな」


 チョコアイスを一段食べ終えて言われた言葉に、快斗がほぼ確信しつつあることを悟る。まぁキッドとして相対したこともあるし、少なくともただの小学生ではないことくらいは分かっているだろう。
 だが、まだ明確な証拠はない。だから快斗が言いたいことを悟りながらしれっと流し、コーン部分に齧りつく。
 一応コナンとの約束は守っているのだ。他人には自分の正体を秘密にする。バレたら仕方ないけれど。たぶんバレるのは時間の問題だろうなぁと内心で呟いて、ひじりはコーンを食べ終えた。






 快斗と共に境内に入ると人で溢れ、これはコナン達を捜すのは少々手間だと思いながら辺りを見渡す。
 先程メールでもう着いたと連絡があり、先に入っててくれと言ってしまったのは失敗だっただろうか。


「あ、いた」

「本当?」


 遠くを見ていた快斗がふいに声を上げ、こっちですと繋いだままの手を引いて歩き出す。ぶつからないよう器用に人混みを避けて行くと、確かにそこには見知った姿がいくつかあった。
 蘭と和葉がいち早く気づいて手を振る。するとコナンと平次、小五郎も気づき、同時に傍にいた女性と年嵩の男も振り返った。


「悪ぃ悪ぃ、ちょっと遅れた」

「まぁ黒羽と姉さんは歩きやからしゃーないわ。オレらお参り済んだけど、あんたらどうする?」

「オレはいいや」

「私も」


 今更神頼みすることもないし。
 何となく顔を見合わせて「ねぇ」と言い合えば、平次は未だ繋がれてる手を見て、ホンマ仲良いことで、と苦笑した。


「ああそや、この人重松ハン。んで、こっちが明日結婚する楓さん」

「初めまして、工藤ひじりです」

「黒羽快斗です」


 初めまして、と互いに礼をして少し話を詳しく聞くと、男は重松しげまつ 明男あきおといい、平次の母親の同級生が嫁いだ家─── 森園家の執事で、平次の小さい頃からの知り合いらしい。
 そして、その家に嫁ぐことになった片桐かたぎり 楓。大会社の社長令嬢で、どうやら結婚式の前に東京を見て回りたかったとのこと。
 本当はその結婚相手も誘ったのだが、高いところが苦手のようで、東都タワーに行くという彼女に同行できなかったようだ。


「オレら今から家に邪魔しに行くんやけど、2人もどうや?」

「でも、迷惑じゃ…」

「祝いの席ですし、せっかくですのでどうぞお邪魔してください」


 辞退しようとすれば重松にそう言われ、快斗がどうしましょうかと振り返る。
 どうせデートはなくなってしまったのだし、最後まで付き合うのもいいだろうとひじりはお願いしますと返した。重松が快く頷く。
 それでは移動しようとなり、小五郎達の車は定員オーバーで乗れないのだと言えば、それではうちの車にどうぞと誘われてしまった。
 厚意に甘えることにして駐車場に移動していると、ふいにひじりは楓からの視線に気づいて振り返った。


「何か…?」

「あ、すみません、その……おふたりは、とても仲が良く見えて……お若いのに、指輪も」

「一応、口約束ですが結婚の約束もしているんです」

「そう…なんですか」


 照れもせずひじりが返すと、楓はどこか沈痛な面持ちで目を伏せた。明日結婚するというにはあまりに悲しげなそれに、マリッジブルーだろうかと思うがそれとも違う気がする。
 俯く楓の首元でネックレスが揺れている。何となくそれを見ていれば、ネックレスはやはり悲しそうに光を反射した。

 もしかして、とふと思う。
 女の勘だ。証拠も何もないが、もしかしたら彼女は、本当は結婚したくはないのではないかと、そんなことを思った。
 ただ結婚したくないのではない。誰か他に好きな人でもいるのではないか。
 だがそれを、赤の他人であるひじりが口にすることはできない。


ひじりさん、この人もしかして…」


 こそりと囁く快斗も気づいたらしい。
 小さな頷きを返すが、2人がそのことに触れることはなかった。

 駐車場に着いた頃には楓の表情は元に戻り、後部座席のドアを開けてくれた重松に礼を言って楓に続き乗りこむ。
 楓はひじりの崩れない無表情に戸惑っていたようだが、結婚相手の菊人との話を聞くと、小さな笑みを交えて答えてくれた。
 本当に好きな人が別にいたとしても、彼女はそれなりに菊人のことも好いているようだった。それでも時折、別の誰かを想うように瞳を揺らす。


(……彼女は、少しだけ私に似ている)


 ひじりと楓は違う。そんなことは分かっている。どうしようもない状況にあるのかもしれないことも、もちろん。
 重松がルームミラー越しに気遣うように楓を何度か窺うのにも気づきながら、ひじりは小さく息をついて目を伏せた。






 top