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 中身はともかく見た目が小学生のコナンが平日昼間にうろうろするわけにもいかないということで、ひじりが入院している間に小学校に通いはじめたらしい。
 新一が小学校。あまりにもミスマッチだが仕方ないことだろう。

 そして体が縮んでしまい運動能力も落ちてしまったため、時計型麻酔銃、蝶ネクタイ型変声機やらキック力増強シューズなど一風変わったメカを博士が造ったらしい。
 昔からガラクタばかり作っていたと思っていたが、なかなかまともなものも造れるんじゃないかと感心したのは内緒だ。


「で、じゃ。新一君にはもう渡したが、ひじり君にはまだ渡しとらんかったからのう」

「……ブーツ?」


 ガラクタである機械類を分解して部品に戻していたひじりは、半分が自慢話の博士の言葉を聞き流していたので少し反応に遅れた。
 目の前に置かれたのは、焦げ茶色のエンジニアブーツ。夏は蒸れそうだ。





□ これから 7 □





 ひじりが阿笠邸に住まいを移して数日。
 周りも落ち着いてきたのでそろそろ赤井と快斗の鍛練に合流しようかと考えていたが、その意識は渡されたブーツをまじまじと見ることで逸れた。
 焦げ茶色のエンジニアブーツ。ベルトにボタンがついており、少々厚底だが5cm程度だろう。外側の触り心地は少々固く、何か機械類が仕込まれているのが判った。爪先には鉄板の固い感触。
 ブーツの中と外を矯めつ眇めつしたひじりは、首を傾げて博士を見た。ひじりの視線を受け、博士は得意そうに笑う。


「何とそれはな、小型ターボエンジン付きエンジニアブーツなんじゃよ!」

「……は?」

ひじり君もだいぶ体力が戻ってきたとはいえ、この間のように誘拐犯に遅れを取ることもあるじゃろう?実はこの靴、基本機能として、脚力を電気・磁力によって足のツボを刺激し、増強・補助する機能がついておるんじゃ。履いている間持続するわけだから新一のほど高性能ではないが、それでも普段以上の身体能力を発揮できるじゃろう」

「……はあ」


 親切心で造ってくれたのはひしひしと感じるのだが、何だろうこの嫌な予感にも似た不安は。それはこのブーツの名前である「小型ターボエンジン」がまだ出てきていないからだろうか。


「それで、普段はただのブーツじゃがの、そのベルトのスイッチを入れることで厚底がローラーになり、なんとターボ機能が入るんじゃよ!ローラースケートのようなものじゃが、理論上フルスロットル状態であれば時速100km近く出る上に壁走りも可能な代物じゃ。
 ただし!装着者の身体能力に依存し、へたな扱いをすると靴に振り回される。それと、ターボ機能はソーラーバッテリーにより夜も扱えるが、稼働時間が短くてのう、もって10分程度といったところか」


 おいおい何だこの化け物靴。
 嫌な予感が当たり、ひじりは睨むようにブーツを見た。
 装着者、つまりひじりの身体能力に依存するのでうまく扱えるかどうかはひじり次第だが、それにしたってとんでもない機能がついたブーツだ。


ひじり君、昔から運動神経は良かったじゃろ?きっとうまく扱えると思うんじゃが」

「博士、こんなもの造れるんだったら特許取って売ったら?」

「ははは何を言っておる。表に出せんから、せめてひじり君に使ってもらいたいんじゃよ」


 表に出せないものを渡すな。
 内心で突っ込むが、突っ込んだところでこの発明家は気にも留めないだろう。
 博士は基本ガラクタばかりだが、目的をもって実益を突き詰めたものを作ろうとすればとことん凝ってしまい、たまにとんでもないものを生み出していたことを思い出す。
 確かに、こんなとんでもない機能がついたブーツ、表に出せるわけがない。理論上とは言えフルスロットルで時速100kmということは、へたをすれば怪我どころですまない上に立派な交通法違反である。
 脚力の増強・補助機能だけでいいじゃないかとも思うが、おそらく博士は「それじゃつまらん」と言い出すだろう。何だかんだ発明家らしく変人なのだ、博士は。

 ひじりは諦めのため息をつき、ありがとうと礼を言うと素直に受け取ることにした。これがどんな化け物靴であろうと、博士がひじりのためを思って造ってくれたものには違いない。


