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ひじりさんこのケーキうまいですよ」

「ん。本当だ。こっちのプリンもおいしいよ」

「うま!あ、チョコマフィン!甘ぇ~」

「快斗頬に生クリームついてる」

「ん」

「……あなた達何やってるの?」

「「デザート食べ比べ。哀も食べる?」」

「…………いただくわ」





□ 天国へのカウントダウン 7 □





 お互いに「あーん」状態だが気にすることなくデザートを腹に収めていく2人の中に混じり、ひじりと快斗におすすめされたデザートに「本当、おいしい」と目を瞠った哀にこれもそれもあれもと2人がひと口サイズに切ったデザートを渡して哀が口へ運ぶ。その中で気に入ったらしいものを丸ごと渡し、と続けているといい加減太るわとストップがかかった。
 ちょうどそのとき、会場の照明が落とされて暗くなる。おや、と思えば軽快な音楽が鳴り、ステージにスポットライトが当てられ1人の男がマイクを手に声をかけて注目を集めた。


「皆さん、ここで本日のメインゲスト!我が国が誇る、日本画の巨匠!如月峰水先生の作品をご紹介したいと思います!」


 男が左手を上げると、窓際へ大きな液晶パネルが降りてきて如月の作品を映す。
 富士山は桜、菜の花、夕焼け、海、など様々なものと共に描かれており、そのひとつひとつは見事としか言いようがない。
 そしてツインタワービルオープンを祝い、如月は新作を寄贈したとのこと。タイトルは「春雪の富士」。
 機械音と共にステージの幕が左右に開き、スポットライトが絵の方を照らしてその姿があらわになる。


 ─── しかし、その絵にはひとつ、あってはならないものがあった。


「なっ!」


 短く声を上げた快斗が息を呑む。ひじりは表情こそ大して変わらなかったものの、目許に険が宿った。
 淡い色で見事に描かれた富士山の絵。その中央、富士山を割るように美緒の体が吊り上げられていた。
 悲鳴と驚愕の声が会場に轟く。ステージ上に立っていた如月も風間も、ステージの袖にいた沢口も慌てて絵の方を振り返り目を見開く。

 恐慌する中、いち早く小五郎がステージへ駆け寄って上がり美緒を下ろすよう沢口に指示を出した。幕もすぐに閉めるように続け、小五郎と同時に飛び出していたコナンには誰も気づいていないようだ。

 ざわめく中、幕が素早く閉まる。
 犯人はおそらく如月だろうが─── いったいどうやって、衆人観衆の中美緒を殺したというのだ。

 会場に照明が点き、小五郎が警察を呼んだのだろう、少しして目暮を始めとした警官が慌ただしく会場へ入って来た。
 ステージの前には両端にひとりずつ警官が立ち、ステージの中では現場検証を行われている。もはやパーティどころではない。目の前で殺人が起きたということで、当分帰ることもできないだろう。


ひじりさん、美緒さんが言っていた『夜でも富士が見える』って…ああいう意味だったんですね」


 じっとステージを見つめていた快斗がふいにぽつりと呟くと、そうだねとひじりが淡々と返す。
 謎はコナンが解いてくれるだろう。しかし小五郎が別の人物を指す可能性もある。それを防ぐくらいはせねばなるまい。ちなみに、哀は警官が駆けつける間にちょっと行って来るわとステージの袖へ向かっていた。


「ん?コナンじゃねぇか」


 ふいにステージ横のドアから出て来たコナンに快斗が気づき、ひじりも目をやると、コナンはB塔側の窓へ駆け寄りそこから外を見る。
 どうやら気づいたらしい。しかし残るは原の事件。原が殺害されたとき、如月には確固たるアリバイがある。その証人がコナン自身だ。
 振り返ったコナンの目がバーの酒棚へ向けられ、大きく目を見開いた。それにも気づいたか。

 ちらっとコナンに目が向けられるがひじりと快斗は同時にそっぽを向いて探偵役を拒否する。
 あとは眠りの小五郎の出番で事件解決、赤井からの連絡もないし、どうやら組織も今日は何も仕掛けてこないようだと気を抜きかけた、そのとき。
 ふいに大きく建物が揺れた。


「っ」

「大丈夫ですか」

「うん、ありがとう」


 倒れ込むようなことはなかったもののぐらりと揺れた体を快斗が素早く支えてくれる。2人はゆっくりと床へ膝をつけた。
 いったい何事かと目を瞠れば今度は会場の照明が落ちる。遠くで微かな爆発音─── これは、まさか。


