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 ジェイムズを乗せた車は、堤無津ていむづ川に沿って生茂いくも街道を北上中だ。
 埼玉県にまで差し掛かろうとしたところで検問が見えたため、快斗が別ルートを指示して迂回する。警察へコナンからの連絡があったとしても、パトカーに扮されていては引っ掛かる可能性は低い。


「あ、次左です」


 快斗の指示に従って車を走らせ、裏道を通って再び大通りへ出たところで、少し遠くに白と黒のパトカーが見えた。
 普通、パトカーの前後を人は走りたがらない。しかしあれは本物ではないため、赤井はすぐにアクセルを踏むと後ろへつけた。
 リアウインドウから見える、3人の人間。真ん中にコートを頭から被っているのがジェイムズだろう。その両脇に男がひとりずつ。

 追ってくる道中で、3人はあれが組織の人間である可能性はほぼゼロだと結論を出していた。
 なのでジェイムズを助け出すことはコナンに任せるとして、ここは赤井の言った通り、お手並み拝見といこうか。





□ P&A 2 □





 埼玉県に入り、追いついた犯人達とすれ違い前を走る車内で、ひじりと快斗は少しだけ顔を覗かせてリアウインドウから後ろを見た。運転席に座る、警官の制服を着た男の顔色が何やら青い。まぁ赤井さんの不敵な笑みはちょっと心臓に悪いよな、と快斗はこっそり内心で呟いて同情した。
 コナンに警察にFBIにと、犯人も決して逃れられない相手に手を出してしまいご愁傷様と同じく内心で呟いたひじりは、犯人の車の後ろから見慣れた黄色い車が飛び出そうとしているのに気づくと、快斗の頭を手で押さえてしゃがみ隠れる。
 数秒して、犯人達の車の横をビートルが駆け抜ける。漏れ聞いた言葉は「助けてくれ」。そしてその後ろからパトランプをつけた車や本物のパトカーが数台続いた。


「……何か仕掛けるつもりですね」

「まぁ、これでもう心配はないかな。あとはジェイムズさんをどさくさに紛れて回収するだけ」


 2人が言葉を交わしながら念のため帽子をかぶって顔を見られないようにしたところで、ビートルが横を通り過ぎた。ちらり、コナンの鋭い視線が赤井を一瞥する。それに赤井は小さく鼻を鳴らして笑った。


「……あー、成程」


 後ろを見て、犯人の車が前後左右2台ずつ囲まれていることでコナンの意図を読んだ快斗が納得の声を上げる。
 付き合いのいい警察の人間もいるものだ。もしかしたら警察内のアイドル的存在、佐藤のお陰かもしれないが。

 ひじりと快斗の予想通り、犯人の車を囲んでいたパトカーは突然一斉にブレーキをかけ、それにつられて犯人の車も停まらざるを得なくなった。
 その急停車に、運転手も後部座席の男達も体勢を崩して大きな隙ができる。そこを突いて警官達に銃を向けられれば、犯人達は抵抗する余地もなくお縄につくというわけだ。
 コナンが立てたであろうその作戦は見事に決まり、警官が犯人を車内から引きずり出した。

 それがぎりぎり視界に収まるところに赤井が車を停める。少し待つとふらりと路地裏から男が現れ、素早く助手席へ乗り込んでシートベルトを締めた。男─── ジェイムズが車に乗ると同時に赤井が発進させる。
 お疲れさまでした、とひじりと快斗は後部座席からひょっこり顔を出してねぎらい、快斗が針金を使っていとも簡単にジェイムズの両手首にはまる手錠を外した。


「流石ですね。咄嗟にあんな暗号を残すとは」


 東京へ戻りながら、笑みを浮かべて赤井がジェイムズを賞賛する。続けていつ犯人が偽物の刑事だと気づいたのかと問うと、当たり前のように日本語で話しかけてきたときだ、とジェイムズは答えた。ということは、ほぼ最初からということになる。組織の人間かと疑ったようだが、中身はただの小物だった。


