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 ひじりは基本無表情だが、雰囲気まで怖いというわけではない。その証拠に子供達はひじりを怖がらないし、今も歩美は不安なのかひじりの手を掴んで離そうとしない。
 小さな手を優しく握り返し、淡々としながらも「大丈夫」とかけられる声は優しく、歩美はほっと息をついて頷いた。元太と光彦の頭もぽんぽんと軽く叩いてやれば、安心したのかコナンの言った「どえれー宝が眠っているかもしれない」という言葉に目を輝かせた。


(まー、子供は敏感だしなー)


 それを見ながら、後頭部で両手を組んで小さく快斗が笑う。
 おそらく子供達は、ひじりが無条件で安心できる人間だと無意識に悟っている。見た目は細身で到底強そうにも見えないが、その実大の男でさえ転がせる強さを持っているのも何となく察しているのかもしれない。
 子供達と仲良くできるか、怖がられないかと快斗だけに昨日見せた小さな不安は、どうやら杞憂だったようだ。





□ 宝探しゲーム 3 □





 博士が電話を終えて戻って来ると、たちの悪いコソ泥の仕業だろうと言われたらしい。確かにおもちゃを切り刻まれていたが他に実害はなく、別荘を荒らされた気配もない。
 後日調べに来るのだから何も触らず帰った方がいいと結論づけたところで、子供達を振り返れば何と部屋をあさっていた。思わずコナンが声を上げてツッコむ。


「─── って、おーい何やってんだお前ら!!」

「決まってんだろ?暗号をもっと見つけて宝を探し出すんだよ!」

「バカヤロォ!まだこの辺りに犯人がいるかもしれねーんだぞ!!ぐずぐずしてると…」

「あ、あったよコナン君!トランプの裏にも暗号が!」

「ほ、本当か!!」

「おいコナン」


「無駄だよ快斗、放っておこう。別にいいじゃない、暗号を解いて宝を見つけて……それを狙って犯人が出て来たんなら、取っ捕まえれるんだから」

ひじりさん目が据わってます」


 敢えてまったく笑ってない形だけの笑みを小さく浮かべて言えば、快斗が頬を引き攣らせた。
 すぐに表情を戻し、子供のようにはしゃいで暗号を探すための指示を出すコナンを見ていたひじりは、ガタ、と窓際からした小さな音を聞き逃さずゆるく顔を向けた。快斗は一瞥だけしてすぐにそらす。

 暗号探しは、コナンと歩美が1階、元太と光彦が2階。
 ひじりと快斗も暗号を探すのを手伝うことにしたが、結局見つかったのは1階のリビングだけだった。

 コナン達が新たに見つけた暗号は7つ。最初の3つを入れて合計10個。
 歩美が全部わたしとコナン君とひじりお姉さんで見つけたと誇らしげに言い、元太と光彦が渋い顔をするのを見て快斗がぽんと肩に手を置いて笑った。


「気にすんな。1階の中でもこの部屋にしか暗号はなかったんだ。ってことは、それには必ず意味がある。お前達が見つけられなかったことにもちゃんと意味があるから、そんな気落ちすることじゃねぇよ」

「は…はい!ありがとうございます快斗さん!」

「でも、オレも1個くれー見つけたかったぜ」

「じゃあ暗号を誰よりも早く解いてみせればいい。できるだろ、少年探偵団?」


 快斗がにっと挑発するように笑うと、元太と光彦は顔を合わせて元気良く頷く。
 本当に人の扱いがうまい。ひじりはすっかり元気を取り戻した少年2人から暗号へと目を戻した。


