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 コナンが倒れた、と蘭から連絡をもらって駆けつければ、ひどい熱と咳で意識が朦朧としていて、ただ風邪をこじらせたにしては状態が悪い。
 何か変なものを口にしたのかと蘭に問えば、蘭はそういえば昨日大阪から来た探偵を名乗る高校生に酒を飲まされた、と答えた。


「酒…?小学生に?その高校生、殴りに行ってもいい?」

ひじりお姉ちゃん落ち着いて!目が据わってる!今はもう帰っちゃったし!」


 酒はアルコールでできているから消毒になると思っている人間はいるし、民間療法として広まっているところもあるのだろうが、基本的に風邪をひいているときの飲酒は逆効果である。
 免疫力低下に脱水症状。飲んだのはひと口だけだと言うからそこまで心配はないだろうが、まったく何てものを勧めてくれたんだ。
 やはり次その高校生探偵に会ったら一発殴ろう。名前を記憶の中に刻みこんで、コナンの額に冷えピタシートを貼った。





□ 白乾児 □





 あれから3日間寝込み、ようやくコナンは回復して学校に通えるようになった。
 毎日通って甲斐甲斐しく面倒見た甲斐があった。体調が戻ってきた昨日はだいぶ抵抗されたがそんなことで引くひじりではない。
 その間滞っていた仕事を夕飯までにまとめて終わらせ、日課のランニングマシーンをこなし風呂から上がったひじりは博士に呼ばれてリビングに顔を出した。


「おおひじり君、これを見ろ!護身用のスタンガンを改造しての、ペン型まで成功したんじゃ!」

「本当だ、見た目はただのペンだね」


 渡されたのは一見ただの白いペンで、キャップの先に円形の金属の小さな板がついている。ペンの手持ち部分の根本には3つのボタン。側面にあるのは安全装置だろうか。


「一番下のが弱、真ん中が中、一番上は強じゃ。強じゃと一般的なスタンガンより数倍強いものになっておるから、余程危ないとき用にしとくんじゃぞ」

「またとんでもないものを」


 半眼で突っ込むと、慌てて博士が両手を振った。


「大丈夫じゃ!中なら気絶まではせんし、弱なら大の男でも暫く動けさせん程度。電流も命は奪わん程度に低めにしておる。あくまで護身用じゃからな」

「分かった。ありがとう、博士」

「いやー、ひじり君のお陰で研究も進んどるし依頼も増えはじめとるからのう。たまには雇い主としてミニボーナスをやらんとな!……現物で悪いが」

「お金には特に困ってないし、むしろこういうものの方がありがたい。博士、本当にありがとう」


 ひじりも博士の研究の手伝いを始めてちょいちょいメカを作ってはいるが、なかなかに難しく今のところガラクタばかりである。
 専門ではないのだから当たり前なのだろうが、昔はガラクタばかり造ってと言っていて悪かったなと反省したのは記憶に新しい。
 それでも博士は呑み込みが早いと褒めてくれるが、せめて最近ようやく扱いに慣れてきたブーツの調整くらい自分でできるようになりたいところだ。


「おっと忘れとった。そのスタンガンじゃがの、スペック的に強で2発が限界じゃぞ。中で4~5発、弱だけなら、まあ10発程度なら何とか理論上使えるじゃろうが」

「使い時が肝心ってことか。分かった」


 頷き、ズボンのポケットに突っ込む。使わないときがなければいいけど、と思いながら。
 いや、それとも早速あの高校生探偵に実験も兼ねて食らわせてやろうか。可愛い弟分に何てことを。
 無表情に物騒なことを考えていると、ふいにインターホン鳴り、玄関の扉が開かれてコナンが入って来た。


ひじり、博士!おし、いるな!」

「新一。いったいどうしたの、こんな時間に」


 何か瓶を抱えて満面の笑みを浮かべるコナンに目を瞬かせ、とりあえずリビングに促す。
 これ見ろよ、と差し出されたのは何か液体が入った瓶で、ラベルに白乾児パイカルと書かれていた。


「酒?もしかして、あの高校生探偵に飲まされたってやつ?」

「そう。これで元の体に戻るんだ!戻ったんだよ、これを飲んだら!」

「何ぃ!?体が元に戻ったじゃとぉ!?」


 博士が驚愕するが、ひじりとて内心驚いた。まさかこんな酒で本当に元の姿に戻ったのか。


「ああ!この酒をひと口飲んだらな!」

「そ、そんなまさか…」

「……」


 信じられない様子の博士と無言ながらやはり信じていないひじりを見て、コナンは瓶のキャップを開けると口をつけた。


「嘘だと思うんならよーく見てろ!」

「お、おい…」


 ごくごくと瓶を逆さに持って飲み干す勢いで中身を減らしていくコナンだったが、瓶の3分の1ほどまで減らすと黙って見ていたひじりが瓶を奪い取って飲むのをやめさせた。


「もうダメ。これ以上は急性アルコール中毒を引き起こす可能性もある」


 コナンは不満そうな顔をしたが、ふいに胸元を押さえると蹲った。息が荒くなり、汗が浮かぶ。顔は赤く上気しはじめ、脈を取ればだいぶ早い。


「どーだ、これで…元の体に…!」

(いや、ただの酔っ払い特有の症状)


 期待に笑みを見せるコナンだが、ひじりは内心でばっさり切り捨てる。口にしなかったのは、何だかコナンの期待に水を差すようだったし信じないだろうから。
 小さくため息をついて瓶のキャップを閉めるとテーブルの上に置き、水を持ってくるためリビングからキッチンに入る。コップに水を注いで持って来たものの、たぶん受け取らないだろうと判断してテーブルに置いた。


