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 これでオフ会のメンバーは“影法師”と“脱出王”を除いて全員揃った。
 だがボードリーダーがいなくては会が進めらないということで電話をかけてみるが留守電になっており、そのうち来るだろうと判断して“影法師”が来るまで自分達だけで盛り上がっておくことにした。
 荒と須鎌は食事の用意をするということで、それまでの間自室のベッドシーツを替えておくよう言われて従う。


「あれ、そういえばひじりお姉様の部屋は?」

「男の子と間違われてたから、土井塔さんと同室」


 言うが早いが、「何ですって───!??!」という園子の絶叫が轟いた。





□ 奇術愛好家 2 □





 浜野や田中が性別を明らかにしていなかったことにより一度部屋割りが変更され、さらにひじりも偽っていたと知り、さすがに同室はどうかと荒は悩んだようだが、当の2人が別に構わないと口を揃えたことによってそのままにすることにしたらしい。
 だが園子の勢いは止まらず、部屋に押しかけ土井塔に勢いよく掴みかかった。


「いーい!?ひじりお姉様にはもうイケメンで将来有望な彼氏がいるんだから、絶ッッッ対に手出ししないでくださいね!!

「は、はい…分かりました…」


 その凄まじい剣幕に土井塔が頬を引き攣らせる。
 さすがに蘭は苦笑していたが、「何かあったら呼んでね」とひじりに拳を構えてみせたので園子と同意見なのだろう。
 最後まで土井塔を睨みながら渋々部屋を出て行く2人を見送り、ぽかんとベッドに座りこんでドアを見ていた土井塔に声をかける。


「すみません、うちの妹分達が」

「いえ……とっても良い子達ですね」


 振り返った土井塔は優しく笑っていて、イケメンで将来有望と称されたのに照れたのか少し頬を赤くしてかりかりと頭を掻いた。
 シーツの交換を終え、ロッジを探索することにする。先程全員でぐるりと一周はしたが、もう一度詳しく見ておきたい。
 土井塔が僕も行きますと言うので一緒に外に出てゆっくり見て回った。


「それで、気になるのは“イカサマ童子”…田中さんですか?」

「ええ、たぶん彼女は孫娘。彼女が祖父のチャットを引き継いだことは分かりましたが…」


 “イカサマ童子”とは本当は春井風伝というマジシャンであり、先月快斗と観に行ったショーの最中に亡くなった。
 あれは間違いなく事故だったが、その直後“影法師”が「あの偉大なマジシャンが死んだのは貴様らのせいだ」と言い出した。そうして荒と“脱出王”の西山が相談してオフ会を開くことになったらしい。
 快斗に事前に聞いていた話を思い返していると、土井塔が風呂焚き場近く外壁を見上げて問う。


「どう思います?このオフ会……何事もなく終わりますかね」

「私は探偵ではないから分かりませんが、そうあってほしいとは思いますよ」


 企画したのは荒と西山で、田中が発案したのではないが、この機を狙わないとも限らない。
 だが最近園子を通じてチャットに出入りしはじめたひじりは、少し引っかかることもあった。
 春井風伝の孫娘である田中がもし、あの発言を目にしたのだとしたら。
 肉親の情とは他人には理解しきれないものであるし、チャットという文字だけでやりとりする場では、ただの不謹慎な言葉も血を凍らせる刃となり得る。


(……考えすぎか)


 血生臭い檻の中に長くいたため、考えがどうにも物騒になる。ひじりは首を振って思考を散らしたが、安心することはできなかった。

 なぜなら感じるのだ、この雪の中に溶けた静かな殺意を。

 それは、最初から田中をマークしていたからこそ気づいたもの。
 自分に向けられたものならまだしも、他人に向けられたものはどうしても気づきにくい。


(まだ明確じゃないから、やめてくれる可能性もあるけど…)


 その可能性は低いだろうな、と思いながらワイン蔵についた物々しい3つの鍵を手に取った。
 元々はひとつだけだったのだろう、上ふたつはつけられてまだ間もないのが判る。最近つけなければならくなったと考えると、泥棒にでも入られたのかもしれない。金目のものがあるとしたらここくらいだろうから。

 そろそろ食事の時間だろうかと土井塔と共に玄関に向かう。こちらに気づいた園子がベランダで手を振っているのが見えた。


「食事の準備ができたみたいですよー!」

「分かったー」


 ちょうどいいタイミングだったようだ。
 ひじりは土井塔と共に玄関のドアを開けて中に入った。


「それにしても…ひじりさんに敬語を使われるのって、何だかむず痒いですね」

「今は土井塔さんの方が年上なんですから、敬語使わなくてもいいですよ?」

「それはちょっと…」


 頭を掻いて苦笑する土井塔の腕をぽんと叩き、階段を降りてきた蘭と園子と共にリビングへ入る。園子がじろりと土井塔を睨むのにはさすがに失礼だと窘め、食事を運ぶのを手伝って席に着いた。
 ステーキにサラダ、フランスパン、そしてスープ。ワインも勧められたがひじりと土井塔は辞退した。
 全員で着席し両手を合わせていただく。談笑を交わしながら少しして、誰かが尊敬する日本のマジシャンは?と問うた。


「ああ…私は黒羽盗一さんが好きだったな」

「あ、僕も同じです!」

「私も同じく」


 荒の言葉に土井塔とひじりが揃って同意し、田中が木之下 吉郎、浜野は九十九 元康とそれぞれ答えれば、黒田がみんな死んじゃった人ばかりと少し呆れて「私は今大人気の真田 一三」と答え、蘭と園子にあなた達は?と問いかける。


「そりゃーもちろん!怪盗キッド様よ!!!


