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ツインタワービル、オープンパーティ当日。
子供達も招待されているため小五郎が大きな車を借りてくれたが、スペース的に全員が乗ることはできないため、
ひじりと快斗は別で向かうことにした。
黒塗りの車が法定速度内で道路を走る。その車内で、後部座席に座った2人は内ポケットに1丁ずつ銃を仕込んだ上着の具合を確かめた。
運転席に座る赤井に問題はないか、と問われて無言で頷く。目的地が視界に入ると赤井が鼻を鳴らした。
「何事もなければいいんだがな」
□ 天国へのカウントダウン 6 □
ツインタワービル前で待ち合わせし、先に着いた2人は赤井と別れた。
何かあれば連絡して来いと言われたが、そんな事態にならなければいいのだが。無論懐に仕込んだ銃も使わずに済むのが一番だ。
そして、
ひじりはまだブーツを返してもらっていない。
昼前に阿笠邸を出たため、その時点ではブーツの調整が完了しておらず、博士と合流したときに受け取る予定だが、博士曰く調整が少し難航しているため、あまり期待はしないでほしいとのこと。わがままは言えないので文句なく頷いたが、あった方がいいことには間違いない。
「……お、来た」
続々と招待客がビルに入って行く波から少し離れた所に佇んで待っていると、快斗が呟いた通り藍色のファミリーカーが見えて運転席に座る小五郎も認め
ひじりは軽く手を振った。
手を振り返した小五郎が車を駐車場へ向かわせる。それから然程時間を置かず一同が現れた。しかしその中に、いつもと違う髪型の園子がいて目を瞬かせる。
「園子、ウェーブかけたの?」
「この子に倣ってかけてみました!似合ってますか?」
「印象がだいぶ変わるけど、似合ってるよ。でも、いつもの髪型の方が園子らしくて好きかな」
哀と似た髪型の園子は、しかし哀と違って表情豊かに喜んだあと、じゃあ戻しますね!とあっさりイメチェン中止宣言をした。
似合ってはいるが、やはりその髪型は宮野志保とかぶってしまって少々落ち着かない。現れるかも分からない組織の人間が勘違いをしなければいいけれどと少しだけ心配になった。今回のパーティには名のある著名人も多く招待されているため、組織もへたなことはしないと思うが。
「
ひじり君、すまんがあのブーツなんじゃがの」
先頭を歩く小五郎に続き、最後尾を歩いていた
ひじりに寄って博士が眉を下げる。
どうやら調整がうまくいかず、ただ履いている分には問題ないだろうが、エンジンに少々問題があり、ブーストして暴走する危険性が少なくないのだと言う。一応持って来てはいるがどうする?と訊かれて
ひじりは首を横に振る。何があるか分からない以上、危険なものを身につけるわけにいはいかない。
ブーツがなければ行動できないというわけでもない。体力も筋力も常に鍛えてあるからひとまず問題はない。
VIP専用エレベーター前に立っていたスタッフに招待状を渡して通してもらい、一同は75階会場へ向かう。
会場には既に多くの者達が集まっており、それぞれ談笑に興じていた。とは言ってもただの世間話だけではなく、あわよくば商売に繋げようとするしたたかな者達が多いが。
「うまそー!!」
キャビアやフォアグラを始めとした高級食材がふんだんに使われた料理が和洋中様々揃えられており、別テーブルにはデザートもある。飲み物もドリンク、ビールやワインがあちこちに置かれていて、スタッフに頼めばカクテルも用意してくれるようだ。
いち早く長テーブルに並べられた料理へ向かって行く元太に続くように小五郎と博士が向かう。そういえば博士に食事制限を申し付けなければと
ひじりが博士のもとへ行こうとしたとき、哀が「私が行くから」と快斗の方を一瞥して笑った。どうぞごゆっくり、らしい。それではお言葉に甘えようかと2人は顔を見合わせた。
「
ひじりさん、どうぞ」
「ありがとう」
ひじりは快斗から受け取ったウーロン茶を手に人ごみから離れて窓際に寄る。まだ陽が落ち切っていないため富士山が薄暗いながら見えた。
沈みかけた夕陽が富士山を赤く照らし、とても綺麗で壮観だ。富士山は人間の思惑や因縁など知らず、ただ荘厳に在り続けている。
反対側の山が連なる方を見て、
ひじりは丘に建てられているであろう1件の家を思い浮かべた。
快斗が得た情報と、コナンを始め子供達から教えてもらった情報。
美緒と如月の仲が険悪になり始めたのは、このビルが建てられ始めてからだと言う。
丘に建てられた如月の家。日本一高いビル。富士山。割られた猪口。犠牲となった、ビル建設の関係者。それらが全て繋がるのだとしたら。次は─── 美緒か。
(一応気をつけておこうかな…)
自分と快斗の身が第一だが、美緒は小五郎の後輩であるし、美緒が殺されれば小五郎が悲しむだろう。
ひじりはウーロン茶で喉を潤し富士山を一瞥して、ステージの隣に据えられたオープンカーに目を移した。
フォードのマスタング、コンバーチブルだ。しかもGTプレミア。ただの飾りで置くわけがないだろうから、もしかしたら景品か何かにするつもりなのだろう。
やがて暫くして、ふいにドレスを身に纏った美緒がステージに現れると、ステージの床からせり上がって来たマイクを前に立った。会場に集まる人達をぐるりと見渡して口を開く。
「皆様、本日はわたくし共、TOKIWAのツインタワービルオープンパーティにご臨席くださいまして、まことにありがとうございます」
