128





 風間について来てくださいと言われてそれに従い非常階段を駆け下りながら、快斗はひじりのことを思った。
 先にエレベーターに乗せて行かせたが、大丈夫だろうか。メインコンピュータを爆破するだけにしては荒すぎて、もしかしてひじりを狙ったものかとは思ったがあれからまた爆破することはないし、油断はしないが少しくらい杞憂だったと安心してもいいのかもしれない。


(けど、何だろう…すっげー嫌な予感がする)


 こういうとき、自分の勘は外れない。
 ひじりに無事下で会えますようにと、いるかも分からない神に祈った。





□ 天国へのカウントダウン 8 □





 腕時計は預けてしまったままなのでひじりは携帯電話のライトを使って辺りを照らす。哀も自分の腕時計のライトを使って照らし、2人は非常階段を目指して歩き出した。


「ねぇひじり。この爆発、組織よね」

「間違いなく。でも、それにしては荒すぎる気がする。メインコンピュータを破壊するだけなのにここまでの爆弾を使う?」

「それは私も思ってたわ。……まさか、あなたを」

「可能性はゼロじゃない」


 やはりひじりと快斗と同じことを思った哀に、だから真っ先に降りたのねと言われ、狙われている可能性がゼロであったとしても真っ先に降りたかもしれないとひじりは内心で反論する。


 ピリリリリ


 だいぶ歩いたところでふいに電話が鳴り、ライトを切って電話を取ったひじりは、快斗に今どこにいるのかを訊かれ66階非常階段近くと答えた。どうやら先に降りたはずのひじりが見当たらず電話をかけてきたらしい。


「ちょっとあってね。子持ちの母親と代わったの。哀もいるよ」

『そうですか…。今、2回目…コナン達を乗せたエレベーターが降りて来ています。火の手も激しくなっていますし、早めに戻って来てくださいね』

「分かった」


 通話を切り、非常階段の扉を開けて階段を降りる。
 60階まではすぐだ。エレベーターホールに着いて連絡橋へ哀に合わせた駆け足で向かい、連絡橋に辿り着いて足を踏み出した─── 瞬間。


 ドンッ!!!


「!」

ひじり!」



 既に哀より数歩先へ進んでいたひじりは、突如として目の前で起こった爆発に足を止めた。
 瞬時に身を翻すがさらに連絡橋入口付近までが爆発し、全力を振り絞って戻り何とか命からがら廊下の角まで戻って来て床に膝と両手をつき、はっはっと肩で荒い息を繰り返す。さすがに死ぬかと思った。


「……あ」


 大きく深呼吸を繰り返してすぐさま息を整え、その手から携帯電話が消えていることに気づく。爆発に驚いて手を離してしまったのだろう。快斗への連絡手段が途絶えてしまった。


「哀、大丈夫?」

「それはこっちの台詞よ」


 煙が落ち着いた頃、2人は短い会話をすると連絡橋があった場所へ戻った。
 爆発は連絡橋を落とすためのものだったようで火の手は上がらず、しかし橋は両方の根元から折られて地上へ落ちてしまっている。
 下を見れば45階の連絡橋も纏めて落ちていて、エレベーターは途中階が火に包まれていて乗れないだろう。さらに哀の時計のバッテリーが切れて明かりもなくなった。


「橋を落としたのは、何でかしらね」

「……さぁ。私を逃がさないためかそれとも別の思惑か、何にせよ子供達の同行を断っていて正解だった」


 ため息をついてひじりが入口付近のソファに腰を下ろすと、その隣に哀も腰かける。
 無闇に動き回るよりここで助けを待った方が賢明だ。哀の探偵バッジは、残念なことに今日は持って来ていないのだと。だが橋が落ちたことで、2人が下へ戻らないままでいれば快斗がここにいると気づいてくれるだろう。
 助けまで撃ち落とすような真似はしないといいけど、とひじりは内心で呟いた。





■   ■   ■






 現場に潜り込んだ組織の人間から、タイマー通り爆弾が起動し、あらかじめ伝え聞いていた容姿の女が途中でエレベーターから降りて連絡橋に向かったため、橋を落としたとの連絡があった。これでビルに残されたのはひじりともう1人、幼い子供だけ。
 爆弾はあれで終わりではない。まだ、ヘリポートに仕掛けた爆弾と、最後の手向けとなる大きな花火が残っている。それが起動すれば、間違いなくひじりは死ぬ。

 橋は落ち、エレベーターは動かない、火の手が回っているため非常階段は使えない。八方塞がりのこの状況から、果たしてあれは生きて出られるだろうか。
 自分にとって良くないものが張り込んでいることに気づいたため現場は別の人間に任せたが、どうせならひじりを散らすあの花火をこの目で見てみたかった。


「あ、兄貴」

「何だ」

「キャンティから電話が…」


 困ったようにウォッカが携帯電話を差し出す。すると耳に当てずともきゃんきゃん騒ぐ女の声が聞こえてきた。


『ちょっとジン!どういうことさ!ドールの奴、アタイが撃ち抜く前にエレベーター降りやがったよ!!』


 連絡を受けていたのでひじりがキャンティの手から逃れたことは知っていたが、命を狙っていた本人から聞くと笑みすら浮かぶ。
 やはりあれは、俺の手で殺さなければならない。だからどうにかしてビルから逃げ出してみろ。八方塞がり、絶体絶命、そのさなかで生き長らえてこそ、5年も傍に置いた価値がある。


『それに、何かやばい奴までうろうろしてるし…ああもう!アタイはもう引き揚げるからね!』


 散々喚いたあと、キャンティはぶちりと一方的に通話を終えた。その殆どを聞き流していたジンはラジオのスイッチを入れる。
 素早いマスコミがツインタワービル突然の爆発!?と緊急生放送を流していた。報告通り爆弾は問題なく起動したようで、火の手もどんどん伸びており消火活動は困難とのこと。
 ラジオのスイッチを切り、煙草に火を点けたジンは白煙を吐き出す。


(この状況を切り抜けられるだけの力が、果たしてお前にあるか───)


 声にしなかった呟きに答える者は、誰もいない。






 top