「……けど博士、夏はこれじゃ蒸れる」

「そうか?ブーツの方が女の子らしく可愛いが…確かに夏は暑いかもしれんのう。じゃあスニーカー型でまた造ってみるとするかの」

「うん、お願い。私ちょっとこれ庭で試してみる」


 早速靴をブーツに履き替え、トントンと鉄板が仕込まれた爪先で床を叩き、ひじりは外に出た。
 スカートもズボンも同じくらいの数を持っていて、特にどちらでもよかったが、ブーツを使うのならスカートは使わない方がいいかもしれない。それか、下にスパッツでも穿こうか。
 しかし、動きやすさを考えるならズボンの方が望ましいので、これからはズボンを選んだ方がいいだろう。


「……?」


 庭に出たところで、ほのかに足が熱くなる。同時にピリリと電気が走るような感覚が一瞬し、ひじりは無言でブーツを見下ろすと助走をつけて跳び上がりバク宙した。
 軽々と体は浮き上がり、景色がぐるりと回って再び危なげなく地面に足をつける。成程、確かに身体能力が上がっている。
 感じた熱はもう引いたが効力は続いているのだろう、ひじりは塀に跳び上がったり庭の端から端を駆け抜けたりしてひと通り確かめ、最後にひとつ息をついてブーツのスイッチを入れた。


 キュゥウウウウウウゥ…


 小さな機械音と共に厚底がローラーへと変わった瞬間、ひじりの目は青く晴れた空を映していた。


 ドダン!


「…痛っ…」


 背中をしたたかに打ちつけて走った痛みに呻く。何とか頭を打つことは免れたが、スイッチが入った状態ではとても立てそうになかったのでスイッチを切った。ローラーが再び厚底へと変わる。


「成程」


 ブーツを無表情に見ながら呟く。これは、とんだじゃじゃ馬かもしれない。
 スイッチを入れ、厚底がローラーに変わると同時にターボが入る。それについていけなければ今のように簡単に転ぶだろう。
 直線はいけても速度が速いと曲がることもまた難しい。走ってる最中に転んだりしたら本当に怪我ではすまない。
 どうすればスロットルが開くのか、あるいは閉じるのか、そしてブレーキはどうすればかかるのか、博士に聞こう。
 土と草を払って立ち上がったひじりは小さくため息をつき、しかし内心でうっそりと笑った。


(使いこなせるようになれば、とんでもない武器にもなり得るな、これは)






 阿笠邸の庭に、あちこちが土にまみれ髪の毛をぐしゃぐしゃにしたひじりが目を閉じて大の字で転がっていた。
 ブーツを扱う練習を始めて、もう何時間も経つ。体力があまりないので休憩を大目に挟んでいたのだが、本当にこのブーツはとんだじゃじゃ馬で扱いにくい。


「おーい、生きてっかー?」


 ふいに子供の声がして、目を開けると顔を覗きこんでいるコナンと目が合った。コナンの背にある空は赤く焼けはじめていて、もう夕方を迎えている。
 ひじりは上体を起こした。何度も転んだせいであちこち土と草だらけだわ体は軋むだわでつらいが、どこかで赤井にしごかれている快斗の方がきついだろうからこのくらいで弱音を吐いていられない。


「それ、博士の造ったブーツだってな。どうだ、扱えそうか?」

「とんだじゃじゃ馬。博士に大体の使い方を教えてもらったけど、てんで言うことを聞かない」

「へぇ。じゃあまだ振り回されてんのか」

「まさか」


 コナンの言葉を否定して立ち上がり、尻についた土と草を叩いて払う。目を瞬かせたコナンを気怠げに見下ろし、ひじりはひとつ息をついた。


「フルスロットルまではいってないけど、一日中付き合って感覚は掴めた」

「マジ?」

「でも壁走りはまだ今は無理。何より体力がもたない」


 あまりにも言うことを聞かないから途中から意地になり、試行錯誤を重ねて何とか形にすることはできた。振り回されて転ぶことはなくなり、カーブも曲がり切れるようになった。
 だが一番の問題はやはりひじりの体力だった。いかに扱えようとも、化け物靴らしく体力の消費は激しく、今のひじりでは長くもたない。
 阿笠邸に住まいを移してからは倉庫から引っ張り出したランニングマシーンで体力をつけているが、もう少しつくまで馬力を抑えてもらった方がいいだろう。


「ところで新一、何か用があって来たの?」

「用がないと来ちゃいけねーのかよ。こないだ博士に頼んでたやつ取りに来たんだ」

「ああ、子供達とゲームで賭けをして負けたやつ?」

「うっせ」


 悔しそうな顔で悪態をつくコナンの頭を撫でると、物言いたげな目で睨まれる。
 子供扱いすんなと言いたいのだろうが、小さな新一を見るとどうしても昔のことが思い出されて手が伸びてしまうから仕方がない。
 そのことをコナンも分かっているのだろう、結局ため息をつくだけに留めたコナンと共に、ひじりは玄関の扉を開けた。



 これから編 end.



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