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組織の人間から送られてくるツインタワービルの映像をモニターに映し、ジンはただ無言で眺め続けていた。
あと数分もなく、じきに爆弾が爆発する。なのに未だ
ひじりは姿を見せず、ビルの中に閉じこめられたまま。
やはり死ぬのか。退路を全て断ち、手向けの爆弾もあって諦めてしまったのかもしれない。爆破してしまったビルから遺体が見つかればそれでおしまいだ。
─── けれどどうしてだか、このまま死ぬとは思えない。
(……早くそこから出て来てみろ)
その絶体絶命という名の檻から出ることができたのなら。
あの雪の日に交わした約束を、守り通して殺してやる。
□ 天国へのカウントダウン 11 □
「55、54、53、52、51、50」
ひじりがタイマーを見ながらカウントダウンし、運転席に座った快斗が車のエンジンをかける。
助手席は
ひじりが座るため空いており、後部座席に念のためとマウンテンバイクについていたヘルメットを快斗にかぶらされた哀とコナン、それに眠ったままの如月がいる。
失敗は許されない。チャンスは一度だけ。
─── まだ、ここで死ぬわけにはいかない。
「33、32、31」
「「30」」
「29、28、27」
30秒を切り、快斗がカウントダウンを始めて
ひじりはカウンターから車の助手席へと乗り込む。シートベルトをしっかりと締めて前を向き、割れた窓から吹き込んでくる風に目を細めると手の平にぬくもりが触れた。
「11、10、9」
快斗の晴れた空を思わせる青い目が優しく
ひじりを映す。口元には笑み。それに、
ひじりもまた目許を和らげて静かな微笑を浮かべた。
手の平を返して重ねられた快斗の手と指を絡めてぎゅっと握る。
死は─── 怖くない。もし死ぬとしても、約束通り快斗と共に逝ける。
けれどどうせなら、もう少しだけ生きたい。ジンを殺すためだけではない。快斗と共に、まだ先の未来を生きていたい。
そう、せめてあの日撮った、10年後の自分と顔を合わせるその日まで。
「…発進するぞ!しっかり掴まってろよお前ら!!!」
ひじりと手を繋いだまま、快斗は勢いよくアクセルを踏み込んだ。
瞬間、車が猛スピードで会場内を駆け抜ける。
5
4
3
2
1
ドバァアアアアアアン!!!!
爆弾が爆破し、その爆風に煽られて車の速度がぐんと増して平行に飛んで行く。
ガラスはあらかじめ割っていたが、それでも残ったガラスが全て割れて爆風と共に破片が飛び散り、快斗は握った手を引いて
ひじりの体を引き寄せるとハンドルを握ったままきつく抱き締めた。落ちた橋を越えて来たときとは逆に今度は
ひじりの頭が胸元へ抱えこまれ、
ひじりもまた強く抱きしめ返す。
「頭を伏せろ工藤、哀!!」
「分かってる!」
車の軌道から、着地点がプールで間違いないことを確かめた快斗がハンドルから手を離して
ひじりを抱きしめ直すと後部座席にいる2人に叫び、コナンが哀をしっかり支えながらすぐに返事をする。哀も無言でコナンにしがみつくことで応えた。
B塔の屋上、プールに飾られた水晶のモニュメント。その突起のいくつかが車の側面と頭上を掠めた。
瞬間、車が勢いよくプールへと着水する。
その衝撃に大きな波が立ち、車内にもいくらか入って誰もが息を止めた。
─── やがて、波も落ち着いて波紋だけが大きく広がる頃。
ゆっくりと顔を上げた快斗は、ふぃー…と大きく長い安堵の息を深く吐き出した。
「ハハハ、生きてーら……大丈夫ですか、
ひじりさん」
「うん。……快斗」
「はい?」
「私ね、死ぬことはあまり怖くないけど、まだもう少しだけ生きたい。10年後の、あの写真の中の私と快斗で並んで写真を撮りたい」
「……その頃にはもう1人、子供がいるといいですね」
快斗が優しく微笑んで繋がれたままの手の甲へ唇を落とす。そうだね、と
ひじりも同意して頷いた。
「……こいつらオレ達の存在完全に忘れてやがる」
「いいんじゃない、九死に一生を得たんだもの」
後部座席でそんな会話があったことで2人の存在を思い出し、
ひじりは後ろへ顔を向けて2人に怪我はないかを問う。
コナンと哀に大丈夫だと頷かれ、
ひじりと快斗がシートベルトを外すと、ちょうどそのときプールの入口から蘭を先頭に見慣れた人達が入って来た。
「コナン君!
