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 宝探しゲームにはひじりと快斗も付き合うということで、その日、初めて2人はコナンの友達だという小学生3人組と顔を合わせた。
 見知らぬ大人におどおどとしていた子供達だったが、快斗がマジックを披露して子供心を掴むのは容易く、お近づきのプレゼントに、と子供に人気の仮面ヤイバーのレアカードをマジックを使って渡せば跳び上がるほど喜ばれた。もちろん、これを選んだのはひじりだとフォローも忘れずに。


「すっご~い!快斗お兄さんもひじりお姉さんも、ありがとう!」

「なーなー兄ちゃん、今のどうやったんだ!?もっかいやってくれよ!」

「快斗さんとひじりさん、ありがとうございます!」

「ハハ…あっさり陥落してやがる」





□ 宝探しゲーム 2 □





 博士のビートルに子供達を乗せればひじり達が乗るスペースはなく、ではどうするのかと言えば、バイクを快斗が運転してひじりが後ろに乗った。
 免許自体は実は監禁時に取っていたが、それは偽名だったので最近改めて本名で取り直し、1年は経過しないと二人乗りはできないので、不測の事態以外は快斗に任せることになっている。
 別荘に着き、車内でもひじり達のことで盛り上がったのか、きゃいきゃいと纏わりつく3人の頭を撫でてやった。


ひじりさん、オレめっちゃコナンに睨まれてる気がするんですけど」

「……うん、睨んでるね」


 快斗がこそりと話しかけてきたのでコナンを一瞥すると、確かにじっとりとした目で快斗を睨んでいる。
 オレ何かしましたかね、と首を傾げる快斗に、あれ実は新一だから、とは言えず多感なお年頃なんだよと適当に誤魔化した。
 博士が子供達を促して別荘に招き入れる。コナンもそれに続き、快斗と共にひじりが最後に別荘に入ると、ふいにぼそりと呟いた。


「気づいてる?」

「そりゃ、あんだけ叩き込まれましたから。…誰か近くにいますね。それも、良くないのが」

「今はまだ様子見で」

「了解」


 短い会話を交わし、みんなと少し遅れて暗号を残したリビングに入る。
 やはりひじりの思った通り、暗号に気づかず適当に部屋をあさる3人の子供に快斗が苦笑し、ひじりは床をきちんと拭いていてよかったと先日の自分にGJを出した。


「ほらほらお前ら、適当に探そうったって宝は出てこねーぞ?」

「えー、でも快斗お兄さん、じゃあどこを探せばいいの?」

「そーだなー、お前達は少年探偵団なんだろ?だったら探偵らしく、周囲を注意深く見て宝のヒントを探すんだ」

「そうそう、たとえばオレの足元にわざとらしく刻んである文字とか───」

「「「わー、本当だー!!」」」


 コナンの言葉に子供達が一斉に刻まれた文字を見る。
 さて、彼らにこの暗号が解けるだろうか。

 ひじりは暗号を前に首を傾げる子供達を眺めながら、殺気に似た害意に注意深く気を払っていた。手出しをしてこなければ、ひじりも快斗も手を出しはしない。

 暗号が解けず縋るようにこちらを見てくる子供達に首を振る。
 可哀相だが、これは子供達の宝探しゲームなので、自分達が参加するわけにはいかない。それにコナンがいれば─── と、そういえばコナンはどこに行ったのかと見渡す。すると、ちょうど寝室から出てきた。難しい顔をしているがあそこから出て来たということは暗号は解けたのだろう。

 コナンが博士に1円玉を渡す。それは確か、前にひじりが見つけて元の場所に戻した1円玉だ。
 兄ちゃん助けろよ!と元太に引っ張られて困った顔をする快斗を置いて、博士とコナンの近くに寄った。


「1円玉がどうかした?」

「あ。……なぁ、ひじり達は前にここに来たんだよな?これ知ってるか?」

「うん、寝室で見つけたから。随分と埃かぶってた上に本物と少し違ってて気にはなったけど」

「違う?」

「博士、本物の1円玉と比べてみて。ひと回り小さいし薄いから」


 ひじりの言葉に従い実際に比べてみるとその通りだと判り、確かに、と驚いた声を上げる博士とは対照的に、やっぱり気づいてたか、とコナンはため息をついた。そして難しい顔で顎に手を当てて推理を確かめるように呟く。
 おそらくこれを細工したのは老人。部屋のすみに積まれた本の間には白髪とアルミの欠片が挟まっていたから、ここに長く住んでいた人が読書の合間に細工していたのだろう。


「じゃが、何で1円玉なんかを…」

「さぁ……ただの暇潰しにも取れるけど何とも…。それに本当に老人1人で住んでいたかどうかもまだ分からねーし」

「子供もいたと思いますよ!」


 ふいに横から入って来た声に振り向くと光彦がいて、どうやら暗号が解けず放り出してしまったようだ。快斗がすまなさそうに片手を上げる。ひじりは首を振って仕方がないと肩をすくめた。
 光彦に目を戻すと、光彦は子供がいた証拠ですと花瓶の裏をひっくり返して見せてくれた。


