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工藤優作がステージから降りると当然マスコミが彼の周りに集まってカメラとマイクを向けた。
インタビューを受ける彼とパーティ内で話すのは難しそうだ。マスコミが離れても今度はファンが纏わりつく。それに、優作とゲーム開発担当者の樫村は友人同士だ。2人で積もる話もあるだろう。
ゲームが始まるまでもう少し時間があるらしく、その間に特別ゲストの沖野ヨーコが出演してくれるらしい。再び照明が落ちた会場内で
ひじりはジュースをすすった。
□ ベイカー街の亡霊 3 □
沖野ヨーコのライブが終わり、
ひじりが快斗と共に蘭達のもとへと戻ってみると、なぜか子供達全員がゲームの参加バッジを胸につけていた。聞いてみれば、参加者の子供達とゴールデンヤイバーカードとバッジを交換したらしい。確かに、ゲームは後でもできるがカードは今を逃すと二度と手に入らないかもしれない。
自慢げに胸を張る子供達に素直に感嘆した
ひじりはすごいねと1人ずつ頭を撫でた。
「って、そう言う
ひじりお姉ちゃんと黒羽君もつけてるじゃない」
「あれ?でもゲームは高校生以下だけのはず…」
蘭が気づき、園子の疑問に、
ひじりは鈴村というゲーム開発担当者から譲り受けたことを話した。快斗の分は博士のお土産。サポーターと言えど一緒に参加できるとあって、子供達が「本当!?」と喜ぶ。
ふと、会場入口近くにいた優作のもとへと慌ただしくスタッフが駆け寄り、何かを耳打ちすると2人揃って会場を出て行く後ろ姿を目にとめる。見渡してみれば小五郎の姿もコナンの姿もどこにもない。もしや何かあったのか。
少々不穏な気配を感じて、
ひじりは胸のサポーターバッジに指で触れた。
『さぁお待ちかね!皆さんには、コクーンの会場へ移動してもらいましょう!』
そう司会が言って促す。誘導に従って人の波がコクーンの会場へと向かい、
ひじりと快斗もその波に乗った。
コクーンの会場に着くと子供達と共にゲームに参加するため前方のゲートへ足を進める。快斗が先に通って
ひじりがゲートをくぐろうとすると、胸のバッジを見てスタッフの女性が目を瞬かせた。
「あら、あなたがサポーターなんですね?」
「あ、はい」
「サポーターと言っても、ゲーム参加者には変わりありませんから。是非楽しんでいってください」
「はい。ありがとうございます」
サポーターについてはちゃんと話が通っているようだ。ということは、あの鈴村という男に関して変に勘繰る必要はないかもしれない。
ゲートをくぐり、待ってくれていた快斗と共にステージに上がる。コクーンにはそれぞれ1人ずつスタッフがついて、快斗と隣同士のコクーンに腰掛けた
ひじりは、スタッフの手によってヘッドギアをつけられた。
礼を言って同じようにコクーンに乗り込む子供達を見回し、前の方にコナンがいることに気づく。それに、蘭も。
もしかしたらゲームに参加するコナンを心配した蘭に、園子が参加バッジを譲ったのかもしれない。園子はゲームに興味ないと言っていたし。
「それじゃ
ひじりさん、また後で」
笑いながら手を振る快斗に頷いて手を振り返す。それとほぼ同時、50名全員が乗り込み準備ができたことを確認した機械的な女性の声が会場に響いた。
ゆっくりとコクーンのふたが閉まる。女性の声に従ってコクーンが僅かに揺れて上を向き、会場の照明が落ちた。
ひじりは目を閉じてイスに身を委ねる。
耳の奥に小さな機械音が響く。
ゆらり、意識が揺れた。
■ ■ ■
「さぁてと、そんじゃまぁ、“ゲーム”を始めようぜ?」
男がそう呟くのと、
『─── 我が名は、ノアズ・アーク』
少年のような声がどこからともなく会場内に声が響いたのは、同時だった。
■ ■ ■