「しかし驚いたよ…君があの長髪をバッサリ切るとは」


 ジェイムズの呟きに、ゲン直しですよと赤井は答える。そしてちらりと後ろの2人を振り返った。


「前に報告した通り、この2人もだいぶ使えるようになっていますよ」

「ほう。期待してもいいのかね?」

「ええ」


 マジックショーやキッドのときとは違う重圧に頬を引き攣らせる快斗の肩を、ひじりが優しく叩く。


「ところで、ジョディ君から聞いていたが…やはりなかなか頭が切れるようだね、彼は」

「コナンですか?」

「興味深いな。将来、良い探偵になる」

「どうでしょう。あれは何度痛い目見ても懲りない、厄介な子供ですよ」


 幼馴染であるが故の言葉に、快斗は苦笑しジェイムズと赤井はほぉと笑みをもらした。
 ジェイムズはともかく、赤井はコナンが工藤新一と関わりがあるくらいは分かっているかもしれない。だが同じく文化祭のときにコナンと新一が同じ場所にいたことを知っているはず。それでも、新一が消えた時期とコナンが現れた時期は一致しているし、何かしら思うことはあるだろう。


「─── あの子も、こちら側へ踏み入れさせるつもりですか」


 ぴんと車内の空気が張る。唐突にかけられたひじりの温度の無い問いに、赤井は肩を竦めた。


「一般人の子供を、こちら側へ招くつもりはない」


 だが、と逆接をつけ、赤井はミラー越しに快斗を一瞥した。
 かつて、一度は振り払われた子供。それでも尚しがみつき、その先で“人形”の手を引いた少年。

 コナンが、快斗同様の覚悟を決めたのなら。自身の意志でこちら側へ足を踏み入れることを選んだのなら、それを拒絶する理由はない。
 そしてコナンは、自ら望んで踏み入ろうとするだろう。そこに迷いなど無いのかもしれない。

 ひじりは直感している。
 コナンの道とひじりの道が交差するのは、近い。

 ─── けれど決して、同じではない。





■   ■   ■






 タタタタタタタタタタタ、とキーを打つ音が連続して奏でられていたが、やがてそれがふいに止まり、ソファに腰掛け膝にノートパソコンを置いていた男は成程ねぇと笑み混じりに呟いた。


「面白そうな子じゃないの…工藤ひじりちゃん」


 くつり、男が喉を鳴らして笑う。画面に浮かぶのは写真とプロフィール。
 最近更新されたばかりの、20歳頃の整った顔立ち。元の家族構成。家族だった人間の名前。身長、体重、性格、特技、などなどプライベートなど全くない彼女の情報が詳細に記されている。
 じっとこちらを見つめる黒い瞳。長く覗きこんでいれば深淵に引きずり込まれそうな、人を捕える眼だ。


「綺麗な子だしー会いに行っちゃおーかなー?」


 ふざけた調子でむふふと含み笑う。それを聞いて、背の低いテーブルを挟んだ向かいのソファで寝そべった、もう1人の男が苦い呟きを煙草の煙と共に口にした。


「やめときな。アイツ・・・のガキでも、ヤバい組織に関わってた人間だろうが。金にもなりゃしねぇ女1人、見に行って何になる」

「見極めるためさ」


 先程までのちゃらけた雰囲気を消し、いっそ冷たい光をその目に宿しながら男は答える。あん?と訝しげな視線をもらって小さく笑みを描いた。


「この子に、何の価値があるのか。アイツと組織がご執心だぜ?ただの小娘1人によ」

「何言ってやがる。アイツが執心なのは分かるが、組織は手放したって話だろ?」

「バカ言え…手放すわけがあるか。組織の・・・目的は・・・最初から・・・・この子・・・だった・・・んだからよ・・・・・


 それに、手放したのは組織幹部の1人。彼が手放し解放したと思っていても、それより上はそう思っていない。
 命を狙っているのではない。狙いは彼女自身。その存在。生きたまま・・・・・連れ戻す・・・・
 しかし、多少容姿や知能、技術も優れているとは言え、特筆すべきものでもない。誰もが振り返るほどの美人というわけでもない。では何が、組織を彼女に執心させるのか。


「俺自身の目で見極めてみるさ……なぁ、フェアリー・・・・・



 P&A編 end.



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