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60階から屋上まで結構階段を上ることになったが、4人は難なく上り切った。しかし75階に差し掛かったところで、コナンは
ひじりと快斗を振り返り先に行ってろと懐中電灯を渡す。避難していなかったから、中に犯人である如月がいるだろうとのこと。そういうことならと2人は頷いた。
「私も工藤君について行ってみるわ」
「分かった。気をつけて」
「そっちもね」
あれで終わりじゃないかもしれないから、とは言われなかったが言葉の真意を読み取って頷き、
ひじりは快斗と共に屋上への階段に足をかけた。
□ 天国へのカウントダウン 10 □
コナンと哀と別れ、快斗が携帯電話で赤井に電話をかけて今から救助ヘリで避難することを伝えると、なぜわざわざA塔へ戻ったのかと叱られたらしく苦く笑った。
「確かにオレは馬鹿かもしれねーけど…
ひじりさんと約束したんです。一緒に、と」
死ぬのなら、共に。だから
ひじりのもとへ来た。
電話を終えた快斗に
ひじりが大丈夫だったか問えば、帰ったら説教ですかねと笑って答えられる。
無事に帰れたら。帰らなければ。本当に
ひじりを殺すつもりでジンが仕掛けてきたのだとしても、ここで死ぬわけにはいかない。
屋上に出てさらに階段を上り、ヘリポートに顔を出す。ざっと辺りを見渡しても不審な影は見えなかった。しかし爆弾が仕掛けられている可能性もゼロではないので、最大限の警戒は怠らない。
一応屋上からA塔の様子を見れば、やはり橋が落とされたこともあってB塔の消火活動は難航し、火の手がさらに上階にまで上がってきている。あまり長くいすぎれば、屋上と言えど無事では済むまい。
しかし、日本一高いビルと言わるだけあって夜景もなかなかのもので、こういう状況でなければじっくりと楽しみたいところだ。
2人がヘリポートに立ってヘリを待っていると、ふいに音が聞こえてその姿が遠くに見えた。
近づいてくるヘリのライトが眩しい。コナンはまだかかるか、と
ひじりは階段を一瞥した。
「……
ひじりさん、たぶん今って喜んで安心してもいい場面ですよね」
「……普通なら」
ヘリがどんどん近づいてくる。しかし頭の中を占める予感が2人の背筋を冷たくしていた。培った危機感に対する心構えが、まだ油断するなと直感に囁く。
ライトが2人を照らす。ヘリがゆっくりと降りて来た。
しかし───
ドッ!! ボン!!!!
「ちくしょう、やっぱりかよ!!」
「快斗、あれ!」
突如屋上の一部が爆破し、悪態をつく快斗の視線を
ひじりは宙に舞うポリタンクへ向けさせる。その中身はおそらくガソリンか灯油。ポリタンクはヘリポートに落ちて中身を撒き散らした。
ひとつならまだしも、ポリタンクは3つ。何もなすすべなく爆風に煽られて火が飛び、一面を火の海へと変えた。
火は尚その手を伸ばして
ひじりと快斗にも迫る。2人は瞬時に身を翻した。
「ひじり、黒羽!!」
屋上へ出る扉からコナンが飛び出す。
ひじりと快斗が階段を駆け下りたと同時に炎がヘリポートを薙いだ。
これでは暫くヘリも着陸は無理だ。連絡橋は落とされ、エレベーターは使えない、階段も無理。火が消えるまで待ったとしても、火は上階へ伸び続けている。屋上が鎮火するのが先か、下からの火に巻かれるのが先か、それとも。
(まさか本当に、ジンは私を殺すつもり?)
色濃くなる可能性に瞳の奥を鋭くした
ひじりを先頭に、3人は屋上から75階のパーティ会場へと戻って扉を閉める。コナンが屋上の火が消えるのを待つしかねーなと言うが、それを哀が「そんな時間はないみたいよ」と切り捨てた。
「哀…?まさか、まだ何かあるってのかよ」
「むしろこれがメインだったりして」
げんなりする快斗と小さく息をついた
ひじりは哀がクロスをめくったテーブルに近づき、コナンが先に駆け寄って覗いた結果、案の定「爆弾!?」と告げられもうひとつため息をついた。
「全部のテーブルにあるわ。タイマーは…」
言いながら、哀がバーカウンターの方へ顔を向ける。それに従って目を向けると、酒棚に置かれたタイマーつきのそれが視界に入る。あの爆弾が起動すれば、テーブルに仕掛けられた爆弾が連動して起爆するようになっているのだろう。
(……? あれは…)
ふとその爆弾に見覚えがある気がして
ひじりはさらに近づきまじまじと見てみる。そしてふいに目を瞠った。
「
ひじりさん?」
「これ…この、爆弾。私が初めて解体したやつ」
「なっ」
そう、この爆弾は4年くらい前、ジンにこれと同じ爆弾が仕掛けられた部屋に閉じ込められ、死にたくなければ解体しろと言われたものだ。
ひじりはそのとき、ジンが本当に殺すつもりであったのならば抵抗なく爆破されるつもりだったが、それ以前から爆弾解体・作成についての情報を仕込まれていたこともあって、解体することが正解なのだろうと言われた通り解体した。