ふ、と意識が持ち上がって目を開けるとそこは真っ暗闇で、しかしすぐに頭上から一条の光がそれぞれへと降り注いだ。一条の光は大きな光の柱となって全員を照らし出し、
ひじりが快斗を捜すと、見慣れた癖毛がこちらを振り返る。
「
ひじりさん」
「すごいね、現実と変わらない。リアルだ」
快斗の声も、それを捉える感覚も。ゲームの説明通りでバーチャルとは思えないほど。
子供達はこれから何が起こるのかとわくわくしている。おそらくここが、テレビゲームで言うステージ選択画面になるのだろう。
ひじりは快斗と共に、コナンのもとへと集まる蘭や子供達のところへ歩み寄った。
「よぉコナン。やっぱお前も参加したんだな」
「あ、ああ…まぁな」
乗り気ではなかったくせに、と快斗が続けると、子供達の関心がゲームに向いた隙をついてコナンが
ひじりと快斗を手招く。それに従って2人が身を屈めると、「実はよ」とコナンがここにいる理由を話してくれた。
ゲーム開発責任者、樫村が何者かに殺された。
現場に残されたダイイングメッセージはRTJ。並び替えるとJTR─── ジャック・ザ・リッパー。それは、「切り裂きジャック」とも呼ばれる、100年以上も前にロンドンを舞台に暗躍した連続殺人鬼だ。そしてこのゲームのひとつのステージが、それを取り扱った内容だと言う。
偶然ではない。だからゲームの中に必ず手掛かりはある、とコナンは確信しているようだ。
「成程ねぇ…にしても、華々しいステージの地下で、そんな血生臭いことが起ころうとはな」
「まぁ、外には父さん…工藤優作がいるから、事件はそう時間がかからず解決するだろうけどな」
父さん。一瞬瞳を揺らした快斗はしかし、何事もなかったように「そうだな」と笑ってみせた。それに気づいたのは
ひじりだけで、
ひじりは撫でるように快斗の癖毛を梳く。
『さぁみんな、ゲームの始まりだよ』
ふいに光の柱が消え、代わりに頭上に七色に煌めく光の輪が出現してそう言って子供達は歓声を上げた。
足下は石畳になり、周りを囲むようにそれぞれ等間隔に石造りの簡易な門が現れる。
『ボクの名前はノアズ・アーク。よろしくね』
少年のような声でノアズ・アークと名乗ったナビゲーターに、子供達も元気良くよろしくと返す。その光景は見ていて微笑ましい。
今から5つのステージのデモ映像を流すので自分達が遊びたい世界を選んでほしいと言われ、そして続いた言葉に、賑やかだった空気が凍ることとなった。
『でも、ひとつだけ注意しておくよ…これは単純なテレビゲームじゃない。─── 君達の、命が懸かったゲームなんだ』
(…どういう意味?)
それは比喩か、それとも直接的な意味か。
僅かな希望を掻き消すように、ノアズ・アークは淡々と、子供でも分かりやすい言葉を選んで続ける。
『全員がゲームオーバーになっちゃうと、現実の世界には戻れなくなっちゃうんだ。だから真剣にゲームをしなきゃね。たった1人でもゴールに辿り着ければ、君達の勝ちだ』
プレイヤーが勝てば、残る1人がゴールするまでにゲームオーバーになった子供も目覚めて現実世界に帰ることができる。
それが、ナビゲーターでありゲームの支配者たるノアズ・アークの決めたルール。
ひじりは僅かに目許に険を宿した。そんなルール、元からあるはずがない。
つまり、ノアズ・アークはイレギュラーな存在。彼は勝手にこのゲームに入り込んで支配したと見て間違いないだろう。
となると、このゲームが元はどれくらいの難易度かは判らないが、このノアズ・アークが改変を加えている可能性もある。たった1人でも、というくらいには難しくしてあるのだろう。しかも、
ひじりや快斗、蘭を除いたほぼ全ては小学生。コナンは正体は高校生であっても、その体は小学生のものだ、厳しいだろう。
(ノアズ・アーク…君はいったい、何を考えている?)
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