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「博士ー!来たぜ、今日はどんな面白いもん見せてくれんだー!?」

「おおー!よく来たのう黒羽君!これなんじゃがのう!」


 わいわいと仲良く盛り上がる2人を見て、良きかな良きかな、とひじりは微笑ましそうに目を細めた。





□ 宝探しゲーム 1 □





 ひじりが思った通り、快斗と博士を会わせてみた結果、2人は意気投合した。
 博士は新一そっくりな快斗に驚き、最初快斗は緊張していたようだったが、博士が造りかけていたメカが気になったようで話を振り、メカ話に興味を持ってくれたのかと博士が嬉々として話せば、何やら快斗の琴線に触れたらしくそこから盛り上がった。
 快斗の敬語にまるで新一が話しているようでくすぐったいからやめてくれと博士が言ってから、快斗も敬語はやめた。


「へー、勢いよく振ると一瞬だけだけど硬くなるのか」

「いやぁ新一君にはただのガラクタと言われておったのだがのう」

「いやいや、ちょっと改良すればいいマジックのタネになりそうだ。工藤も見る目がねぇなぁ」

「そう言ってもらえると嬉しいのう。黒羽君、よかったら使ってくれんか?」

「いいのか?やったね、ラッキー」


 ひじりの前では大人びた顔を見せることの方が多い快斗だが、ああして博士と目を輝かせて話しているのを見ると歳相応で可愛らしい。
 口にすると照れたようにちょっと機嫌を損ねられるので内心で呟くだけに留め、会話が区切ったタイミングを狙ってほら博士、と声をかけた。


「今日は出掛けるんでしょう」

「おおそうじゃった!ひじり君と黒羽君にも来てもらいたくて呼んでもらったんじゃ」

「オレも?」

「ちょっと、宝探しゲームをしようと思っての、知恵を貸してほしいんじゃ」


 家から出ながら車の鍵を博士に渡し、おもちゃが詰まった袋をひじりが持てばさりげなく快斗が代わりに持つ。ありがとう、と礼を言って最近おろしたばかりのビートルに乗りこんだ。運転席に博士、助手席にひじり、後部座席に荷物と快斗。
 エンジンをかけて車を発進させた博士に、後ろから顔を出した快斗が首を傾げた。


「宝探しゲーム?」

「ワシの伯父の別荘がな、来月で取り壊しになるんじゃよ。その前にコナン君とコナン君の友達を誘って宝探しゲームをしようと思っての」

「コナンって、確か工藤の遠い親戚で今毛利さん家で世話になってるっていう…?」

「ああ、まだ会ったことはなかったね。子供なりに頭がすごくいい子だよ」


 へぇ、と快斗が興味を抱いた声を上げた。するとおおそうじゃった、と博士がふいに何かを思い出したようで、ひじりにダッシュボードを開けるように頼んだ。
 言われた通り開けるとそこには何か機械が取りつけられたペンがあり、それを興味深そうに見ていた快斗に渡す。


「最近ワシとある特殊科学班が共同で造ったやつでの、ひじり君にも手伝ってもらったんじゃよ。これが何か分かるか?」

「んー……ただのペンじゃあないよな」


 ペンを手に矯めつ眇めつし、カチカチと小さなダイヤルをいじっていた快斗は、しかしそんな時間をかけず正解を導き出した。


「分かった、変声機だなこれ!」

「ピンポーン!流石黒羽君じゃ!名付けてボイスレコチェンジャー!一旦自分の声を録音する必要があるがの、声域は老若男女自在じゃぞ!」

「オレの名前は黒羽快斗。……おおー、本当だ!」


 上機嫌な博士に快斗も得意そうな顔をして早速試し、本当に自在に変えられたことに「面白れー!」と目を輝かせた。
 その素直な反応に博士もうんうんと何度も頷いて大変嬉しそうだ。そりゃあこれだけ良い反応が見れたら造った甲斐があるだろう。


「すっげーな博士!天才じゃね!?」

「そうかそうか!?黒羽君は本当にいい子じゃのう!」

「ってかこれ、ひじりさんも開発協力したんですよね?」

「お手伝い程度だけど」

「何を言っとる、ひじり君がおらんかったらこんなに早く完成せんかったわい」


 元はコナンの持つ蝶ネクタイ型変声機であるが、それをペン型に組み込み直すのには少々手間で、1ヶ月という短い時間で完成することができたのは確かにひじりの協力があってのものかもしれない。
 しかしひじりのしたことと言えば主に博士を含めた研究員の食事の世話だったりで、あとは本当にちょっとした手伝いくらいだ。
 だがあの研究員達、開発が波にのっていればいるほど食生活を疎かにしてのめりこんでいて、ひじりがいなかったらおそらく何人か倒れていただろうから、やはりひじりの協力があってこそだろう。


「なあ博士、これって録音はどれくらいできるんだ?」

「ああ、それはのう…」


 快斗が博士と仲良くやってくれるのは嬉しいが、こうしてメカ話に盛り上がる2人を見ていると何だか放って置かれてる気分でなかなか面白くなく、ひじりは無言でダッシュボードからもうひとつボイスレコチェンジャーを取り出すと小さく録音し、声を変えず音量だけ少し大きくしてひょいと快斗の耳に寄せた。気づいた快斗がマイクに耳を寄せる。


『快斗、好きだよ』

「!!!!!」

「?」


 快斗にだけ聞こえる音量にして聞かせた録音に、ぼっと一瞬で顔を真っ赤にした快斗は後部座席に沈み顔を両手で覆った。それに博士が首を傾げて不思議そうにするが、ひじりは満足げな顔をして手を振り運転に集中させる。