 ぐっと隣で土井塔がむせる。ポーカーフェイス、とこっそり土井塔にだけ聞こえるように囁くと、父の言葉と赤井とのポーカーフェイスの訓練を思い出したのか、少し顔を青褪めさせたがすぐに苦笑を園子に向けて荒の言葉に続けた。


「でも彼、泥棒ですよ…」

「それに日本人かどうかも分からないし…」

「誰が何と言おうと怪盗キッド!!!」


 とんだラブコールである。そういえば女性からの支持率も上がっていたんだっけ、と思いながら無表情にスープをすする。
 以前コナンから漆黒の星ブラックスターをキッドから守ったときの話を聞いてから、 園子はさらにキッドに熱を上げはじめていた。キッドの素顔は明らかになっていないのに「絶対イケメンだわ!!」となぜか断言していたが当たっているのだから女の勘は侮れない。
 ちなみに、園子はひじりがキッドから“眠り姫”と呼ばれラブレターもどきのカードをもらったことは、知らない。






 食事を終え、デザートも食べ終えた一同は、誰も連絡先を知らない“影法師”のことはひとまず置いといて、まだロッジに来ないボードリーダーの“脱出王”へ電話をかけようということになった。
 ひじりと土井塔は荒と須鎌を手伝うためにキッチンに入り、2人が洗い終わった食器を拭いて戸棚に仕舞う。


「あ、それ高いところのですから僕がやります」

「ありがとうございます」


 土井塔に皿を渡してグラスを仕舞っていると、ふいに玄関がバタバタと慌ただしくなった。


ひじりお姉ちゃん大変、コナン君が!」


 キッチンのドアを開けて飛びこんで来た蘭はその腕に荒い息を吐くコナンを抱えていて、ひじりは素早く蘭に駆け寄ってすぐさまコナンの額に手を当てた。
 風邪をひいているせいで熱があり脈も速い上に汗もかいている。だが命に別状はなく、暫くベッドで安静にさせておけば問題はないだろう。


「とりあえずベッドに運ぼう」

「わ、分かった」


 ひじりの指示に蘭が階段を上がって寝室へ運んで行く。


「何かあったんですか?」

「コナンが玄関に倒れてたみたい。土井塔さん、風邪薬か何か持ってませんか?」

「ああ、解熱剤持ってますよ」

「すみません、お願いします」


 キッチンに戻ったひじりはすぐに風呂場の桶を手に取って水を溜め、小さいタオルを1枚拝借して部屋へ向かった。
 部屋には蘭がいてコナンをベッドに寝かせており、お姉ちゃん、と振り返った蘭の頭を撫でてやってコナンの額に絞ったタオルをのせた。
 すると園子あたりから事情を聞いたらしく全員が集まって来て、横になるコナンに荒が驚きの声を上げる。


「しかし、何でまた…」

「きっとここに泊まりたくてしょうがなかったのよ。ほら、この子帰るときも駄々こねてたし…」


 黒田の言葉に、しかし蘭は「そんなんじゃないと思います」と否定する。
 ひじりがぬるくなったタオルを再び水につけて絞り、額にのせ直すと、コナン君が言ってましたと蘭が不安そうにひじりの服の裾を掴んだ。


「『逃げろ』…『早くここから逃げろ』って…」


 蘭の手を優しく握り返しながら、ひじりは湧き上がる嫌な予感を強く感じてコナンに向ける目を細めた。
 いったいどうしたというのか。訊きたいがコナンは気を失っているし、この分では暫く起きそうにない。吊り橋で感じたあのガソリンの臭いにも関係があるのか。
 そういえば、コナンがいるのに小五郎はいないというのはどういうことだ。


「……」


 嫌な予感がする。夕方、食事の前に感じていたものと同じ殺意の気配がその濃さを増している。
 その殺意の元は─── 田中貴久恵。誰に向けられたものかはまだ判然としないが、彼女はもしや、やはり何か事を起こそうとでもいうのか。
 黙然と考えていると、土井塔が小さな包みを手に部屋へ入って来た。先程頼んだ解熱剤だろう。


ひじりさん、持って来ました」

「ありがとう」


 土井塔から受け取った包みから薬を取り出す。園子が訝しげに首を傾げているのに気づき、土井塔は後頭部を掻いた。


「僕、医大生なんです。だから色んな薬持ち歩くのが癖になっちゃって……これもさっきひじりさんに頼まれたもので」

「少し風邪をこじらせているけど、薬を飲ませて安静にさせておけば問題はないよ」


 コナンに薬を飲ませながら言い、大丈夫、と蘭の頭を安心させるように撫でる。
 ひじりが目にやわらかい光を宿しているのを見て、蘭はほっと息をついた。






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