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 バスジャック以降、外に出たがらなかった哀だが、快斗や子供達のお陰もあって最近は少し元気を取り戻しつつあるものの、まだ不安なのだろう、夜中こっそりひじりのベッドにもぐりこんでくることがあるし、外出することにも積極的ではない。

 夜中に部屋を抜け出してどこかに電話をかけていることには気づいていた。しかし、哀に黙って仕掛けた盗聴器から、どうやら亡くなった姉に電話をかけて短い声を聞いているようだと知ってからは、そっとしておいた方がいいということもありコナンはもちろん博士にも黙って様子見を続けている。

 しかしそれも、いつ組織が気づくか分からない。
 伝言は消しているようではあるが、辿り着かれないとも限らない。
 だからそろそろやめさせるべきだろうかと、ひじりは学校へ送り出した小さな背中にため息をついた。





□ 天国へのカウントダウン 1 □





 富士山がよく見える晴れた空、適度な気温湿度、絶好のキャンプ日和だ。
 当然のようにひじりと快斗も誘われていたが夕食はキャンプ場で釣った魚の予定と知って快斗が全力で嫌がったため2人の参加はなしになり、そんなわけで朝から元気良く出掛けて行った博士と子供達を見送った日の夕方、毛利家にお邪魔したひじりは、後ろで行われている蘭と小五郎の攻防をよそに黙々と夕食を作っていた。


「お父さん!いい加減吐きなさい!何を隠してるの?」

「な、何って…おおお俺は何も隠してないぞ!?」


 バレバレである。あれで隠していないと言って通じると思っているのだろうか。
 最近何か様子がおかしく、今日になってますますそわそわし始めた小五郎に不信感を抱いた蘭は問い詰めることにしたようで、かれこれ数十分はあの調子で一切引く様子がない。
 小五郎さんもよく粘るなぁと内心で呟いたひじりは味噌汁の味見をし、少し調えて満足の出来にひとつ頷いた。


「おいひじり、た、助けてくれ!」

「さっさと吐いた方が楽ですよ」

「そうよ!一体何を隠しているのよお父さん!?」


 蘭を唯一止めることのできるひじりは振り向きもしないで我関せず、むしろ蘭の背中を後押しして、味方がいないことで顔を盛大に引き攣らせた小五郎に陥落までもう長くはないと察した。


「もう!いい加減吐かないと…お母さんに言いつけるからね!」

「な!あいつは関係ねーだろうが!」

「それはわたしが判断するの!」


 それでも黙ってるようなら、と蘭がじとりと目を眇める。
 ひじりはちょうど米が炊けたので炊飯器を開けてほかほかと湯気を立てる米をしゃもじでほぐした。


「明日から暫く外には出しませんから!」


 出た、最終手段の力技。こればっかりは娘に弱い部分もあって小五郎は勝てない。
 案の定「何ぃ!?」と目を剥いた小五郎に、さぁどうするの!話すか話さないか!と蘭は返答を迫り、魚がちょうど良くこんがりと焼けたところで、苦々しく呻くように小五郎が口を開いた。










 翌日。
 西多摩市に新しくできたツインタワービル。高さ319mと294mの日本一ノッポな双子と言われているとニュースでやっていたが、実際目にするのはこれが初めてだ。
 やはりテレビで見るより壮観だなと内心で呟いて、ひじりは近づくにつれてさらに大きくなるビルから視線を外した。


「テレビで見るよりずっと大きいですね、ひじりさん」


 バイクを運転する快斗から感嘆の声がかかり、そうだねと返す。結構無茶をして建てたというビルだけのことはある。
 昨日、蘭が小五郎を問い詰め白状させたことによると、どうやらツインタワービルのオーナーであるTOKIWAグループ社長、常盤美緒は小五郎の大学時代のゼミの後輩で、来週行われるオープンを前に特別に招待されていたのだそうだ。
 コナンや蘭に黙って1人で行くつもりだったが、美緒が美人であるということもあり、小五郎を監視するために蘭がついて行くことに決め、ついでにひじりと園子が誘われ、せっかくだから黒羽君も、と言われて快斗も誘って行くことにした。
 急に大勢で押しかけては迷惑だからと一応本人に許可を求めたところ、美緒は快く承諾してくれた懐の深い女性だった。


「……あれ、コナン達じゃないですか?」

「ん?……本当だ。キャンプの帰りに寄ってみたのかな?」


 ツインタワービルの前、横断歩道を挟んだ向かい側に佇む見慣れた子供達と博士は背の高いビルを見上げていてこちらには気づいていないようだ。
 先にタクシーが停まり、次いでその後ろに快斗がバイクを停める。すると子供達の顔がこちらに向いて「あっ」と揃って声を上げた。


