78





「お前が黒羽快斗か!話には聞いとったけど、ほんまに工藤そっくりやなぁ!あ、オレ服部平次や、よろしく!」

「服部平次な。よく言われるよろしくとりあえず歯ァ食いしばれ


 朗らかな笑顔に快斗もまた朗らかな笑みを浮かべ、固く握り締めた拳を振りかぶった。





□ おそろい 2 □





 渋谷駅でひじり達と合流した快斗は、デートがおじゃんになった半分八つ当たりをデコピンで済ませ、ひと通り自己紹介をした後に男組と女組に別れて平次の買い物に付き合っていた。
 快斗が合流する前にひじりにもデコピンを食らっていたため、少し赤くなった額をさすりながら靴を平次が手に取る。


「工藤から話は聞いとったけど、黒羽ってマジック上手いん?」

「ああ、まぁな。一応プロ目指してるから。服部は探偵だっけ?」

「おー。探偵繋がりで工藤にも会ってな」

「それ聞きてーんだけどさ、あいつ、今どこいんだ?いきなり連絡取れなくなっちまってよ」

「さ、さぁな」


 サポーターを見ながらぼやき、目に見えて狼狽えちらりとコナンを一瞥する平次にため息すらつけない。
 探偵ってのはこうも演技が下手なのばかりなのか。いや、オレができてるせいか。内心呟いて気づかないふりで値段を見る。無駄に高い。商品を戻してサンダルを手に取った。


「ななな、いっこ聞いてもええか?」

「あ?」

「姉さんとどこまでいっとんのや?」

「「んなっ!!」」


 思ってもみなかった質問に、快斗は顔を赤くしてのけぞり、コナンは大きく目を見開いた。
 平次はにやにやと笑って気になるやんけと言うが、話せるはずがない。というかそもそもどこまでもキスまでしかいってない。
 いや、一応婚約状態なのでもっと積極的になってもいいと許可はもらっているのだが、ひじりに触れて平常心を努めるので実はいっぱいいっぱいだ。
 顔を赤くして黙りこむ快斗に何かを悟ったか、平次はあろうことかデリケートなことを少し大きな声で言い放った。


「え、まさかあんな綺麗な姉さん彼女にしといてまだ童貞なん?」

「声がでけぇよバカ!!」


 ごすっと思わず手加減なしで平次の脳天に拳を落とす。声もなく痛みに呻いてしゃがみこむが、快斗は不機嫌そうに鼻を鳴らすだけ。お前が悪い、とコナンも呆れて平次を見ていた。


「っつ~~~……そこまで怒ることかいな」

「怒らいでか!大体、ひじりさんでそんな話すんじゃねぇよ」

「……黒羽お前、ほんまに姉さんのこと好きなんやな」

「当たり前のこと言うんじゃねーよ」


 はぁと大きなため息をついて怒りを治める。ほら、と手を伸ばせば平次はその手を取って立ち上がった。
 おそらく小さなこぶになっているだろうが自業自得だ。額に頭と、1日に3つも仕置きを食らってこいつは馬鹿なんじゃなかろうか。それとも探偵が馬鹿なのか。ぽんと頭の中に爽やかだが嫌味な笑顔を浮かべる白馬探が浮かんですぐに払った。


「すまんな黒羽、ちょい調子乗りすぎたわ」

「……今度大阪で一番うまいチョコアイス出す店案内しろ」

「分かった」


 頬を掻いて反省する平次に妥協案を出してしっかり頷かれ、それで手打ちとする。
 それからは靴はあれがいいこれがいいと言い合い、時折コナンも交えて次の店へ向かう。
 いじられてばかりじゃ気が済まないので道中平次の帽子に可愛らしい花を咲かせてコナンも含めた通行人を笑わせ、ようやく気づいた平次とじゃれ合い、笑う。
 デートはおじゃんになったが、写真もらえるし、新しい友人もできたしいいかと思いはじめた頃、腕時計を見た快斗は「あっ」と声を上げた。


「そろそろ時間だぞ」

「やべっ、和葉がうるさいで」

「オメーらがはしゃぎ回るからだろーが」


 そう言うお前だって楽しんでたじゃないか。
 快斗と平次は同時に口を開いて言い、3人で顔を見合わせ小さく笑うと、とにかく急ごうと集合場所である車を目指した。
 ちなみに、女組と分かれてすぐ、小五郎は若いのだけでやれと言い置いてパチンコ店に行っていたのでそれを回収した。





■   ■   ■






 男組と別れ、和葉が事前にチェックしていた店とひじりのよく行く店を一件回り、3人は男組より早く車に戻って来ていた。

 平次と和葉が東京まで来たのは、知り合いの結婚式に出席するためだというのは先程快斗と合流する前に聞いた。本人は平次の面倒を見るためだから来たくなかったと言っていたが、その割に買い物を楽しんでいたように見えた。
 しかし、どうにも蘭に向ける目は冷たい。と、いうより何か怒っているような。ひじりには屈託のない笑顔を見せてくれるのに、蘭にだけは取り繕ったものしか向けない。
 蘭と2人で顔を見合わせ首を傾げる。まさか前に大阪に行ったときに失礼を働いたかと思ったが、蘭に心当たりはないそうな。