「……戻らんな?」


 暫く経って博士が言うと、すっかり顔を赤くしたコナンが反論した。


「な~に言ってやがるぅ、あんときも時間かかったんらからぁ、もうちょっとかからぁ」


 呂律も回ってない。ダメだこれは。
 ひじりは無言で額に手を当てて頭を抱えたが、仕方がないので前回と同じだけの1時間付き合うことにした。
 そして1時間後───


「ひっく、うぃ~」


 見事な酔っ払いがそこにいた。
 ひじりは既に白乾児の成分解析に取り掛かりはじめており、コナンの酔っ払い具合を見守っていたのは博士だけで、コナンは虚ろな目で博士に食ってかかった。


「おーいハカヘーっ!!ちっとも元に戻んねーじょ~~~!?」

「うーむ…こりゃーたぶん、免疫ができてしまったんじゃろう…」

「免疫ぃ~~~?」

「つまり、一度目はその酒の何かの作用で体が元に戻ったが、そのとき体の中に酒に抵抗する性質ができて、もう効かなくなったということじゃ!」

「ハハハ…」


 博士の丁寧な説明にコナンは虚ろな笑い声を上げ、テーブルにのせられた酒の瓶に手を伸ばすとまたキャップを開いた。


「冗談じゃねぇ!きっとまだ酒の量が足んねーらー!!」

「お、おいよせ新一!」

「博士、その中身水に替えてあるから問題ないよ」

「本当かひじり君!」


 ほっと安堵の息をつく博士に頷いてコナンを見る。コナンは中身が水に替えられたことも量が明らかに増えていることも気づいてない様子でぐびぐびと飲んでいる。
 まったく、これは明日酔いが覚めてからまた説教だな。ひとつため息をつくが説教の前に二日酔いがひどいかもしれないと思い直す。
 しかし今回は自業自得なので薬の類は敢えて用意しないことに決め、再びパソコンの画面に目を戻した。


「博士、新一は放っといて、そろそろ寝たら?」

「し、しかし…」

「私が見てるから大丈夫。それに博士、明日は大切な用事があるんでしょ?」

「おおそうじゃった、明日から秘密のプロジェクトが始まるんじゃ!もちろんひじり君も手伝ってもらうからの!」

「分かってる。でも博士が寝坊したりしたら意味ないから、早く寝る」

「じゃあ新一君を頼むの!おやすみー!」

「おやすみなさい」


 博士がベッドのある2階に引っこむのを見送り、未だ水を飲み続けるコナンを横目に一瞥すると、ふいにテーブルに置いていた携帯電話がピリリと鳴った。発信者は画面を見ずとも分かる、快斗だ。
 ひじりはコナンがぎりぎり見える位置まで離れて電話を繋いだ。


『こんばんは、ひじりさん』

「こんばんは、快斗」


 小さな機械から聞こえてくる心地好い声に自然と頬を緩ませる。
 今日は何があったとかそんな他愛のない話をして、ひじりも同居人兼雇い主の博士からペン型スタンガンをもらったことを話した。

 博士の助手となってからは、図書館に行くことは殆どなくなってしまった。
 博士は構わないと言うが、雇われている以上用事がなければ仕事をするのは当然である。なので、高校の勉強は夜時間があいたときなどを使ってやっている。
 それにより普段快斗に会う頻度も減ってしまって嘆かれたが、じゃあ快斗が阿笠邸に来ればいいよ、と返したのは少し前だ。
 マジックでメカも使うことがあるだろうし、一見ガラクタに見えても快斗ならうまい使い方ができるかもしれない、博士も会ってみたいのうと言っていたし、何より仕事中でも傍にいられると実益を兼ねての言葉だったが、もう少し心の準備をしてから、と言われてしまったのだ。どうやら一気に婚約状態までいったことで気兼ねしているらしい。


「それで?快斗はいつ心の準備ができるのかな?」

『それはー…えーと…』

「博士はただのおじいさんだから、気にしないでいいよ。寺井さんみたいに優しい人だし」

『そ、そうですね…。じゃあその、今度デートのあと、お邪魔してもいいですか?』

「精一杯のおもてなし、させてもらうね」

『はい。楽しみにしてます』


 電話の向こうで快斗が本当に楽しみにしている顔が浮かんで、早く次のデートの日になればいいのに、と内心で呟いた。


『それじゃあひじりさん、おやすみなさい』

「うん、おやすみ。また明日」

『はい、また明日』


 先に通話を終えたのはひじりの方で、二つ折りのそれをたたんでポケットに戻すと、赤い顔のままじっとりとこちらを睨みつけているコナンと目が合った。


「次のデートって、いつ」

「再来週の休みの日」

「……ふーん?」


 トロピカルランドでそれなりに打ち解けていたように見えたが、快斗に対する態度はあまり変わっていないらしい。まあそれも、ひじりが出会いから恋人、さらに婚約者まで段階を一気に駆け上がらせたせいもあるだろうが。
 コナンの頭をなだめるように叩けばぐらりと小さな体が揺れ、危なげなく受け止めたひじりは、コナンがすやすやと寝息を立てているのを見てそっと抱き上げた。軽い体だ。こんなにも小さくなってしまった。

 自室へ運んでベッドに寝かせて眼鏡を取り、部屋の電気を消してコナンの隣にもぐりこむ。
 明日きっと怒られるだろうが、ベッドはひとつしかなく床では寝れない。かといって博士のベッドに放り投げるのも可哀相だ。
 だから仕方ないと内心で言い訳をして、ひじりはそっと目を閉じた。



 白乾児編 end.



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