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 もう用は無いし、中に入るのは危険だと判断した3人は、さっさとその場を離れた。他の出入口はまたどこかにあるだろうから、そこを捜した方がいい。


「ん?ここは…」

「アトリエ?」


 人の気配がしない適当な部屋を開けると広がった光景は、ひじりが呟いた通りのものだ。
 たくさんの大きなカンバスに石膏像。絵の具に筆などのたくさんの道具。そして積まれた新聞紙。おもむろに哀が新聞をめくると、その内容に目を瞠った。





□ 孤城 4 □





 新聞紙は全て4年前のものだった。出版社は違えど、書いてある内容は全てこの城で起こった火事に関連するものばかり。
 もしかしたら貴人がこの城に留まり続けている本当の理由は、この事故を不審に思って探っているからか。


「火事で死んだのは15人…骨が灰になるほどの業火で、遺体の判別は身につけていた遺品から推定されたが…内、1人だけが未だに行方不明…」

「この火事を利用してすり替わったわけか。あるいは、すり替わるために火事を起こした」

「巻きこまれたのは大奥様に長く仕えた召使いに執事達、そして娘。欺き通せないと踏んで一緒に焼き殺したってところかな」


 哀が読み上げた内容に快斗が推測し、ひじりがそれを踏まえた考察を述べる。筋が通っているし、まず間違いないだろう。
 火事を起こし、大奥方を隠し通路に閉じこめ、顔をそっくりに整形して多少のことはボケたことにして誤魔化す。
 おそらく、全ては宝のために。その強欲さがあの業火を生み、悲劇を起こした。そしてコナンと博士も。


「宝…そんなもののために、貴人さんは母親を殺されたのか」


 そして今も、祖母を騙られ続けているのか。
 ひじりの低い呟きに、快斗がそっと手を握ってくる。それを握り返したひじりの顔には一片の表情もなく、その目はどこまでも冷たかった。


 カシャン


 ふいに音がして、廊下をまず快斗が覗き見る。誰もいないことを確認し、3人が廊下に出ると哀が落ちていた眼鏡を拾った。


「江戸川君の眼鏡ね」

「そういえば博士、子供達から預かってた探偵バッジ持ってたよね」

「あれは確かトランシーバー付……これで追えるわね」


 哀が眼鏡のスイッチを入れて追跡機能を起動させ、小さく笑う。そして同時にギイィと鈍い音を立てて塔の入口が軋み、3人はそちらを一瞥すると顔を見合わせた。
 確か、夕方調べたときには入口には鍵がかかっていたはずである。ならばあれは罠か。マス代は眼鏡の機能を知らないから、これでおびき出そうとしたのだろう。


「……どうする?あれを無視して3人で江戸川君と博士のところに向かうこともできるけど」

「そうしてるうちに彼女に逃げられたら困る」

「二手に別れますか?」


 哀の言葉にひじりが続き、快斗が提案する。ひじりは少し悩み、それじゃあと口を開いた。


「快斗と哀でコナンと博士を捜してくれる?私は敢えて罠にのって、彼女をおびき出してみる」

「何言ってるんですか!それじゃひじりさんが危ない!」

「哀を1人で行かせるのも危ない」

「じゃあ、オレが行きます!」

「女の私はともかく、男の快斗じゃおびき出せないかもしれない」

「けど!」

「……なら、私が1人で塔に行くわ」

「「それは絶対ダメ!」」


 ひじりと快斗の口論に哀が妥協案を出すが、2人は口を揃えて即座に却下した。
 ひじりが行くか、快斗が行くか。手を繋ぎながら喧嘩とも言えない真面目な口論と言う名のいちゃつきを半眼で見つめ、哀が深々とため息をついた。


「じゃあもう、2人で行ってきなさいよ」

「え?」

「でも、それじゃ哀が…」

「私は何もできない子供じゃないの。相手の隙をついて逃げることもわけないわ。江戸川君と博士は私に任せて、さっさと彼女をおびき出すのね」


 淡々と捲し立てられ、快斗が「は、はい…」と押し切られて頷く。
 ひじりと快斗相手では出てこない可能性もあるが、先程3人を追って来ていた彼女だ、きっと来るだろう。
 ひじり達がもう犯人を判っていると知って、宝も手にせず、このまま黙って引き下がるわけがない。そう判断し、どうせここで口論しているよりかは哀にコナンと博士を任せた方がいいかとひじりも頷いた。
 早速追跡機能を使って位置を探る哀の頭をゆっくり撫でる。


「ごめん。2人をお願い。もし助け出せたら、玄関の広間に呼んで」

「……今度のお昼、とびっきりのサンドイッチを期待してるわ」

「分かった」

「それと黒羽君。ひじりに怪我ひとつさせたら保護者2人がうるさいから、しっかり護ってやることね」

「はは、何言ってんだ。─── 当たり前だろ。哀も気をつけろよ」


 それじゃあ、とひじりの声を合図に、2人と1人は別々の方向へと足を進めた。
 ひじりは扉の前に来ると快斗と繋いでいた手を離し、そっと中を窺う。


「赤井さんよりかはずっと弱いだろうけど、気は抜かないようにね」

「了解」


 短く頷いた快斗が懐からモノクル型の暗視スコープをふたつ取り出す。ひとつ受け取って素早く装着し、腕時計のライトを切って2人は扉をくぐった。
 石造りの広間の部分は焼け焦げており、その下から感じる気配に何か重石でも乗せてやろうかとひじりは思ったが、生憎何もなかったので諦めた。

 快斗に無言で合図をして扉のすぐ右手の階段を上る。気配は下にあるので、今度は快斗がひじりの後ろについている。
 階段を上がってすぐはトイレ。ひじりは快斗を入口の横に立たせて見張りとし、軽く辺りを確かめて隠し通路の有無を調べ、燭台をいじると傍の壁が開いたことを確認した。そうして素早く戻り、快斗と共に奥の部屋に身を潜める。


 ガコ


 鈍い音がして見れば、暗視スコープにばっちり床の石が持ち上がっているのが見えて、そこからマス代が顔を出した。
 にっと小さく笑った快斗がひじりの声を使って言葉を飛ばす。


「快斗、こっちに何かあるー」


 声をうまく使い、いかにもひじりがトイレの奥から発したかのように聞こえさせ、次いで「何ですか?」と自分の声を飛ばし、マス代をトイレにおびきだした2人は、足音を立てず気配も忍ばせてトイレに歩み寄り、マス代が燭台を動かして隠し扉を開いたのを見る。
 隠し扉の向こうには下に伸びる縦穴と取っ手がはしご状になっており、どうやら地下に行けるもののようだ。マス代はそれを使って下に降りていく。一度奥の部屋で5分ほど時間を潰した2人はもう一度トイレに向かって隠し扉を開いた。


「下は随分広そうですね…」

「すぐに戻って来ると思ってたんだけどな……降りてみる?」

「みますか」


 哀は2人とは別方向に行ったので、下にはコナンも博士もいないことは判っている。
 コナンと博士を見つけて助け出すまでは時間を稼ぎたかったためひと芝居打ったが、てっきりすぐ戻って来ると思ったマス代をもう一度おびき出すため、少々危険な橋を渡ろうか。

 先に降りて行った快斗に続いたひじりは、このあと別の隠し扉から現れてこの場に戻って来たマス代が開いたままの隠し扉に気づいて血相を変え後を追って来るのを想像して、目を細めた。






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