ひじり姉ちゃん、快斗兄ちゃん?」

「あ、コナン君じゃない」

「あれ、蘭姉ちゃんも」

「お前ら、何でここに」


 蘭がタクシーから降りてコナンに気づき、ひじりがバイクから降りてヘルメットを外すと、それを受け取った快斗が跨ったまま首を傾げる。横断歩道を渡って「どうしたの?」と駆け寄って来たコナンに、同じくタクシーから降りた小五郎が眉をひそめた。
 コナンが言うには、コナン達がここにいるのは、ひじりの予想通りキャンプの帰りに寄ってみたかららしい。おじさん達は?と訊かれ、小五郎は自慢げに咳払いをすると美緒に招待されたのだと胸を張る。
 ひじりは昨日一度聞いたのでその部分を聞き流す。快斗がバイクを駐車場に停めてきますとひと声かけて発進させて行った。


「失礼ですが、毛利小五郎様でしょうか?」

「ああ、はい」


 ふいにビルから出てきた女に声をかけられて一同が振り返る。
 20代後半くらいの女は自らを社長秘書の沢口ちなみと名乗り、社長である美緒は接客中のため、先にショールームの方を案内すると言ってビルへ促した。


「すみません、連れがもう1人いるので、先に行ってください」

「あら。お待ちしましょうか?」

「すぐに追いつきますので」


 待つのは快斗1人だけだ。ひじりが自分が待っていると言うと、沢口は分かりましたと頷いて他の面々と共にビルへ入って行った。

 ひじりは待っている間にビルの中に一度入って棚のパンフレットを手に取る。
 立って待っていようかと思ったが、そういえばブーツは調整のため博士に預けたままで、補正が利かないのだと思い出して入口近くのソファに腰を下ろしパンフレットを眺めた。

 パンフレットによると、高い方がA塔、低い方がB塔。
 A塔は75階建ての全館オフィス塔となっており、31階から上は全てTOKIWAが占めている。ショールームは2階と3階にあるらしい。
 TOKIWAはコンピューター関係のものなら基本的に何でも取り扱っているため、もちろんゲームの類にも手を伸ばしている。となれば、ショールームにもいくつか娯楽物があるだろうから子供達も楽しめるかもしれない。コナン達もそこにいるだろう。
 B塔は、とパンフレットをめくったとき、ちょうど快斗がビルへ入って来たため読むのをやめ、棚に戻してソファから立ち上がった。


「すみませんひじりさん、待ちましたか?」

「ううん、大して待ってないから」


 それじゃあ行こうかと歩き出して奥のエスカレーターへ向かい2階へ上がる。
 案内板を見て2階のゲームコーナーへ行ってみると、やはりゲームの類がたくさん置かれていた。ジョディが来たら目を輝かせて喜びそうだ。
 みんなはどこだろうと2人で辺りを見渡す。ある一角に集まっているのが見えた。


「あ、ひじりお姉さんと快斗お兄さん!これ見て見て!」

「うん?何だそれ」


 蘭達のもとへと向かっていると、いち早くこちらに気づいた歩美が満面の笑顔で何か写真のようなものを持って駆けて来て、2人が腰を屈めてそれを覗き込めば、歩美の面影を残した可愛らしい10代後半の少女が写っていた。
 これは将来が楽しみだと親父臭いことを思ったひじりが世辞なく可愛いねと呟き、次いでどうしたのかと問うと、歩美は「あれで撮ったの」と何やらイスがふたつ据えつけられた大きな機械を指差した。


「10年後の自分を写してくれる機械なんだって!」

「へぇ、じゃあこれは10年後の歩美か」


 可愛いじゃねぇか、と快斗が褒めて頭を撫でてやる。歩美が嬉しそうに笑った。


「快斗お兄さん、ひじりお姉さんと10年後のわたし、どっちが可愛い?」

「そりゃもちろんひじりさんだ」


 淀むことなく即答した輝く笑顔の快斗だったが、歩美はだよねーと気にした様子もない。ひじりはありがとうの意味をこめて快斗の癖毛をわしゃわしゃと掻き回しながら撫でる。
 歩美が「一緒に撮った博士は全然変わらなかったのよ」とけらけら笑うが、あれから10年後も老けないのだとしたらそれはそれで若干羨ましい気もする2人である。


ひじりお姉さんと快斗お兄さんも撮ろうよー!」

「快斗はともかく、10年後の私は三十路だよ」

「いやー、ひじりさんなら10年後でも十分綺麗ですよ」


 はしゃぐ歩美とノリノリな快斗に手を引かれてひじりが機械の前に立つと、蘭と園子がイスに座って撮っていた。先に撮り終えていた元太と光彦にも写真を渡されて見て、2人共なかなかカッコよく写っているとひじりは答える。


「じゃ、じゃあ快斗さんとボク達だったら…!」

「快斗に決まってるけど」


 バッサリあっさり即答で答え、ですよねーと若干へこむ光彦と元太、後ろでガッツポーズをする快斗。楽しそうに笑う歩美。
 ひじりは10年後の自分を写すという機械を見て、10年後果たして自分は生きているのだろうかと、少しだけ思った。






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