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食事のあとにマス代以外のみんなでコナンを捜してみたが、やはり見つかるわけもなく。
ここで自分達もいなくなってはいらぬ騒動になるとも分からなかったのであの部屋には近づかず、
ひじりは城を、快斗は庭をそれぞれ捜してみたが、コナンの影も形も見ることはできなかった。塔の方には入口に鍵がかかったままだったらしい。
となれば残るは森の中だが、雨が降ってきた上に陽が落ちて辺りは真っ暗になりつつあるので危険だ。捜索は明日警察を呼んでからにした方が賢明だと言った満に促され、全員が城に戻る。
博士が便りがないのは無事な証拠と安心させようとするが、
ひじりと快斗は呆れたようにため息をつき、哀が「何寝ぼけたこと言ってるのよ」と辛辣な言葉を言い放った。
□ 孤城 3 □
城の人間に気づかれぬよう警察を呼ぶように博士に頼み、一旦別れた
ひじりは快斗と共に貴人のもとへと赴いた。
「え、マジックショー?」
「ええ、一宿一飯のお礼に。実は僕、マジックが得意でたまに知り合いのバーでもやるんです」
「腕は私が保証しますよ。子供達もコナン君がいなくて不安がってますし、気分転換にでもいかがです?」
「……そうだね。じゃあお願いするよ」
小さく笑って承諾してくれた貴人に礼を言い、満には貴人から言ってもらうことにして、それでは30分後に食堂で、と言い残した
ひじりは快斗と共に廊下を歩き出した。
こうも広いと殺気も遠く感じ取りにくい。先程また微かに感じたが、すぐに分からなくなってしまった。まさかまた、と不穏に思いながらも食堂で準備をしていると、ひと足先に哀が子供達とやって来た。
「快斗お兄さん、またマジックやってくれるんですか?」
「マジックショーって言うくらいですから、きっとすごいんですよね!」
「なぁなぁ、うな重とか出るか!?」
「うな重はさすがに出せねーよ」
快斗にきゃいきゃいとはしゃぎながら纏わりつく子供達とは別に、どこか表情を固くした哀が
ひじりに近づく。その近くに博士の姿が見えなくて、もしや先程の殺気は、と考えていると声をかけられた。
「博士がいなくなったわ」
「警察は?」
「ちょっと邪魔が入ってね……
ひじり、ケータイ持ってる?」
「残念、圏外」
「そう…」
俯く哀を安心させるように腰を屈めてゆっくり頭を撫でる。見上げてくる哀に大丈夫と意識して小さな笑みをつくり、手を引いてイスに座らせた。
貴人と満も食堂に入って来てイスに座る。マス代の姿はやはりない。聞けば「そんなものには興味ないわ!」らしい。
ひじりは執事に頼んでいた飲み物を受け取り、それぞれの前に置いた。
「今夜1時、例の部屋」
哀の前にもコップを置いてこそりと囁く。返事は聞かぬまま、助手を務めるために快斗の横へ歩いて行った。
「Ladies and Gentlemen!一夜限りのマジックショー、とくとご覧あれ!!」
深夜1時。例の時計がある部屋のイスに座っていた
ひじりが腕時計で時刻を確かめると、ふいに小さな足音と共に1人の少女が姿を現した。
快斗が無言で手を上げ、
ひじりもまた無言で立ち上がる。すると、哀がほんの少し胡乱げに見上げてきた。
「で、いきなり今夜マジックショーなんて開いた理由は?」
「あれ、楽しくなかった?」
「楽しかったわよ。話を逸らさない」
「はいはい。一番不審がらずに睡眠薬入りの飲み物を飲んでくれる方法があれだっただけ」
快斗がイスを運んでいるのを見ながらさらりと答える。哀は特に驚かず納得したように頷いた。
「成程?信用できる人間が他にいない今、邪魔をされないためね?」
「それもあるけど、一番の理由は子供達」
意外と行動力のある彼らは、下手したら哀の後をついて来るかもしれなかった。
彼らを危険な目に遭わせるわけにはいかない。だから遅行性の睡眠薬を使って朝までぐっすり眠ってもらうことにした。満と貴人が危険な人物ではないと判ってはいるが、まぁついでのようなものだ。
できればマス代にも来てもらいたかったのだが、残念なことに事はそう都合良くいかない。
「それと哀、気をつけて。つけられてる」
「え?」
「振り向かない」
ひじりの潜められた唐突な言葉に驚いて振り返ろうとした哀の頭を掴んで引き留め、時計の針を何回転かさせて隠し扉を開けた快斗に歩み寄る。