 和葉、蘭、ひじりと後部座席に並んで座り、ひじりは窓の外を見る和葉を見て蘭に視線を移し、ふいに目を瞬いた。
 青のボーダー。そういえば、平次も確か青のボーダーだった気がする。もしや、彼女は何か勘違いをしているのではないだろうか。


「ほんまにぃー。何してんねやろ平次ら…。『買い物早よ済ませ』言うてたの、あっちやん」


 窓の外を見ながらぼやく和葉を、ひじりと蘭がじっと見つめる。
 ふいに「ねぇ」と蘭が声をかけ、和葉は振り返ると2人に見つめられていたことに気づいて少し驚いた。だがすぐに笑顔を取り繕って「ん?何?」と首を傾げる。そんな下手くそな笑顔はあまり可愛いと思えずもったいない。
 ひじりがそんなことを内心で呟いたことなど知る由もなく、蘭はいきなり核心を突いた。


「何怒ってるの?」

「え?」

「怒ってるでしょ?わたしのこと」


 蘭が自分を指差してそう言えば、和葉は笑顔を消してむっつりと黙りこみ、渋々口を開く。


「お揃いやん…」

「え?」

「あんたのシャツ、平次のと同じ青のボーダーやろ?」

「そんな…たまたまだよ」

「今日だけとちゃう!」


 怒ったような声に悲しみを混ぜ、和葉は蘭の言葉を否定する。
 大阪のときも黒のハイネックをお揃いで着てたと言われ、そうなのかと蘭を見れば、どうやら忘れてしまっているようだ。ということは、和葉が言うように示し合わせたのではないということ。まぁそれ以前に、蘭が平次に好意をもつことはないのだけれど。
 やらしいやらしい!と自棄になったように和葉が小さく叫ぶ。その目は切なく揺れ、眉根はひそめられて、どう見ても嫉妬に苦しむ恋する少女そのものだ。


「今時ペアルックやて!気色悪ぅーて…」

「そこまで」

「!?」


 ともすれば蘭に対する侮辱の言葉を吐きそうになった和葉の口に、ひじりはポケットから取り出した飴玉を突っ込むことで塞いだ。ぎょっと和葉が目を白黒させる。優しく指を和葉の唇に押し当てたまま、ダメだよ、と小さくたしなめた。


「あなたが言いたいのは、そんなことじゃないでしょ?」

「……だって」


 ぽつり、和葉がこぼして俯く。彼女もきっと分かっている。こんなの、ただの嫉妬だと。だから蘭に対して冷ややかな態度を滲ませながらも決して口にすることなく、蘭が切り出すまで黙っていた。
 配慮のできる子だ。今のは年頃らしく、少し言い過ぎただけ。
 蘭は俯く和葉を見てひじりを振り返らないまま口を開いた。


ひじりお姉ちゃん」

「うん」


 それだけで通じ合い、ひじりが腰を上げて外からの壁になって先程蘭が買った服の包装を解いていると、蘭は躊躇いなく服をまくり上げた。
 ぎょっと大きく目を見開いた和葉が「あ、アホ!ここ、街ん中やで!?」と驚愕の声を上げるが、構わずひじりは服を脱いだ蘭に素早く別の服に頭を通させた。長い髪を服の外に出す。
 ありがとう、と振り返らずひじりに礼を言った蘭はにっこりと和葉に笑った。


「ほら!これでお揃いじゃないでしょ?」

「あなたの小さな嫉妬は、噛み砕いてしまいなさい。その飴玉のように」


 ひじりの指が和葉の飴を含む頬を撫でる。
 呆然と2人を見つめていた和葉は、ふっと偽りのない小さな笑みをこぼしてくれた。


「あんた…ええコやなぁ。ひじりさんも、ありがとう」

「そーお?」

「どういたしまして」


 蘭が首を傾げ、ひじりが体勢を元に戻しながら目許をやわらげる。
 ガリ、と言われた通り口の中で飴を噛み砕いた和葉は少しだけ赤くした頬を掻いた。
 目を合わせて笑い合う蘭と和葉を横目に、ひじりはさらりと言い放つ。


「それに、その嫉妬はいらぬ心配。蘭には新一が既にいるから」

「ちょっ!お姉ちゃん!」

「え、何それ!詳しく聞かせてーな、ひじりさん!新一って、ひじりさんの彼氏さんにそっくりなんやろ?」


 慌てる蘭を挟みながら、ひじりは「聞きたい?」と囁いて和葉と顔を近づける。和葉が大きく頷き蘭にさらに慌てられたが構わず、ひじりの口は止まらない。


「蘭の幼馴染でね、今はちょっと事件で近くにいないんだけど、これがまたじれったくてしょうがなくてね」

「もう、お姉ちゃん!」

「えー!聞きたい、聞きたいー!なぁ蘭ちゃん、あ!蘭ちゃんって呼ばせてもらうな!蘭ちゃんの幼馴染の話、聞きたいわぁ!アタシも話すし!ね?」


 制止しようとした蘭の腕を引っ張り、可愛らしい笑顔で和葉がねだる。蘭は「ええっ」と困惑したようだったが、結局和葉の押しに負け、男組が戻るまで恋愛話に花を咲かせることになった。
 それを頬杖ついて眩しいものを見るように目を細めて眺め、良きかな、とひじりは心の中で微笑んだ。






 top