制限時間はそのとき1時間は与えられていたが、今は4分ほどしかない。あまりに少なすぎる。この爆弾の構造は難しくはないが、時間がかかるのだ。最低でも20分はいる。それに解体する道具も持っていない。
これがここに仕掛けられているということは、つまり。
「……やっぱり、私を狙ったものか」
ぽつりと呟いた言葉は、快斗にしか聞こえなかった。
爆弾を仕掛けてTOKIWAのコンピュータを爆破し、最後にこの爆弾で誰を狙ったものか判らなくするつもりなのだろう。
追い詰められた。八方塞がり。どうする。このまま、快斗達と共に死ぬか。
(─── いや)
まだ死ぬわけにはいかない。
ひじりはまだ、ジンを殺していない。ジンもそれは分かっているはずだ。
ジンはいずれ、
ひじりの全てを奪い、殺しに来る。
ひじりが殺されるのなら、そのときだ。今ではない。
(試したいとでも言うの、私を。ジンを殺すだけの技量があるかどうかを)
あるいは、5年も傍に置き続けてきたその価値を。ならば尚更死ぬわけにはいかない。
それに───。
ひじりはちらりと快斗、コナン、そして哀をそれぞれ順に見てすぐに脱出方法を探る。だが、このビルから脱出するには追い詰められすぎている。ヘリは当分期待できない、エレベーターは使えず、階段も無理。
どうする、と頭を悩ませたとき、ふいにB塔側の窓の外が明るくなり、寄って見てみれば屋上全ての明かりがついていた。屋上の隅には目暮達警官と蘭達の姿が見える。消防隊が水を飛ばそうとするが届かず地上へ落ちた。
「……隣のビルへ飛び移れると思う?快斗」
「ただ待ってても死ぬだけだ。試す価値はあると思います」
ひじりと快斗が目を合わせて踵を返し、それにコナンも続いた。
小五郎が手に入れたはずだったコンバーチング。すぐに乗って帰れるよう、キーは差さったままだ。
3人が揃って顔を見合わせる。その意図を悟り、静かに歩いて来た哀が無理よと考えを否定した。
「それが分からないあなた達じゃないでしょう?」
「確かに、理論上は無理かもしれない。隣のビルまでの高低差は約20m、距離は約60m。落下するまでに約2秒かかり、2秒で60m進まなければいけないから1秒で30m。時速に置き換えると108キロ」
「この会場の広さだと、最大限出せても精々50~60キロだけど…」
「これならどうだ?」
快斗と
ひじりが言い、そしてコナンが車のトランクを開ける。まさか、と哀が息を呑んだ。そのまさかだ。爆弾の爆風を利用する。
どうせ待っていても4分と経たずに爆破して死ぬ。僅か1%でも生存の可能性があるのなら、そちらに賭けよう。
3人の決意に満ちた顔を見て、哀は反対することをやめた。
「成否の鍵はタイミングね…」
「それならオレに任せとけ。30秒、きっちり計ってやる」
綺麗なウインクをする快斗に、任せたとコナンが笑む。
哀が30秒になるまで自分がカウントすると言うが、それは私がすると
ひじりが却下した。視線を向けてくる哀に腰を屈めて目線を合わせ、快斗とコナンに聞こえないよう囁く。
「大丈夫。言ったでしょう、護るって。私と快斗に任せて。子供達が向こうで待ってるから、向こうに着いたら元気な顔を見せてあげてね」
「……分かったわ」
そんなわけで役を替え、目暮への事情説明はコナンに任せて
ひじりと快斗はすぐさま動き出した。
まずはクロスを剥がしたテーブルを固めて並べ、快斗に眠る如月を車へ運んでもらう。
ひじりは飛び出す予定の窓を見つめ、少しでもスムーズに出られるようにしておいた方がいいかと、おもむろに懐から銃を取り出した。
ドン!
まずは一発。銃声に驚いて視線が集まるが気にしていられない。
以前より強力なものにしたゴム弾が窓ガラスにひびを入れたのを見て、さらに全弾車が通れるスペース分撃ち込む。
「
ひじり、お前そんなものどこで…!」
「ただの護身用。前も使ってたでしょ」
コナンの詰問はさらりと流し、ポケットから弾の替えを取り出して詰め全てを撃ち切る。
所々割れている窓にとどめを刺そうと、銃を仕舞いステージから拝借したマイク付のスタンドを握り締めてふりかぶろうとしたところで快斗に後ろから肩を叩かれ、代わると言われてスタンドを渡して下がったところで快斗が窓ガラスを叩き割った。
ガッシャーン!!!
けたたましい音が耳をつんざく。あらかじめ大きくひびを入れていたため簡単に割れてガラス片が地上へ降り注いでいく。
あとは車が通れるようにさらにがしゃがしゃとガラスを割ってスペースを開け、B塔のプール天井が開きタイマーが残り1分近くになったところで快斗が作業を終えて振り返った。
ひじりもカウンターへ向かおうと振り向けば、ぽかんと目と口を開いたままのコナンが呆然としていており、何かを言われる前にさっさと車へ促す。問答は無事ここを生きて脱出してからだ。
もっとも、
ひじりには脱出した後も聞くつもりなどないのだが。
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