ひじりお姉ちゃん!」
「蘭姉ちゃーん!」
「蘭」
蘭、小五郎、目暮、博士、そして子供達などなど。
ひじりが快斗に手を引かれて立ち上がり、コナンと共に手を振ると、蘭はほっと安堵の息をついた。
「……そういや黒羽、オメーどこで運転覚えたんだ?」
「マジシャンに不可能はねぇのさ」
そういえば、ろくに考える時間もなかったから快斗に運転させてしまったが、自分がすればよかったと
ひじりは今更思う。
しかし過ぎたものは仕方がないし、快斗もさらりとかわしたのだから蒸し返すべきではないので黙っておく。
ひじりは如月を起こしてプールから上がった。
如月は抵抗することなく、素直に応じて警官と共に現場を去って行く。その際に、コナンを一度振り返り微笑みを浮かべて。
(……警察の捜査はここまでだろうな)
原を殺した人物は特定できないだろうし、爆破の犯人も闇へと消えるはずだ。表向きは。
哀は子供達に囲まれて笑みを浮かべている。ふと目が合ったので快斗譲りのウインクを返しておいた。
大丈夫、あなたの居場所はあなたがいたい場所。そこにいたいのなら、そこが居場所だ。
哀がふっと笑みを浮かべてありがとうと声に出さず唇で示し、
ひじりは小さな頷きを返した。
■ ■ ■
ウォッカの携帯電話に連絡が入り、それを聞くに、どうやら
ひじりは車で脱出したようだった。
やはり生きていた。死ななかった。期待に応えた
ひじりに対する高揚感にジンの口の端が吊り上がる。
ひじりの他に、脱出したのはガキが3人とジジイが1人、と報告が続けられたが興味は引かれない。シェリーを逃す手助けをした男はいなかったようで、今もシェリーの逃亡に手を貸しているのだろう。
「にしても…あの状況で普通、生きて脱出できますかね」
「あれで生きていられるからこそ、傍に置いていたんだ」
「へ…へい」
最近、以前ほどドールこと
ひじりに関して苛立ちをあらわにしなくなったとウォッカはどこか上機嫌のジンを見て内心で呟く。
不可抗力かは分からないが、
ひじりを手放して以来、ジンは常に不機嫌で余計なことを口走れば瞬時に銃口を向けそうなほどだった。
ジンが
ひじりを気に入っていたことは、口にしないながら気づいていた。そのうち自分同様、あるいはそれ以上の傍付きとして片腕にすらなるのだろうという予感すらあった。それだけの実力と能力が、彼女にはある。惜しいと、今でさえウォッカが思うほどだ。
ひじりに銃を教えたキャンティとコルンも、教え甲斐のある生徒が解放されたことで立腹し、戻って来ないのならば殺すと意気込んでおり、今回ジンが
ひじりを殺すよう伝えれば一もなく頷いた。
もっとも、今回の件以降は決して手を出さぬよう手を回したのはウォッカだが。重要な仲間を尊敬する兄貴分に殺されるわけにはいかない。
「やはり、あれを殺せるのは俺だけか」
策を練っていくら張り巡らせても、どれだけ追い詰めても、ジンが直接手を下さないのなら
ひじりはするりと逃げ出して行く。それを再確認したからこその上機嫌だと、その言葉でウォッカも気づいた。上機嫌であるならそれに水を差す理由も無駄に突っ込む理由もない。
「行くぞ」
咥えていた煙草を地面に落とし、それを踏みつけて火を消したジンが運転席に乗り込む。ウォッカも頷いて助手席に乗り込んだ。
車のエンジンをかけながら、脳裏に無表情の女を思い浮かべて、待ってろ、とジンは内心で呟く。
(約束通り─── お前だけを殺してやる。だからお前も、俺だけを殺そうとしてみろ)
天国へのカウントダウン編 end.
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