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 ツインタワービル爆破事件のあと、快斗とひじりは赤井に軽く叱られたもののそれ以上は何もなかった。ひじりがFBIに協力するための条件として、不問にするよう言われていたからだ。
 それでも個人的に憎からず思っているから心配はかけさせるなと深いため息をつかれたため、努力しますと返したが。

 事件も落ち着いた頃、朝のニュースは明るい話題を提供する。
 何でも近日、アニマルショーが日本へやって来るらしい。それは外国で有名なアニマルショーで、目玉はホワイトライオン。
 スポンサーはランディ・ホークと軽く紹介するアナウンサーを見て、テレビを観ていた快斗はぽつりと呟いた。


「何かこの人、ジェイムズさんに似てんな」





□ P&A 1 □





 ジェイムズが来日すると聞かされたのは数日前。アニマルショー開催に合わせて来日するので、ショーの後に合流するくだりとなった。
 何でショーの後に、とひじりが赤井に訊けば軽くため息混じりに好きらしいと短く返ってきて、その顔がよく見るジョディのゲーム話にげんなりする顔と似ていたため、深くは突っ込まなかった。


「……遅いな、赤井さん」

「人混みがすごいだろうし、なかなか見つからないのかもしれないね」


 今、2人は赤井の愛車であるシボレー車内の後部座席にいる。というのも、今日ジェイムズが来日し、直接情報交換をしたいからと同行を求められたからだ。
 先程ショーが終わったため赤井がジェイムズを迎えに行っている。戻って来るまでもう少しかかるだろうか。


「そろそろ、コナンについても訊いてくる頃かな」

「…オレ達を呼んだってことは、きっとそうなんでしょう」


 今のところ赤井もジョディも表立ってひじりと快斗に訊いてはいないが、やはりバスジャックの一件以来コナンのことが気になっているようだ。もっとも、2人にコナン=工藤新一だと話す気はないが。
 だが話さずにいたとしても、あのコナンのことだ。隠し通すのは無理で時間の問題だろうが、それでもコナンとFBIに接点ができることは極力避けたい。
 コナンとFBI─── そしてひじり達とは、それぞれ領分が違うのだから。


 ピリリリ


 ふいに携帯電話が鳴り、ひじりがポケットから取り出してディスプレイを見るとメールで、開けば哀からだった。ショーが終わったからおみやげを買って帰る、とのこと。気にしなくてもいいのに。
 ひじりはツインタワービル爆破のときに携帯電話を失くしたため、この白い携帯電話は新調したもので、中にはもちろん赤井が仕込んだ発信機が入っている。

 そして上着の袖から覗く、手首につけられた腕時計。博士が造ってくれたライト付のものではなく、先日完成し快斗から渡されたばかりの、快斗と揃いの時計だ。
 色は両方とも白。時計盤の大きさがひじりの方がひと回りほど小さく、裏にはイニシャルが刻まれているので間違えることはない。
 アナログ式で造りはシンプルなものだが、時計盤とベルトにぽつりと小さな四葉のクローバーが刻まれている。防水加工が施された時計にはソーラー電池が組み込まれており、しかも電波式なので狂うことは殆どなく正確だ。
 さらに以前ひじりが提案した通り、発信機を始めとして通信機に盗聴器まで仕込まれている。盗聴器に関しては、大きなショックを受けるか付属のスイッチを押すことで作動するようになっており、一応プライベートは守られる仕様だ。これだけ仕込んでおいてプライベートも何もないと思うが。


「あ、赤井さんだ」

「……でもジェイムズさんはいないね。どうしたんだろ?」


 少し遠くに見慣れた姿を目にした2人が顔を見合わせる。何かトラブルでもあったのか。
 赤井が車に戻って運転席に着くとすぐにエンジンがかかり、駐車場から出て行く。


「ジェイムズさんはどうしましたか?」

「男2人…いや、3人に攫われた。警察に扮してな」

「はっ!?」


 さらりと告げられた事実に快斗が驚き、それはそれはとひじりが無表情に小さく呟く。
 ジェイムズは、アニマルショースポンサーのランディ・ホークに似ている。ボディガード1人つけないと有名な彼と間違えてジェイムズを攫ったのだろう、とのこと。
 となれば、おそらく要求は身代金。すぐに命を奪うことはしないはず。