ひじりさん…ひ、卑怯…!」

「そう?卑怯にさせたのは快斗だよ」


 後部座席に沈みこんだまま呻いた快斗にしれっと言うとさらに快斗が顔を赤くし、それに可愛いなと思って手を伸ばしわしゃわしゃと癖毛を撫でた。
 指の間から恨みがましげに見上げられるがまったく怖くないし可愛いだけだ。ふっと小さな笑みをこぼしてぽんぽんと軽く叩く。そうして、してやったりと自分の声が録音されたボイスレコチェンジャーを揺らしてみせる。


「……ひじりさん、それください」

「生の声でいくらでも言ってあげるのに?」

「…………」


 おお、迷ってる迷ってる。まったく、本当に可愛い。
 だがあんまり迷わせるのも可哀相なので、ひじりは望み通りボイスレコチェンジャーを快斗に渡した。
 受け取り、自分のものにぼそりと小さく声を入れた快斗が差し出してくる。受け取ってシートにきちんと座り直し、自分だけが聞こえるくらいに音量を上げて耳に寄せた。


『オレはひじりさんを愛してます』

「……」


 これはとんだ意趣返しだ。もう上書きできそうにもない。
 ひじりは頬杖をついて窓の外を見た。誰も気づかなかったが、その白い肌にはほんのり赤みが差していた。






 ゲームの対象者は小学生ということで、暗号も分かりやすいくらいでいいだろうと3人は別荘をひと通り回った後に顔を合わせた。
 しかし、難しくするのは簡単だが、小学生でも解きやすいものにする、というのは加減が難しい。頭が切れるコナンがいるから難しいものでもいいのだろうが、みんなで力を合わせて解いた方が楽しいに決まっている。
 暗号の方は快斗と博士に任せ、ひじりは別の仕事に回ることにした。


「私はある程度埃を払うから、暗号は博士と快斗でよろしく」

「「はーい」」


 良い返事をした2人に頷き、来る途中に買った雑巾で軽く水拭きする。
 背の低い子供が探し回るのだから、宝探しで使う部屋くらいはきれいにしておいた方がいいだろう。だが長く放っておかれていたせいで雑巾はすぐに黒くなり、何枚か使い物にならなくなってしまった。その頃にはようやく2人が暗号を残しはじめ、小型ナイフでがりがりと床に何か刻んでいる。
 リビングを大方拭き終え、隠し場所となる寝室に足を踏み入れたひじりが床を拭いていると、ふいに小さな円形のものが目に入った。


「……1円玉?」


 に、してはどこか違和感。随分と埃をかぶっていて、持った感触が少し薄いような。
 財布から1円玉を取り出して比べてみれば、違いはすぐに分かった。落ちていた1円玉の方がひと回り小さく、やはり薄い。
 そして“国”ではなく“國”の字。誰か─── おそらく手先の器用な者が元の1円玉を削って作ったのだろう。
 気にはなったが、なぜ1円玉を削り直したかの理由が分かるはずもなく、気にしないことにしてひじりは元の場所に戻すと再び床を拭きはじめた。

 寝室を拭き終え、リビングに戻ると快斗と博士がトランプを画鋲でとめ、チェスボードの駒をボンドで取れないよう接着していた。入れ替わるように飛行機とおもちゃが詰まった袋、そして木箱を持って寝室へ入って行く。それを見送り、ひじりは床に刻まれた文字を覗きこんだ。


「モザリサワソデル…ヤジルシヲタドレ─── 成程」


 暗号の知識がない小学生には難しいだろうが、コナンがいるし解けてしまえばあとは簡単だ。
 ひじりはぐるりと室内を見渡した。真下を向いて揃えられた時計の針、そしてスペードのAのトランプ、チェスの駒。 
 もう少し難しくあってもいいが、まあ小学一年生相手の宝探しゲームとしては妥当なところか。


「…ん?」


 何となく肖像画に目をやっていると、ふいに額に描かれた小さな図形が目に入った。
 六芒星に半円、正円、頭頂部の欠けた六芒星に三日月。円はもしかしたら月か。ならばこれらは星と月と太陽。悪戯描きか何かだろうか。


ひじりさん、どうかしました?」


 じっと肖像画を見ていれば後ろからかかった声に振り返り、自分が見ていたものを指で示せば、快斗も覗きこんで首を傾げた。
 何だこれ、と言う通りひじりにも分からない。何じゃどうした、と博士も2人の間に入って来て、同じように図形を見て眉をひそめる。


「ふむ…?どっかで同じようなものを見たような…」

「まぁ気にするものでもないよ。それより博士、快斗、ちゃんとおもちゃは隠した?」

「ちょっと分かりやすくしすぎた感はありますけど、宝はおもちゃですし、妥当でしょう」

「じゃがはじめの暗号は難しいぞ!ひじり君に解けるかな?」

「ああ、もう解けたよ」

「ええ!?」

「流石ひじりさん!」


 精一杯頭をひねって組んだ暗号をあっさり解かれ、博士がショックを受けるが解けてしまったのはしょうがない。それに、あの暗号が解けずとも分かりやすい矢印があちこちに残されているのだから宝には辿り着けるだろう。
 だが小学一年生の子らがちゃんと暗号を解こうとするかどうかだ。適当にあさくり回される可能性もあるが、そこはコナンに頑張ってもらおう。
 ショックを受けて項垂れる博士の背中をひじりと快斗が叩き、さあ帰ってお茶でも飲もう、と3人は別荘を後にした。






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