ほぼ全ての視線が集まったことを確かめ、美緒は開会の言葉もそこそこに、ちょっとした余興にゲームを行うと言って微笑んだ。
美緒の父、常盤
金成の名にちなみ、そしてTOKIWAグループ30周年にあやかって時間、それも30秒を当てるゲームらしい。
誰でもできる、簡単に思えてその実難しいゲームに、快斗が不敵に微笑む。マジシャンでキッドな彼からしたら、30秒を当てることなど造作もないだろう。
30秒ジャストを当てるか一番近くを当てられた者には、
ひじりが予想した通りマスタングのコンバーチブルがプレゼントされるとのことで、会場が感嘆でさらに大きくざわめいた。子供達も歓声を上げて参加の意欲を示す。
ちなみに、二番目の者にはヘルメット付マウンテンバイクとのこと。車の免許は法律上持っていないので、快斗は「そっちのがいいな」と呟いた。
「ゲームに参加される方は、時計をお預けください。のちほどその時計にぴったりの宝石を添えてお返しいたします」
「参加賞で宝石って…」
「流石、常盤財閥」
以前鈴木財閥の記念パーティでもひとりひとりに黒真珠のレプリカを配っていたが、偽物でない宝石となるとその財力の凄さが窺える。会場の殆どが上流階級の人間達だが、それでも驚きの声を上げた。
カゴと色取り取りの旗を手にしたTOKIWAのスタッフが回り、
ひじりと快斗も時計と引き換えに旗をもらう。
ひじりは青、快斗は白だ。
快斗は余裕綽綽な様子だが、
ひじりはそこまで自信があるわけではない。数秒の誤差があるだろう。
「快斗、頑張ってね」
「任せてください」
にっこりと快斗が笑って気合いを入れる。
ステージ前に立つ沢口がストップウォッチで時間を計り、彼女の合図でスタート、それから30秒経ったら旗を上げるようにとのこと。
「よぉーい……スタート!」
沢口の合図があり、それぞれ間違えないようにかぶつぶつと時間を口にする。それでは他人のカウントと混ざるだろうに、と思いながら
ひじりも目を閉じてカウントを始めている。
(…27、28…)
ハイ、はい、と所々で旗を持った手が上がる。それをスタッフがチェックしていき、途中どこかで赤子が泣いたが戸惑うことなく
ひじりも旗を挙げ、次いで快斗が旗を挙げた。同時に沢口がはい!と手を挙げる。それを受けて美緒がそのとき挙がった旗を指差した。
「そこの青と白の方!」
「やりっ!」
「快斗…と、あれは小五郎さん?」
「おめでとうございます、ピタリ賞です!」
どうやら小五郎も快斗と同じくピタリ賞だったらしい。偶然か実力かは分からないが、おそらく前者だろう。
美緒に呼ばれて会場の拍手を受けながら快斗と小五郎がステージに向かう。どうぞこちらへ、と促されて2人がステージに上がった。
「何だ、黒羽も当てたのか。そういやあいつマジシャンだったな」
ふいに傍へコナンがやって来て、ステージを見上げながら呟く。
小五郎は名探偵の毛利小五郎と紹介され、快斗は小五郎の知人の少年でマジシャン見習いなのだと自ら言っておもむろに何も持っていなかったはずの手に軽い音と共に小さな花束を出し、それを宙に投げて白い布を翻すと紙吹雪へと変えて自分と小五郎に振りかけた。
わぁ、と会場が歓声に沸く。ステージ前にいた子供達もすごーい!と声を上げた。
「それでは、お2人にはじゃんけんを…」
「あ、いえ。オレはまだ運転できませんし、車は小五郎さんにお譲りします」
「よろしいのですか?」
「ええ。あのマウンテンバイクで山を越え街を抜けて愛する彼女へ会いに行きますよ」
綺麗なウインクを寄越して笑う快斗に、コナンが頬を引き攣らせたが
ひじりは表情を変えなかった。その無表情ぶりに一瞬
ひじりに視線が集まったがすぐに外れ、しかし快斗は
ひじりが僅かに目許を和らげたのに気づいてさらに笑みを深めていた。
では車は毛利先輩に、とすんなり話が纏まり、お2人共何かひと言と美緒に促されて先に小五郎が口を開く。
「いや~これでレンタカー生活とおさらばできます~」
車が手に入りほくほく笑顔の小五郎に、会場がどっと笑いに沸く。
快斗は、いずれプロになるつもりなので黒羽快斗を忘れずに!とアピールをして終わった。しかしそのせいか、ゲームの後は歓談の時間となり、快斗は
ひじりのもとへ戻る途中何人かの大人や子供達に囲まれてしまった。
モテモテですなぁと
ひじりは内心で呟いてウーロン茶をすする。少しして、子供達全員の持つ旗を一輪の花に変えて快斗が戻って来た。
「
ひじりさん、オレ初めて『うちの娘はどうだ』って言われました。断りましたけど」
「イケメンでマジック上手な将来有望株をやすやすと逃すほど愚鈍じゃないよ、ここの人達は」
「オレ彼女いるって言ったのになぁ…指輪もしてるのに」
解せぬといった顔をする快斗の背中には、大人の視線や年若い少女達の熱い視線が注がれている。
それを快斗越しに目の当たりにして、無表情ながら当然面白くはない
ひじりは、快斗に自分と快斗の分のグラスを持たせて両手を封じたところで無防備な体に正面から抱きついた。
「なっ…!
ひじりさん!?」
当然驚いて慌てふためかれるが気にすることなくぎゅうと腕に力をこめる。
人がたくさんいるのに!と耳まで真っ赤にした快斗にきっちり30秒抱きつき続けたところで、満足した
ひじりはようやく快斗を解放した。
そしてその頃には、2人共周囲の視線のことなどはすっかり忘れていた。
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