「警察には?」

「あの男達が組織の人間である可能性もある。それに、ひとつ暗号を現場に残していたから犯人はすぐに捕まるだろうよ」

「そんな悠長な…。それに暗号って、いったい誰に残した…」


 ひじりの問いに小さな笑みを浮かべて答えた赤井に快斗が眉をひそめ、しかしすぐに、今日のアニマルショーに知り合いの小さな探偵が観に行っていることを思い出した。面識がないはずのジェイムズと繋げるにはあまりに強引だが、赤井の薄い笑みが確信へと色をつける。


「お手並み拝見といこうじゃないか」


 なぁ、と鋭い視線がミラー越しに注がれ、ひじりは小さくため息をついた。
 赤井はひじりと快斗がコナンに関して口を割らないと分かっている。だから多少の危険は承知で自ら知ろうとしている。
 厄介な人達だ。けれどそれを止めるすべをひじりは持たないし、止めるつもりもない。ただ、また少しひじりとコナンとの道が近づいた。それだけだ。

 ジェイムズには一応発信機を持たせているので追うのには問題ないらしく、ナビしろとモニターを渡されて快斗が受け取った。
 東京は人や車が多いため、車で移動したとしてもそう簡単に素早く動くことはできない。パトカーに扮しているのなら多少は行動しやすいだろうが、それは逆に目立つことはできないとも言える。


「って、あれ?赤井さんどこ行くんですか?ジェイムズさんは…」

「その前に、様子を見ておこうと思ってな」


 その言葉を聞き、2人は素早く後部座席の足元へと身を屈めて外から見えないように隠れた。
 最近鈍くなってきているとは言え、短いながら組織に属していた赤井の匂い・・を哀は嗅ぎ取るだろうし、そうしたらコナンも反応しないわけがない。一緒にいるところを見られたりしては面倒なことになる。
 快斗は隠れながらモニターをいじって位置を特定し始め、同じく隠れていたひじりはふいに携帯電話が鳴ったため画面を見て、通話ボタンを押した。


『なぁひじり、P&Aが何か分かるか?』

「……いきなり唐突だね」


 ろくな説明もないコナンからの電話に、答えを知っていたひじりはすぐさまそれが何を指すのかが判った。
 P&A。アルファベットに直すとP AND A。即ちパンダ。イコール、パトカー。誘拐犯は警察に扮していると言うこと。成程、ロンドン育ちのジェイムズならではの暗号か。

 さて、どうする。答えをそのまま教えるのもいいが、赤井もジェイムズも、コナンの手腕を見たがっている。
 ならばここでひじりが手を貸すべきではないだろう。しかしひじりという相談相手がいる、ということもまたコナンの力だ。ヒントくらいは出してもいいかと内心で呟いた。


「P&A…単純に考えればPとA。けどPとAがつく単語なんて無数にある」

『そうなんだよ…Parking Areaかと思って調べてみたけど何もなくて』

「というか、それ、何?」

『ん?ああ…今日のショーでちょっと知り合った外国人が、おっさん2人に連れ去られちまったみたいでよ。で、現場近くに地面にホワイトライオンのストラップが落ちてて、そのP&Aの部分が血で塗り潰されてたんだ』


 PとAで「パ」と伝えたかったのなら「Pa」を塗り潰すはずだからその線はない。
 いったい何だってんだ、と頭を抱えるコナンに、ひじりは淡々と言葉をかけた。


「物事にはね、たくさんの見方がある」

『は…?オメー何言って』

「P&Aが必ずしもPとAだけを差す、というわけではないということ」

『……敢えてPと&とAを塗り潰したことに意味がある』

「それじゃ、私はデート中だから頑張って、小さな探偵さん」

『あ、おい』


 コナンの引き留める言葉を無視して躊躇いなく電源ボタンを押して通話を切り、再びコナンからかかってきたがひじりが取ることはなかった。
 もちろん快斗の方にもかかってきたが、ひじりが答えを言わない以上快斗が言っていいはずもなく、快斗はマナーモードにしてポケットに仕舞い、何事もなかったかのようにモニターへ視線を落とす。
 そんな2人を一瞥して、赤井は小さな笑みを口元へ刷いた。






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