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玄関ホールへ着くと、コナン、蘭、小五郎以外に呼ばれた各探偵が揃っていた。
ひじりと探が館内を見て回っている間に着いたらしい元検視官の槍田、急病でコックが来られず憤る大上、そして茂木と千間。ルミノール液を持って階段についた血を調べていた槍田のもとへ、探の鷹が敏感に血の臭いを嗅ぎ取り降り立った。
「え?鷹?」
「あ、驚かせてすみません。イギリスで僕と行動を共にしていたせいか、血を好むようになってしまったらしくて」
探の声に反応して鷹が戻って来る。
ほぼ全員の視線を集める探の横から出て、
ひじりはひらひらとコナン達へ手を振った。
□ 黄昏の館 2 □
メイドに晩餐の支度ができるまでプレイルームで寛ぐよう言われ、
ひじりが探と槍田と共にプレイルームへ移るとすぐにコナン達も現れた。
それぞれ自己紹介する必要がないほどの有名人だが、
ひじりに蘭やコナンもいることで軽く済ませる。
ひじりが名前を言えば茂木に「5年前の?」と問われ、隠すことでもないので頷く。蘭が気遣うように視線をくれたが、結局探偵達はそれ以上何も訊かずに流してくれた。
「それにしても
ひじり姉ちゃん、バイクで来たんだよね?駐車場になかったよ」
「裏門の方に置いたから」
「何で?」
「念のため」
コナンの頭をくしゃりと撫でてやる。何やら訊きたそうな顔をしていたが無視だ。
ちなみに、キッドが誰に変装しているのかは判っている。先程コナン達がメイドに案内され、プレイルームに行くため探と槍田が背を向けたとき、振り返って綺麗なウインクを向けてきた小五郎だ。
「
ひじりさん、ビリヤードしませんか?」
「いいよ」
探と茂木はビリヤードをやるようで、誘いを断る理由もないため付き合うことにする。
コナンと蘭と槍田はトランプ、小五郎と千間はチェスでそれぞれ時間を潰すことにしたようだ。
「
ひじりお姉ちゃん、後でわたし達とトランプだよ!」
「分かってる」
「……随分仲が良いんですね」
「幼馴染だから」
知っているでしょうと目を向けると、探はうっそりと笑みを深め、にこにこと笑ってテーブルにつく蘭を見つめた。
茂木がブレイクして始まったゲームで探が手球を打つのを眺めながら、ふと意識を逸らす。
この館に来てから感じる不穏な気配。それが一番濃く感じたのが大上だ。おそらく探偵達を集めたのも彼。晩餐は注意して手をつけた方がいいだろう。
探偵が探偵を集めて何をするつもりなのか。なぜキッドを騙っているのか。まだそれは、分からない。
「ほぉー、若いのやるじゃねーか」
茂木が称賛し、涼やかな笑みを浮かべて的球をポケットに落としていく探に、意識を戻した
ひじりも内心感嘆する。
ビリヤードは寺井に教えてもらったが
ひじりは大して上手くない。当然2人よりかは下手で、早々に切り上げて蘭達に合流しようかと思っていれば、なぜか探に手取り足取り教わることになっていた。
「探と茂木さんで勝負した方が楽しいんじゃない?」
「僕は構いませんよ?綺麗なレディと接するまたとない機会ですし」
「何だ若いの、お前まさか惚れたのか?」
「さぁどうでしょう」
冷やかされても笑みを崩さずむしろ深めた探と、間近に整った顔があるのに顔を赤くするどころか表情が一切変わらない
ひじり。
茂木が脈無しだなと面白そうに笑って探が手強いですねと肩をすくめる。そんな2人を見て
ひじりは無表情に口を開いた。
「私、彼氏いますので。探も冗談言わない」
「へぇ。そんじゃ、彼氏君に嫉妬されるぜ?こんなイケメンと一緒にいたらよ」
「……そういえば、探に近づくなと釘を刺されていたことを今思い出しました」
「彼は僕のことをいったい何だと…」
「狼」
だ、そうだよ。悪戯げに額を指で突く。
何だか小五郎の視線が痛いので、
ひじりは早々にゲームを切り上げ蘭達のカードゲームに混ざることにした。
「見て見て!ストレート!」
結果、
ひじりはツーペアで蘭に負けた。相変わらずツキが良い。
笑顔でチップを取る蘭に、ふいに槍田がズルはだめよと言ってストップをかける。
「ほら、左端のジャック。2枚重なってるじゃない?」
「あ、本当だー…」
確かによく見てみると、カードがきれいに2枚重なっている。
蘭は不正をしないだろうし、そんなことをすれば隣に座った
ひじりがすぐに気づく。訝しげにくっついたカードを蘭が剥がしてみれば、そこには黒ずんだ血がついていた。
「きゃあああ!」
「ど、どーした蘭!?」
