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 優作と有希子、博士とひじりがグルになってのひと芝居のあと、コナンはひじりの演技力に度肝を抜かれ、有希子からは才能を見出されて女優にならないかと勧誘されたが断り、どうやらひじりが風呂に入っている間に話がついたようで、コナンとしてまた引き続き毛利探偵事務所に世話になることにしたのだとか。
 理由はコナンがどうしても離れたくないと言ったことと、コナンの姉アスカは実は体が弱く、外国での治療を受けるため付きっきりになるのでお願いしたいということにしたらしい。
 ひじりはそれを聞いて、いつの間にか病弱設定がついた自分に内心苦笑した。

 そして優作は案の定コナンにより編集者にチクられたが、ひじりの助言を受けてホテルで書き進めていたお陰で、然程周囲に迷惑をかけずに何とか済んだらしい。それでもまだ仕事が残っているため、有希子との世界一周旅行は泡となり消えたのだとか。同情はするが半分以上自業自得である。


「……あ、そういえばそろそろ定期連絡の日だ」


 自室のカレンダーを見て呟いたひじりのひとり言に、未だ名前のない猫がにぃと答えた。





□ レモンティー 1 □





 解放されたとは言え、“餌”となり協力することにしたので定期連絡は以前同様続けている。ただし、それに快斗は加わっていない。快斗がFBIと繋がっていることを漏らさないためだ。
 しかし最近、定期連絡とは名ばかりで、殆どが他愛のない世間話か、赤井による弟子自慢のようなものになりつつある。
 ジンの影がすっかり見えなくなったのでそれも仕方ないが、仕事もあるので頻度が減ったとは言え、度々鍛練の相手をしているらしい。
 ひじりも射術訓練などを一緒にするが、やはり目をかけているのは出来上がったひじりではなく快斗のようで、表には出さないが嬉々としてしごき、もとい仕込んでいる。快斗も赤井のことを慕っているようだし、良い師弟関係だ。

 赤井との長くはない対面を終え、ひじりは先に店を出ると時間を確かめた。
 そろそろ行かなければ間に合わない。携帯電話に送られた1通のメールを開き、目的の場所を確かめてそちらへ足を向ける。

 電車を乗り継いで最寄駅からタクシーに乗り、着いたそこは教会で、既に人でごった返していた。見渡せば高校生くらいの学生ばかりで、その中で唯一の知り合いを見つけて歩み寄る。


「園子、お待たせ」

ひじりお姉様!いえ、少し早いくらいですよ。でも蘭がまだ来てなくて……一緒じゃなかったんですか?」

「今日はちょっと用事があって、現地集合だったから。それより、松本先生か…1年だけだったけど、懐かしいな」

「確か、ひじりお姉様が三年生のときに新任教師として来たんですよね?」


 そう、と頷き、当時のことを思い出す。
 ひじりが中学三年生のときに赴任してきた新任の音楽教師、それが松本小百合という女性だった。
 新任で三年生のクラスをもつことはないので関わりは音楽の授業くらいだったが、美人だがそれを鼻にかけないユーモアのある先生、ということで早くから人気で、合唱コンクールの伴奏を務めるひじりに付きっきりで指導してくれた。
 ひじり自身とはあまり濃くはない縁だが、蘭や新一、園子達の担任を3年間していたようだし、弟妹分共々お世話になりましたと挨拶しようと思って蘭の誘いを受けたのだ。


「たぶん、松本先生は憶えてないと思うけど」

「でも先生、前に言ってましたよ。自分が新任だったときに、明るい笑顔でフォローしてくれた女子生徒がいて、勝手の分からない学校のことや合唱コンクールのことも詳しく教えてくれたりして、すごく助かったって。最初は名前教えてくれなかったんですけど、しつこく聞いたら『事件に巻き込まれていなくなっちゃったみたい』って言ってたんです。それって、ひじりお姉様のことですよね?」

「……先生にも心配かけちゃってたか」

「だから、今日会って安心させてあげましょうね!」


 園子の元気いっぱいの笑顔に、頬をゆるめて頷く。園子のこういったところがとても好ましい。
 ひじりは時間を確かめた。もう約束の時間を過ぎているが、まだ蘭は来ていない。


「あっ、ひじりお姉ちゃーん!園子ー!」


 ふいに聞き慣れた声がかかって、ひじりと園子は駆けて来る蘭とコナンを振り返った。


「ごめーん、待った?」

「もー、いつもいつも遅れて来るんだから……」


 息を切らせる蘭に園子がぼやくと、蘭ちゃーん、と蘭に声がかかった。ひじりにとっては見知らぬ女子生徒だが蘭の元クラスメイトのようで、笑顔で名前を呼び返すと次々蘭に声がかかる。
 一歩引いてその様子を見守り、ひじりはしゃがんでコナンと目を合わせた。


「それで?蘭が言う通り、どうしても来たかったの?」

「んなわけあるか。オレはただ、あのセンコーの旦那になる物好きな男のツラを見たかっただけだよ」

「素直じゃないね」

「本当だっつーの」


 悪態をつくコナンの頬を指でつつけば鬱陶しそうにされるがひじりは気にしない。
 まあ3年間目の敵にされていたらしいから仕方がないかもしれない。とはいえ、あの人がそんなことしないと思うけど、と内心で呟くだけに留めた。