「コナン、さっき博士から聞いたんだけど、どうやらこの暗号の図柄は博士の伯母に届いた手紙と関係がありそうだよ」

「何?」

「その内容から考えると、これらの図柄はそれぞれひらがなを表してる」


 成程、と頷いたコナンが考えこみ、博士はひじり達に話したものの続きと思わしき話を始めた。


「ワシはさっぱり分からんかったからな、その手紙をひじり君が世話になっとった家の推理小説家に見せてみたんじゃよ」

「優作さんに?」

「うむ」


 博士の話では、優作は仕事に詰まっていてたようで最初は不機嫌そうだったが、手紙を見せると次第に興奮しはじめ、手紙を持って部屋に閉じこもったと思ったら、数分もせずに出てきて手紙と何か入った封筒を渡して伯母に渡してくれと言ったそうだ。その封筒の中身が何かは博士も知らないが、おそらく暗号の解読表だろうと推測できる。
 手紙の模様とこの別荘にあった暗号。繋げてみると、その手紙を出した人物が暗号を残した人物で間違いない。暗号で手紙を送ったのは、伯母以外の誰にも知られたくなかったからだろう。


「たとえば誰かに狙われてたとか…」

「……そういえば、伯母はこうも言っとった。変な奴がよく郵便受けを覗いてたって…」

「それがおそらく、おもちゃを切り刻んだ犯人か」

「だと思うよ!」


 快斗の呟きにコナンが同意する。
 子供達は改めて暗号を見るが、図柄がイコールひらがなだとしても分からず首を傾げた。
 ひじりはそれぞれ10個の暗号をメモした手帳を見て、同じく覗きこんでいた快斗がゆるく笑う。どうやら快斗も分かったらしい。

 コナンが子供達に解説をしながら暗号を解いていく。その後ろでひと足先に解いていたひじりと快斗は、2人で暖炉を覗きこみ、そこで揃って首を傾げた。
 暖炉から出てメモした暗号を見下ろす。暖炉には「皿を見ろ」と書かれていたが、それでは振り出しに戻ってしまう。


「どういうこと?」

「頭文字を繋げて…も、意味が分かりませんね。それにはじめに戻らせる意味が分からない」

「繰り返す…ループ…D.C.…違う」

「それぞれの物があった場所に意味があるとか?確かこの別荘、50年はそっとしておいてくれって遺言だったんですよね?」


 2人でメモを覗きこむが、どうにも答えが見えてこない。
 伯父はカラクリ好きだったというし、何かしらの仕掛けがあるのだろうが───


「なぁひじり!…姉ちゃん」

「何、コナン?」


 快斗が傍にいることに気づいて慌てて「姉ちゃん」を付け足したことに気づかなかったふりをして、やはり難しい顔をしたコナンを見下ろす。


「暗号解けた?振り出しに戻ったんだけど…」

「私達もそれ考えてたところ。まさか解読が間違ってたとは思いたくないけど…」

「悪戯にしても手がこみすぎてる…。……快斗兄ちゃんは何か思いつかない?」

「オレ?そうだな……もしかしたら順番はあんまり関係ねぇのかもってところか」


 3人で床に腰を下ろして頭を突き合わせる。どうやら悪戯ということで結論付け、博士をはじめ他の子供達は物を元の場所に戻すことにしたらしく、集めた物を元あった場所へ戻していく。
 ひじりは申し訳ないと思いながらも、このあと少しで解けそうな暗号に頭を悩ませることにした。


「順番は関係ない?」

「終わりがねぇんだから始まりもねぇだろ?だったら皿じゃなくて暖炉がはじめでもいい」

「……さっき快斗が言ったみたいに、物の位置が関係してるんじゃない?」

「「え?」」


 言いながら、元の位置に戻されていく物を見てひじりがメモに場所を記す。まさか、とコナンが奪い取って暗号が描かれていた物同士を暗号通りに線で繋いだ。


「これは…!」

「中心に集中してるね」

「でも床には何もない…ってことは…」


 真上のシャンデリアを見上げたコナンは、何かに気づいた様子で快斗に声をかける。


「快斗兄ちゃん、肩車して!」

「お、おう」


 要望通りコナンを快斗が肩車し、コナンはシャンデリアに手を伸ばして動かした。
 見てみればシャンデリアの付け根には溝がある。それが噛み合いカチ、と小さな音がした瞬間、ギギギギと鈍い音がし、次いで響いたドンッ!と大きな音が別荘を揺るがした。どうやら2階に何かが落ちたようだ。
 コナンは快斗からすぐに飛び降りると「行ってみよう!」と駆け出していく。子供達と博士がコナンを追って部屋を出て行ったのを見送り、ひじりは快斗と目を合わせると無言で頷いた。