悲鳴を聞いて小五郎が立ち上がり、蘭に飛びつかれた
ひじりは怯えるその背をぽんぽんと優しく叩く。
千間が血のついたカードを手に取り「ここにも血が飛んでたみたいだねぇ」といっそ感心したように呟き、そういえばこの館の物は犯行当時のまま動かしていないとメイドに聞いたことを思い出す。
外観に比べ中は小奇麗にされているから今まで恐怖が薄かったのだろうが、惨劇のあった様子を想像して顔を青くした蘭がぎゅうっとしがみついてきた。
そのタイミングを見計らったかのようにプレイルームのドアが開けられ、さらに怯えた蘭に強くしがみつかれながらメイドが頭を下げるのを見る。
「晩餐の支度が整いました。ご主人様がお待ちです」
メイドに従い全員がぞろぞろと部屋を出ると、青い顔で食欲がないと蘭が呟く。なだめるように頭を撫でればくすりと小さく笑う音がして、振り返れば探がこちらを見ながら笑っていた。
「失礼、何だか意外で」
「意外…?」
蘭が訊き返すと、ええと探が微笑んで視線を外す。話すつもりはないようだ。
何はともあれ食堂に着いた頃には蘭の顔色も少し戻っていて、食堂に入れば妙なとんがり頭の覆面をかぶった誰かが暖炉を背に上座に座っていた。
『崇高な6人の探偵諸君!我が黄昏の館によくぞ参られた。さぁ座りたまえ自らの席へ』
長テーブルの上にはそれぞれ食器と名前が書かれた札があり、それに従って腰を下ろす。
ひじりの席は茂木と小五郎の間だった。
全員が席に着くと、覆面がおもむろに話し出す。
『君達を招いたのは、私がこの館のある場所に眠らせた財宝を探し当ててほしいからだ。私が長年かけて手に入れた巨万の富を…命を懸けてね』
「い、命だと!?」
─── ドォオオン!!!
覆面が喋る終わり小五郎が目を見開くと同時に響いた爆音に、大上が「何だね今の音は!?」と慌てて席を立つ。
それに君達の足を断ったまでのこと、と悪びれず答えた覆面は、いつも警察や探偵に追われる立場であるから、たまには追い詰める側に立ちたいと思いましてなと続けた。
加えて、ここに来るまでに通った橋を落としたらしいので車で逃げることは不可能、無論この館に電話の類はなく携帯電話は圏外。
裏門に停めたバイクは無事だろうが、覆面が言う通り橋が落とされたとなればここから逃げるのは難しい。
『そう…つまりこれはその財宝を探し当てた方だけに財宝の半分を与え、ここからの脱出方法をお教えするというゲームですよ』
気に入ってもらえましたかな?と淡々と続ける覆面に、鼻を鳴らした茂木が立ち上がる。
「フン…気に入らねぇんだよてめぇみたいな───
ツラを隠して逃げ隠れする野郎は!」
怒鳴りながら取り去った覆面の下には、マネキンの頭にスピーカーがついたものがあった。確かに、これだけの敵がいて顔を晒す輩はそうそういないだろう。くそ!と苛立たしげに茂木が覆面をマネキンへ投げつける。
「だ、誰が…いったい誰がこんなことを!?」
困惑する小五郎へ、槍田が毛利探偵ともあろう方が知らずに来たのかと皮肉げに笑みを浮かべる。
そう、誰がも何も招待状に書かれていた。差出人は、“神が見捨てし仔の幻影”。
「幻影ってのはファントム。神出鬼没で実体がねぇ幻ってこった」
「にんべんを添える“仔”という字は獣の子供。ほら、“仔犬”とか“仔馬”とかに使うでしょ?」
「“神が見捨てし仔”とは新約聖書の中で神の祝福を受けられなかった“山羊”のこと。つまりこれは“仔山羊”を示す文章。英語で山羊はGoatだが、仔山羊のことはこう呼ぶのだよ…」
茂木、千間、大上が言葉を続け、そして最後、差出人のその名を探が口にした。
「
KID…
─── KID the Phantom thief…」
その名は、各名立たる探偵達の間にも轟いていた。
狙った獲物は逃さない、その華麗な手口はまるでマジック。
星の数ほどの顔と声で警察を翻弄する天才犯罪者。
探偵達が生唾を呑んで待ち焦がれるメインディッシュ。
監獄にぶち込みたいキザな悪党。
(随分とおモテのようで?)
ひじりはそれぞれ探偵達が抱く、キッドに対する思いを聞いて内心で口の端を吊り上げた。
「─── そして、僕の思考を狂わせた唯一の存在」
白馬がちらりと
ひじりを見る。
成程、だからキッドを血眼で追っているというわけか。もっとも、当の本人はコナンほど厄介ではないと評していたが。
「闇夜に翻るその白き衣を目にした人々はこう叫ぶ───
怪盗キッド!」
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