ひじりお姉ちゃん、松本先生のドレス姿見に行こうよ」

「うん。ほらコナン、はぐれないよう手を繋ぐ?」

「子供扱いすんな」


 コナンはそう言うが、今の見た目はどう見ても小学生で子供なのである。
 だが怒鳴られてはかなわない。ひじりは素直にはいはいと手を引っ込めた。






 元クラスメイトということですんなり控室に通してもらった4人は、扉の先、純白のドレスに身を包んだ女性に感嘆の息を吐いた。
 見惚れていた蘭と園子に小百合が気づき、似合う?と微笑む。とっても綺麗です!と偽りのない賛辞に、小百合が照れたように笑った。


「あ、そうだ先生!ひじりお姉様…工藤ひじりさん、憶えてますよね?」


 園子が言いながらひじりを小百合の前に押し出す。促されるまま抵抗せず目の前に立ったひじりを見て、小百合は大きく目を見開いた。


「あなた…工藤さん!?工藤ひじりさん!?」

「はい、お久しぶりです。憶えてくれてたんですね」

「忘れるわけないじゃない…!最近新聞であなたが戻って来たって知って、本当は連絡取りたかったんだけど、手段が何もなくて…。よかった……本当に無事で、生きて帰って来てくれて嬉しいわ。ふふ、今日は最高の結婚式ね」

「新郎さんではなく私がそう思わせたのなら、新郎さんに睨まれそうですね」

「あら、そんな可愛い嫉妬、あの人してくれるかしら?」


 綺麗に笑いながら浮かんだ涙を拭い、取り乱してごめんなさいと謝られたがひじりは首を振った。そして、改めてウェディングドレス姿の小百合を見る。とても綺麗だ。
 毛利さん達と知り合いだったのね、という言葉に幼馴染ですと短く返したひじりが以前のように笑わなくなったことが少し残念そうな小百合の前に、すっと手を差し出す。


「……?工藤さん…?」


 小百合が首を傾げる。ひじりが薄く目を細めた瞬間、小さな音を立ててその手に1輪の赤いバラが現れた。驚きに目を見開く小百合の手にそっと握らせる。


Happy Wedding.ご結婚おめでとうございます
 Live,Love,Laugh,and be happy.生きて、愛して、笑って、幸せになってください

「……ありがとう、工藤さん。ふふ、あなたいつの間にこんなキザになったの?」


 トゲが抜かれたバラを両手で包み、笑顔を浮かべる小百合にひじりも笑むことはできなかったが優しく目を細めた。何度か快斗がしてくれたので覚えたマジックは、どうやら成功したようだ。
 蘭と園子が「すごい!どうやったの!?」と勢いよく訊いてくるのを快斗に習ったのだと答え、コナンに気づいた小百合に蘭の家で世話になっている子だと紹介する。


「そういえば蘭、ビデオは?」

「あ、そうだった!ハーイ3人共こっち見てー!今日はわたし達ビデオ係でーす!!」

「キスシーンもばっちり決めてくださいよ!」

「任せなさい!」


 園子の煽りに照れるでもなく胸を張って応える小百合に、そういえばこういう人だったと思い出す。
 気が強くて、とても優しい。けれど確か昔はもっと気弱で近所の男の子に助けられてばかりだったとも言っていたような。
 5年前の記憶を掘り出していると、どうやら話題は今この場所にないレモンティーに移ったようだった。そこへタイミング良く小百合の友人が扉を開け、彼女の望むものを持って現れた。


「小百合、買ってきたわよ!あったかーい、レモンティー!」

「わーサンキュー!!」


 差し出された缶をそのまま開けようとしたのをひじりが横から取り、プルタブを開けて渡す。きれいな指先に負担をかけるわけにはいきませんから、と言えば小百合とその友人が揃って頬を赤くした。


「ちょっと小百合!この綺麗な子、どこの子よ?」

「私が新任教師だったときの子よ。ほら、5年前の事件で話題になった…」

「えっ、あの子がこの子なの!?」


 2人はひそひそと会話しているつもりのようだがもろ聞こえである。
 だがひじりは聞かなかったふりをして、できればストローもあればいいな、と思っていれば友人もちゃんと分かっていたようで、咳払いをひとつして気を取り直すと小百合に向かってストローを渡しながらがぶ飲みをしないこと、と釘を刺した。


「たく…世話が焼けるんだから」

「……ホントにごめんね…」

「え?」

俊彦としひこさんのこと…」


 耳に入ってくる意味深な会話に、聞こえないふりをしながら意識を傾ける。
 俊彦、というのはおそらく新郎だろうか。友人の一美は何言ってんの今更!と小百合の尻を叩き、新郎が一美の昔の彼だったと披露宴で言ってやると悪戯げに言うが、それだけであんな空気になるものだろうか。
 思うが、赤の他人が首を突っ込む問題でもないだろうと考えることをやめた。余計な詮索は失礼だ。
 一美は「冗談よ、冗談!」と笑いながら出て行った。


「誰ですか、今の?」

「大学時代の悪友よ…。あら、一美ったらメイクさんの分まで買ってきちゃったみたい。よかったら、あなた達も飲まない?」


 何種類かの缶が入った袋を差し出されながら言われ、厚意に甘えることにした。
 園子がレモンティー、蘭がコーヒー、コナンがウーロン茶、最後にひじりが蘭と同じコーヒーを手に取る。
 ふと見ると何だか園子と蘭が期待の眼差しで見つめてくるので、嫌な顔ひとつせず、ひじりは望み通り2人のプルタブを開けた。


「「きゃー♪」」

「……」

「コナンの分も開けようか?」

「……オメーのを開けてやる」

「ありがとう、小さな紳士君」


 差し出された小さな手に缶を渡し、開けて返してもらったひじりはコナンの頭を撫でた。
 大人しくなされるがまま、コナンは内心で盛大なため息をついた。


(こいつ、性格変わりすぎだ)






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