 リビングを出て一旦別の部屋に隠れ、少しすると感じていた知り合いの誰のものでもない気配が別荘の中に現れて目を鋭くさせる。
 ひじりは上着の胸ポケットに入れていたペン型スタンガンを手の取りロックを解除し、気配が2階に行ったのを確認して無言で快斗に手を振り部屋を出る。
 極力足音を殺して2階へ行き、リビングの真上の部屋を覗きこめば隠し階段が現れていて、階段半ばから男の下半身が見えた。


「せっかく奴の居場所を突きとめ、原版の隠し場所を見つけたと思ったのに箱の中身はおもちゃ…。悪いがズタズタにさせてもらったよ」


 男の声が聞こえる。す、と音もなく部屋に入ったひじりは、悟られないよう男を窺いその手に銃が握られているのを見て黒曜の瞳を冷たく煌めかせた。
 快斗と呼吸を揃える。男から目を離さず指を3本立て、2、1、と減らした、次の瞬間。


「ありがとうよボウヤ達…ぃぎっ!?


 快斗が手に持った短いベルトのようなものを勢いよく男の足に向かって払い、瞬時に固くなったそれが男の脛に容赦なく叩きこまれた。
 短いベルトはすぐにやわらかくなり硬度をなくしたが、男の完全に不意を突いた痛みで階段を転げ落とすには十分だった。
 ガタガタン!とけたたましい音を立てて男が階段を落ちてくる。銃を握ってはいたが何が起こったのか理解できていないようで、猛烈な痛みに涙目となった目でひじりが無駄のない動きでペン型スタンガンを男の首に当てたのを見たのを最後に、男は白目を剥いて気絶した。


「……中でよかったかな」


 抵抗されては困ると強に設定しておいたが、びくびくと体を痙攣させるのを見るとちょっと同情してしまう。快斗が同意するように苦笑していた。
 持ってきたロープを渡して男の拘束を快斗に任せ、何だ何だと屋根裏部屋からこちらを見下ろしてくる子供達と博士にひらひらと手を振る。


「怪我はない?」

「おまっ…いねぇと思ったら…!」


 コナンが目を吊り上げるが、危なかったところを助けたのだから感謝してほしい。だがコナンの分も子供達がきらきらと目を輝かせているので別にいいかと思い直す。


「すっごーい!ひじりお姉さんと快斗お兄さん、強いんだねー!!」

「どうやったんですか今!?いきなり犯人が転げ落ちていきましたよね!」

「そんなに強ぇなんて知らなかったぞ!!」


 階段を降りて飛びついてきた歩美を容易く受け止め、すごいすごいと連呼されてはさすがに照れる。
 博士のメカのお陰かな、とペン型スタンガンと快斗のベルトを示せば、成程と納得したように博士が頷いた。
 子供達が階段を降り、博士も降りて最後にため息をつきながら降りてきたコナンの頭を撫で、危ねぇだろうが、と言われてその小さな額を指弾した。


「いてっ、何しやがる!」

「子供を大人が護らなくて、どうするの」

「……ありがとよ。黒羽には」

「自分で言うのが礼儀だよ」

「…ったく。快斗兄ちゃん、助けてくれてありがと!」

「おう!みんな怪我がなくてよかったぜ!」


 犯人をこれでもかとぐるぐる巻きにした快斗が笑いながらコナンの頭をぐしゃぐしゃに撫でる。
 快斗は知らないがコナン=新一で、つまり快斗が完全に子供扱いの顔でコナンを見ることに、コナンはひくひくと頬を引き攣らせる。
 だが助かったのは事実。ため息をついて心を落ち着けたコナンを横目に、階段を上って屋根裏部屋を覗いたひじりは、成程、と小さくもらした。

 そしてすぐに階段を降り、博士に警察に連絡するよう頼む。
 ただの宝探しゲームがとんだことになったが、まぁいいかと自分に言い聞かせながら。



 宝探しゲーム編 end.



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