「あ、それ」

「知ってんのか!?」

「前来たときに似たようなの見たから」


 光彦は子供の悪戯描きと言うが、どこか規則性のあるようにも見えるこれを他にも見たと言えば、こちらの会話に気づいた元太と歩美もそれぞれ見つけたと声を上げた。
 歩美は皿の裏、元太は蝋燭立ての裏。そのふたつを見て、うん?とひじりは内心で首を傾げた。肖像画の図柄も見る。やはり、子供達と自分が見た図柄の最後の3つが同じだ。


ひじりさん、これってまさか」

「暗号…かもね」


 同じく気づいた快斗に頷き、ふいに小さく笑い出したコナンを振り返る。
 コナンは楽しそうに笑っていた。この暗号がどうやら探偵の心、もとい好奇心に火を点けてしまったらしい。だが子供達にとってはそうではなく、そんなことより床の暗号を解くのを手伝えとコナンを引っ張って行った。


「……」

「……気になる?暗号」

「あ、まぁちょっとだけ」


 じっと肖像画と花瓶と皿と蝋燭立てに描かれた図柄を見下ろしていた快斗に声をかけると、頬を掻いて快斗が答える。
 最後の3つが共通しているのだからそれもヒントになりそうだが、なにぶん情報が少なすぎる。


「あ。そういえば博士、前にこれ見たことあるって言ってなかった?」

「おお、そうじゃそうじゃ、あれから気になっててのう、思い出したんじゃ!」

「何を?」

「手紙じゃよ!伯母に届いた手紙でな、10年前から毎年送られてきて、差出人の名前も住所もないし全部ひらがなで気味が悪いと言って相談されたんじゃ。内容は他愛のないものじゃったが、その手紙の周りにまるで模様のように描かれとったよ」


 ふむ、とひじりが顎に指を当てる。
 全てひらがなの手紙。周囲に描かれた模様は部屋で発見された図柄と同じ。


「ひらがなが…模様。あるいは模様がひらがな」

「手紙が全部ひらがなだったのは、ひらがなで読んでほしいというメッセージでもあった…」


 快斗の呟きにひじりが付け加え、2人は目を合わせて頷いた。間違っていないだろう。
 はぁ、と博士が目を瞬かせる。ひじりと快斗は再び暗号でもある図柄を見た。


「何!?」

「!」



 だがふいに寝室からコナンの驚いた声がして、ひじりは寝室へとすぐさま身を翻して駆け込むと、4人の子供達の前で開かれた木箱の中身に目を瞠る。遅れた快斗と博士がはっと息を呑んだ。


「こ…これは!」


 木箱の中には、無残な姿になってめちゃくちゃに壊されたおもちゃ達。
 誰がこんなことを。思うが既に答えは出ている。この別荘に来たときから感じていた視線と殺気。その主だ。
 ひじりは目許に険を宿した。悲しげな顔でおもちゃ達を見下ろす子供達にこんな顔をさせて、ただですむと思うな。


「ひどいよね…ナイフでズタズタにするなんて」

「ああ…」

「きっとこれを隠した人物が、ボク達を驚かそうとして…」

「違うよ!」


 悲しそうな光彦の言葉を、すぐにコナンが否定する。


「博士やひじり姉ちゃん、それに快斗兄ちゃんはそんなことしないよ」

「じゃーこれ隠してたの、博士達だったんですか?」

「ああ!それは博士達が1週間前に隠したおもちゃだよ。オメーらとこの別荘で、宝探しゲームをするためにな」

「騙すようでごめんね、みんな」

「ううん。ひじりお姉さん達は悪くないよ!」


 膝をついて子供達と視線を合わせて謝るひじりを歩美がすぐに庇ってくれ、ありがとうと頭を撫でると少し嬉しそうな顔をされた。
 だがそれでも不安の残る頭を安心させるように撫で、再び切り刻まれたおもちゃを見る。

 先週ひじり達が訪れてから今日までの間に、誰かがここに来た。そして暗号を解いて宝箱を見つけたが、中身がただの子供のおもちゃだったことに腹を立ててズタズタに切り刻んだのだろう。

 ただ偶然入りこんで暗号を解き見つけたのなら、おそらくここまで怒りはしない。
 おもちゃをズタズタにするほど腹が立ったということは、おそらく目的のものではなかったから。そうなると、犯人は最初から何か目的を持ってこの別荘に忍びこんだということになる。
 その目的が何か、見当はまだつかないが、もしかしたら別荘に残されたあの暗号と関係があるのかもしれない。


「とりあえず、警察に連絡を。ナイフを持ち歩くような人間がまだ近くにいるかもしれないからね」


 本当は“いる”のだが、わざわざ不安にさせることもないだろう。
 ひじりの言葉を受けて博士が警察へ電話をかけるために外へ出て行き、子供達にとりあえずリビングへ戻ろうと声をかけた。






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