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ひじりと快斗が劇場に取り残された。
思わず立ち止まってしまうと叱咤して送り出され、ハンデを課せられてまともに動くこともできない2人を置いて、降って来た石をどける力も何もなく、あの場を去ることしかできなかった無力な自分が心の底から腹立たしい。
「…くそっ!」
コナンは無事脱出して崩れていく劇場を振り返る。あの中には、
ひじりと快斗が。まだ2人が残されているというのに、置いて行かなければならない。
蘭に、秀樹に、何と言って伝えよう。あの2人を慕っている哀に申し訳なさが立った。
それでもコナンは走り続けなければならない。立ち止まることは許されない。この小さな両肩には何十人もの子供の命がかかっているのだ。託された想いが、先を急かす。
(生きてろ、生きてろよ!オメーらはこんなところでゲームオーバーになるほど、弱くはねぇだろうが…!)
ゲームはまだ終わらない。ジャック・ザ・リッパーを捕まえていない。
足を止めたのは1秒足らずで、コナンは再び走り出す。路地を通り抜けたそのとき、劇場の方から爆発音が響いた。
□ ベイカー街の亡霊 14 □
コナンの絶望など露知らず、全速力でチャリング・クロス駅に向かっていた
ひじりと快斗は、道中、別の道と合流する地点でばったりとコナン、蘭、秀樹の3人と再会した。
「
ひじり姉ちゃん、快斗兄ちゃん!」
「よかった2人共、無事だったのね!」
「ったく、心配したんだぞこっちは!」
「悪ぃ悪ぃ」
「心配かけてごめん」
目を見開くコナン、涙目になる蘭、悪態つきながらもほっと息をついた秀樹に軽く謝り、コナンはどうやって脱出したのか聞きたそうだったが、ゆっくり話をしている暇はないためそれきり無言でジャック・ザ・リッパーの後を追って駅へ入った。
するとちょうど列車が動き出し、列車のドアを開けてジャック・ザ・リッパーが乗り込む。
ひじり達も徐々にスピードを上げるそれに何とか飛び乗った。その際、最後尾をちらりと見れば樽と赤い瓶の絵が描かれた木造の貨物車。中身はワインか。
全員が乗り込み、列車がさらにスピードを上げる。早速客室を捜しに行こうとしたところで、
ひじりはふいに座り込んでしまった。つられて快斗も座り込む。劇場を駆け抜け命からがら脱出してジャック・ザ・リッパーを追い駆けて、さすがに体力の限界だ。
「わ、悪ぃ…オレと
ひじりさん、ちょっとここで休んどくぜ」
「…分かった。オレ達は列車内を捜して、車掌に教えてくる。何かあったら戻ってくっから、ゆっくり休んでろ」
「ごめん、コナン」
「いいよ。ジャック・ザ・リッパーを捕まえるのに、2人には協力してもらわなきゃだしな」
「ハハ、人使い荒ぇ奴」
軽い応酬を交わし、それじゃあ行ってくるねとコナンを先頭に蘭と秀樹がコンパートメントが連なる客室へ入っていく。それを見送り、2人はゆっくりと深い息を吐き出して壁に凭れた。
「あー…マジで体が重い」
「…さすがに、疲れた」
ノアズ・アークに課せられたハンデは、想像以上の枷だ。蘭ほどではないが一般人よりあった体力は人並みに落ち、重い体の不自由さですぐに削られる。
だが、ここからが正念場だ。これがおそらく最後になるだろう。ここでジャック・ザ・リッパーを追い詰め、捕えてゲームクリア。こちらには5人もいるのだし、狭い列車の中だ、難しいことではない。
(…でも最悪、誰かを犠牲にすることも考えなくちゃいけない)
それは自分か、快斗か、それともコナン、蘭、秀樹のいずれか。状況に応じてそれは変わる。誰も犠牲にせずとも済むかもしれない。
ひじりは、犠牲を厭わない自覚がある。最後にただ1人でも生き残ることができればいいからだ。自分でも、それがたとえ─── 快斗でも。
「
ひじりさん」
「……?」
「生きて、帰りましょうね。そのための最善の選択を、あなたはできる」
笑みを含んだ、しかし真面目な声音に思わず顔を上げると、快斗は薄く微笑みながら
ひじりを見下ろしていた。
揺らがない青い瞳。信じていますよ、あなたなら。決して疑うことのない、一点の曇りもない絶大な信頼が窺えた。
「…快斗。私のために、死ねる?」
「もちろん、喜んで。
ひじりさんと現実世界に帰るためなら、あなたが貫く白刃にかかったとしても後悔はない」
左手を取られ、唇と誓いが落とされる。
ひじりは目を閉じた。─── 感情を挟むな。私情を持ち込むな。
全ては目的のために。共に帰り、再び手を取り合うために、選択を間違えてはならない。
「─── ありがとう、快斗」
ひじりの礼に、快斗は深い笑みを浮かべた。
■ ■ ■
列車が走る。乗客と、殺人鬼と、命を賭けたゲームに挑む者達を乗せて。
その最後尾。ワインが積まれた貨物車内の樽棚に凭れた男は、揺れる振動を感じながら口を開いた。
「さぁ、そろそろクライマックスといこうぜ、ノアズ・アーク。泣いても笑っても、これが最後だ」
もう、遊びは終わりの時間だ。
ぽつり、薄闇に小さな声が溶けて消えた。
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