 ピリリリ


 ふいに小さな電子音が鳴り、快斗は懐から携帯電話を取り出して通話ボタンを押した。赤井の努めて冷静な声にツインタワービルA塔、連絡橋の少し下が突如爆発を起こしたことを告げられ、快斗が会場のざわめく声をよそに息を呑む。ひじりが窓に駆け寄り、同じように快斗も駆け寄って下を見た。もうもうと上がる黒い煙に、地上へ降り注ぐ無数のガラスの破片。
 揺れに気づいた目暮達がステージから出て来て窓へ寄ると同時に風間の携帯電話が鳴り、状況が伝えられたのだろう、彼は思わず「爆発!?」と叫んでしまった。
 爆発が起こった場所は地下4階の電気室と発電機室。それに加えて40階のコンピュータ室。


「……とんだ荒事を」


 短くはない時間ジンと共にいたひじりでさえ、伝え聞いたことに思わず眉を寄せる。快斗が赤井との通話を終え、くそっと吐き捨てる。
 風間は通話を切って一刻も早く避難をと目暮に言うが、電気室と発電機室が爆破されたのなら非常電源もやられているはず。ならばエレベーターも作動はしない。しかし風間はVIP避難用に別電源にしてあるから、展望エレベーターなら動くかもしれないと答えた。


(データが流されたメインコンピュータを破壊するだけにしては荒事すぎる……ジンは何を考えてる?)


 試してみようとエレベーターへ向かう風間や警官達を横目に、ひじりは首を絞められるような圧迫感を覚えて首に手を当てた。
 大丈夫、もうここには首輪はない。繋がれていない。檻もない。隣には快斗がいる。けれどその分だけ、組織がひじりの命を狙う理由がある。


(私を─── 殺すつもり?)


 あのとき、ひじりはジンの気配を感じ取った。それはジンもまた、ひじりの気配を感じ取ったということ。原を始末し、データごとひじりも消してしまうつもりなのだろうか。
 ぼんやり考えているとふいに強く手を握られ、顔を向ければ快斗が目許をやわらげて微笑んでいた。それに、ひじりも手を握り返して短く息をつく。
 殺すつもりなのかそうでないのかは、今はまだはっきりと分からない。だが本当に殺すつもりなのであれば、エレベーターを止めて退路を断つはずだ。ちらりと扉が開いたエレベーターを振り返る。


「よし、老人と女性子供は展望エレベーターで降りてもらおう。他は非常階段を使って避難だ!」

「…ひじりさん、行こう」


 目暮の言葉に快斗が促し、ひとつ頷いたひじりが快斗と共にエレベーターに向かう。
 赤井が言うにはFBI捜査官が周囲に組織の人間がいないか捜してくれるらしいが、期待はしないでおこう。

 快斗は目暮達と共に非常階段で降りるようで、エレベーターに促されて手を離して乗り込む。
 他に7人の女性と子供達。蘭と園子へ先に乗るよう言ったのだが、先に乗って!と決して頷かなかったので甘えることにした。
 そして最後に蘭に背中を押されたコナンが乗り込もうとしてブザーが鳴り、ひじりが降りて代わろうとするが、「いいからいいから」と快斗に背中を、足をコナンに押されて逆戻りした。
 押し問答で無駄に時間を食うわけにもいかない。ひじりは分かったと素直にエレベーターに乗った。
 1階のボタンを押して扉が閉まる。エレベーターが動き下に降りていき、それが66階でふいに止まった。


「あれ?」


 子供達が声を上げると同時に扉が開き、そこには赤子を抱えたひとりの女性。女性は乗り込もうとしたが人でいっぱいなことに気づいて謝り身を引こうとして、誰よりも早くひじりがエレベーターの外へ出た。


「乗ってください」

「え、でも…」

「私は非常階段を通って60階の連絡橋から避難しますので。何よりも赤ちゃんのことを考えてください。さぁ、早く」

「あ…本当に、ありがとうございます」


 それに、エレベーターに乗っていては外から狙い撃ちされかねないし、とは言わず女性を促して乗せようとすれば、赤子の分が引っ掛かったのか、ブーッとブザーが鳴った。女性がはっとして申し訳なさそうな顔をする。しかし今度は哀が降り、ブザーがやんだ。


「私もひじりと一緒に行くわ」

「えーっ、じゃあ歩美も」

「ならオレも!」

「ボ、ボクも!」

「あなた達はダメ。エレベーターで避難できるんだから乗っていなさい。言うこと、聞けるよね?」


 哀が降りたことで歩美元太光彦の3人も降りようとするが、すぐにひじりが却下して子供達と視線を合わせると、以前こっぴどく叱られたことを思い出したのか、渋々ながら3人は駄々をこねることなく頷いた。

 行ってください、とひじりに促されてエレベーターの扉が閉まり下がって行く。途端に明かりがなく真っ暗になったため、ひじりはポケットから携帯電話を取り出した。






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