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博士が焚いてくれた湯に揃ってつかりながら、2人は淡々と会話をし取引を交わした。
この家に住まわせるよう
ひじりから便宜を図る。代わりに、新一には
ひじりがジンの“人形”であったことは絶対に伏せていてくれと頼んだ。
どうして?と当然気になったようだが、FBIのことをいくら組織の一員であったシェリーに言えるはずもなく、可愛い弟分に多大な心配をかけた上にさらに余計な心配までかけたくないから、と誤魔化した。
少女はそれに納得していなかったようだが、何も言わずいいわよと頷いてくれた。ただし、とひとつ条件を付け加えて。
「初対面にしては随分気安い態度になると思うけど、私直すつもりはないから。あなたも取り繕わないでよね。そんなことしたら口が滑るわよ?」
「……了解」
□ シェリー 2 □
風呂から上がり、
ひじりの服を着せた少女の髪をタオルで拭ってやれば「随分と仲が良いのう」とやはり博士に突っ込まれたが、少女が新一に薬を飲ませた男の組織の一員であったこと、裏切るために同じ薬を飲んで幼児化したが、元は
ひじりと歳が近く、自室と風呂ですっかり女同士意気投合したのだと言えばあっさり信じられた。
まぁ組織!?薬の研究員!?裏切った!?幼児化ぁ!?と立て続けに博士がいちいち驚愕する事実を淡々と並べて押し切ったのだから気にする余裕もなかったと言う方が正しい。
「く、黒ずくめの仲間だったとは…」
「今はもう完全に手を切る方向でいるみたいだし、安心していいと思うよ」
「うーむ……新一君には教えといた方がいいじゃろうがのう」
「それは私から言うから、工藤君には黙っててもらってもいいかしら?」
ひじりにドライヤーをかけられブラシで髪を梳かれながら少女が言い、まぁ君がそう言うなら、と博士が頷く。
博士には
ひじりから便宜を図ると言ったが、お人好しな博士が、少女が組織の元仲間だと知っても今更追い出すことはできないことを知っている。
死ぬ覚悟で薬を飲み幼児化したのは事実。今の外見は幼い少女。博士が見捨てるのは清水の舞台から飛び降りるよりも難しい。それに何より、新一を大切に思っている
ひじりが少女を受け入れることに関して賛成の姿勢なのだから、博士がどうこう言えるものではなかった。
「う~む。のう、君は組織ではシェリーと呼ばれとったんじゃろ?本名は何と言うんじゃ?」
「教えない」
「そ、それじゃ何と呼んでいいか…」
好きに呼んでいいわ、と少女がつれない返事をする。
ひじりはドライヤーのスイッチを切り、丁寧にブラシをかける。少女の本名は知っているが、本人が教えないのだから
ひじりが言っていいものではないので黙っておく。
ちなみに、
ひじりは既に自分の名前が工藤
ひじり、ちなみに新一との血縁関係はなしと少女に教えていた。
「
ひじり、代わるわ」
「ありがとう」
ひじりは少女が申し出たことに意外だなと思いつつも位置を替わり、ドライヤーのスイッチを入れて温風を当ててくる少女に身を任せる。
少し慣れない手つきだが、丁寧にブラシをかけてくれる。少女は当然
ひじりのピアスと指輪に気づいて「これは?」と問いかけ、隠すものでもないかと、実は婚約者まで一気に段階を駆け上がった彼氏がいるのだと話した。
「へぇ、意外ね。あなたみたいな人を好きになってくれる人なんていたのね」
言葉だけ聞けば冷たいものだが、嘲るものではないと分かった
ひじりは不快に思うわけでもなく「だから逃がさないよう必死だよ」と返す。
ドライヤーの音に紛れて「知ってるの?」と問われ、首を軽く横に振って嘘をついた。だが少女はそれを見抜けず、大切にするのねと少し優しい口調で言う。もちろん、と無言で頷いた。
「相手はどんな人?」
「マジックが得意で博士のメカが最近のお気に入り。名前は黒羽快斗。新一にそっくりな17歳の現役高校生」
「……」
「年下だけど3つくらいそんな差はないでしょう」
「……そういうことにしておくわ。今度会わせてね」
「うん」
カチ、と少女がスイッチを切って和やかな会話が終わる。
最後にブラシで整えられ、礼を言った
ひじりは自分がドライヤーをかけられている間ずっと何か悩んでいる様子の博士を振り返った。
「で、博士は何をそんなに悩んでるの?」
「う~む。この子の名前をのう。好きに呼んでいいとのことじゃし、せっかくならちゃんと考えた方がよかろう。じゃがなかなか思いつかんで……