マジックショーを観に来た者は、哀以外は全員眠っているはずなので、つけているのは間違いなくマス代だ。
まさか、と小さくもらした哀にそうと短く答える。コナンと博士を攫った犯人はマス代だ。
「暗いので足元に気をつけてください」
隠し扉を通って通路に入る。快斗が腕時計のライトを点けて照らし、
ひじりと哀も腕時計のライトのスイッチを入れる。
快斗を先頭に哀、
ひじりと続きながら長い階段を降りて行っていると、ふいに階段の途中で快斗がしゃがみこんだ。
ライトに照らされて黒ずんだ何かが浮かび上がる。指先を唾液で湿らせた快斗がそれに触れると、赤い液体のようなものがついた。
「血?」
「色調と凝血の具合からすると、あまり時間は経ってないわね…」
「へぇ、すごいな灰原さん」
一応何も知らないふりをして快斗が感心の声を上げるが、哀はちらりと快斗を一瞥しただけである。
快斗はポケットからハンカチを取り出して指を拭い、その間に次の段を照らしていた
ひじりが何か刻みこまれているのに気づいた。
「何か彫ってある。『アイツハ私ニナリスマシテ城ノ宝ヲ横』……横取りする気、とでも書こうとしたのかな」
「彫り口はかなり古いし、名前じゃなく『私』にしてるってことは、これを彫った本人は何年もここを動かなかった…いや─── 動けなかった、女性かな」
ひじりと快斗がそれぞれ言い合い、お互い目を見合わせる。
“私”が誰で“あいつ”が誰なのかはもう判っている。哀も判ったようだった。
「あのお婆さん…?」
「そう。そして彫っている途中で終わってるってことは、ここで息絶えたってこと」
「おそらく、ここに彼女の死体があったんだろうな」
「江戸川君がそれを見つけ、気を取られている隙に背後からあのお婆さんに殴られたか刺されたとしたら、血の説明もつくわね…」
先程の血の具合から見るに、おそらく殴られたのだろう。そしてここにコナンが見たはずの死体がないということは、既に動かされた後。
ひじりが快斗と哀と意見を交わしていると、背後の気配が大きく揺れたのが判った。もう少し上手く隠していないと、子供達は騙せても私や快斗は到底騙せないよと内心でダメ出しをする。
片手をポケットに手を入れすぐにペン型スタンガンを取り出せるようにし、ロックを外す。
ここで捕まえてもいいが、コナンや博士のいる場所が判らないので今はやめておく。もしかするとここ以外にも隠し通路があり、そのどこかに監禁されていたら捜すのが面倒だ。マス代が素直に口を割るとも思えないことだし。
3人で階段を下りきると、そこに何かが落ちていることに気づいた。
快斗がライトでそれを照らし、哀が手に取る。これは、と
ひじりが目に険しさを宿して声を上げた。
「博士の眼鏡」
「それがこんなところに落ちてるってことは…」
「博士もまた、ここで襲撃を受けた」
ひじり、快斗、哀がそれぞれ呟き、顔を見合わせる。
レンズが割れ血がついている眼鏡をハンカチでくるみ、哀がポケットに入れたのを確認して辺りを見渡すと、きらりと暗闇に光の筋が入っているのが判った。
快斗と哀の腕を引いて注目させ、3人が傍に寄って哀が壁を押す。瞬間グルッと隠し扉が回り、3人は揃って廊下に投げ出された。
「大丈夫ですか、
ひじりさん、哀…じゃなくて、灰原さん」
「うん、ありがとう」
「……どうも」
だが無様に転がる快斗と
ひじりではなく、すぐさま体勢を整えた快斗が
ひじりと灰原を軽く抱き留め、バタンと閉められた扉を見る。
開けない方がいいだろう。ここでマス代と鉢合わせるのは望むところではない。
哀が角の向こうを覗いたのにつられて覗くと、電話台があった。
「ここ、さっき博士を見失った場所なのよ」
「成程?博士は何かでこの扉におびき出されて、中で襲われたってことか。……上等だ」
「はい快斗、平常心平常心」
ちろりと怒りを宿した目で隠し扉を、正確には扉の向こうにいるはずのマス代を睨みつけて薄っすらと笑う快斗の肩を叩き、
ひじりは淡々と言って落ち着きを取り戻させた。
細く息を吐いて快斗がゆっくりと呼吸を繰り返す。
ひじりはポケットから取り出したペン型スタンガンで肩を叩き、ついと目を細めた。
(……あのお婆さん、怒らせちゃいけない人達を怒らせちゃったんじゃないかしら?まぁ、自業自得だけど)
静かに不穏な気配を漂わせる2人を見上げ、哀は思わず同情しかけてしまった。
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