ひじり君、何か良い案はないかのう?」
名前。本名をもじるのは万が一組織に漏れたときが面倒であるし、ならば全く関係ないところから取った方がいい。
頭の中に次々小説の主人公やら著者やらの名前が浮かぶが、どうにもパッとしない。2人が揃って頭を悩ませていると、当の少女が何てことないように言った。
「別に『君』とかでもいいのよ?」
「いやいや。新一君もそうじゃが、君にも小学校に通ってもらうことになるから、そういうわけにはいかんじゃろ」
「小学校…?」
「ああ、新一君…今は江戸川コナンと名乗っておるが、彼と同じ学校じゃよ。やっぱり子供が小学校に行っておらんのは、ちと悪目立ちするからの」
「分かったわ。なら、私も一緒に考えた方がいいわね」
ひとつ頷き、少女も
ひじりと博士との間に入った。
ひじりは少女を見て、そういえばコナンは探偵小説の著者から取ったことを思い出す。ならばそっち方面でも考えていいかもしれない。たとえば、英語圏の名前なら英語を日本語へ直してもいいだろうし。
「そうだ、女性の探偵から取るのはどうかな?新一の“江戸川コナン”も似たようなものだし」
「ふむ…女探偵ならミス・マープルにシスター・アーシュラー」
「コーデリア・グレイ、ケイ・トレーシーにアイリス・パティスン…」
「あとは……V・I・ウォーショースキー…」
適当な紙にペンでそれぞれ博士、
ひじり、少女が言った名前を並べて書き、日本人の女性として妥当な名前がないか、あるいはもじれるかどうか頭をひねった。
女探偵はほとんどが外国圏で日本人がなかなかない。紙を見ながら博士がううむと唸る。
「ケイというのはまぁありえそうな名前じゃな…」
「それはどっちかと言えばあだ名ね」
「グレイで“灰”。灰…灰…原、灰原という苗字はどうかな」
「おお、ナイスじゃ
ひじり君!君もそれでよいか?」
「ええ、構わないわ」
では次は名前だ。灰原が苗字なら語呂的にも落ち着くものにしたい。
暫く紙を眺めていた博士は、ふいに笑顔で顔を上げた。
「V・I・ウォーショースキーのIから取って、“アイ”というのはどうじゃ?」
「灰原アイ…珍しいけど語呂も悪くはないね。漢字はどうする?」
「ワシは“愛”の字が可愛いと思うんじゃが」
言いながら博士が紙に漢字を書くが、これはちょっと少女には可愛すぎるかもしれない。
案の定半眼で見下ろした彼女は、ペンを持つと大きなバッテンをつけてその横に“哀”の字を書いた。
「灰原 哀。……これでいいわ」
「うう…大きく却下された…」
どちらの気持ちも分かるため何も言わず、却下された博士の背中を叩く。
“哀”という字もなかなかだが、少女の雰囲気に合っているのだから否定はできない。
ひじりは少女改め灰原哀へと手を差し出した。
「それじゃあ哀、これからよろしく」
「ええ。……博士もよろしく」
「灰原哀君じゃな。なかなか良い名前に決まって良かった。よろしくの」
それぞれ握手を交わし、裏のない満面の笑みを浮かべる博士をじっと見つめ、哀はええ、と静かな笑みを見せた。
「それで部屋じゃが…すまんがもうひとつ余分な部屋はないし、研究室をひとつあけるまで待ってもらってもいいかの」
「哀さえよければ私の部屋にどう?新しくベッドを買うまでは同じところで悪いけど」
そういえば以前酔っぱらったコナンと一緒に寝たことがあり、そのときの経験から多少狭くはなるが問題ないと判断しての提案を、哀はふたつ返事で頷いた。
「それで構わないわ。博士、私にあまり気を遣わないでいいわよ」
「じゃが、新しくベッドを入れたら
ひじり君の部屋が狭くなるじゃろ?」
「元々そんなに物は多くないし部屋は広い方だから、パソコンの類だけ研究室に置かせてもらえればそれでいいよ」
「むぅ…まぁ本人がそう言うなら」
博士は優しく甘やかす傾向にあり、たとえるなら孫に甘い祖父というところだろうか。
それぞれ別の部屋を与えてやりたいのだろうが今すぐには無理だし、女の子は何かと物入りじゃと聞くからな!と工藤邸と同じくらいの広さをもつ部屋を与えられて、
ひじりは使い切れていなかったのだからむしろちょうどいい。
「今日はもう店開いてないし、明日服とか買いに行こうか。哀はどんなのが好き?」
「
ひじりのセンスに任せるわ」
分かっているくせに、意地悪だ。
くすりと笑みをこぼした哀に、
ひじりは困ったように首を傾けた。
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