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貴殿の英知をたたえ
我が晩餐に御招待申し上げます
神が見捨てし仔の幻影
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「……ふぅん?」
□ 黄昏の館 1 □
妙な招待状と共に200万の小切手が新一と小五郎宛に届き、一応快斗に見せてみたら心当たりはないとのこと。
招待状に記載された連絡先へ訳あって新一は行けないと電話をかけ、代わりに新一と親しい仲である自分が行かせてもらうと連絡を取ったのが数日前。
誰が何の目的でキッドを騙ったのかは分からない。それを確かめるために、
ひじりは“黄昏の館”と呼ばれる場所へ赴いた。
(快斗…キッドも来るって言ってたけど、誰に変装して来るのやら)
まさかそのまま現れたりはしないだろう。
ひじり同様、彼もまたキッドの名を騙る人物とその目的を確かめるために来るのだから。
指定時刻より少し早い時間、陽が暮れて少し経った後に館に着いた
ひじりは、何も停められていない駐車場ではなく裏門へバイクを停めた。そこには一台の車があり、既に誰かが来ていることが窺える。連絡を取ったときに応対したメイドのものだろう。
暗い空を見上げれば今にも雨が降りそうで、やはり蘭に誘われた通り小五郎の車に乗せてもらった方がよかっただろうか。
“黄昏の館”と名がつく建物は、随分と古びた洋館だった。暗くなればお化け屋敷にも見えるかもしれない。
キッドの名を騙る誰かは、ここでいったい何をするつもりなのか。新一と小五郎が招待されたということは、もしかするとまだ他にも探偵が呼び集められている可能性がある。
まぁそれは追々探っていけばいい。
ひじりは洋館の玄関扉に手をかけて開いた。
「い、いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
バイクの音を聞いて駆けつけたのだろう、慌てて奥の方からメイドらしき女性が現れ深々と頭を下げる。
名前を問われたので答え、それではお部屋に案内しますと背を向けたメイドについて行く。どう見ても素人な隙だらけのその背中に、
ひじりは質問を投げかけた。
「この招待状を送りつけて来た方はどちらに?」
「い、いえ…ご主人様には私もまだお会いしていないので…」
「では、工藤新一と毛利小五郎以外にも探偵を呼びましたか?」
「はい。名立たる探偵達を何名か」
工藤 新一、毛利 小五郎を始め、
大上 祝善、
千間 降代、
茂木 遥史、
槍田 郁美、服部 平次、そして─── 白馬 探。
その名を聞いたとき、
ひじりはあれきり会ったことがなかった少年の顔を思い出した。
新一と平次はそれぞれ欠席の連絡があったため、集められた探偵は全員で6名。それぞれが新聞を賑わせる探偵達で、これはまた錚々たるメンバーだ。
ひじりは他にもいくつかメイドへ質問した。
そして判ったことは、彼女は雇われただけで、奇妙な面接を経て合格し、主人とのやり取りはメールのみで声すら判らないということ。キッドの名を騙り、探偵達を集め、そしてこの曰くつきの“黄昏の館”を舞台とした者の狙いまでは判らなかった。
「では、ごゆっくりお寛ぎください」
部屋に案内され、メイドが頭を下げて去って行く。
ひじりは礼を言って部屋の扉を閉め、荷物を下ろし早速部屋の中を検めた。
盗聴器はないが監視カメラあり。あとは特に怪しいものは特に何もない。ただひとつ─── 枕の下の拳銃を除いて。
拳銃にはご丁寧に弾がこめられている。何のために用意されたのかは分からないが、せっかく用意してくれたのだからありがたくいただくことにして懐へと仕舞った。
部屋を出て他の探偵達が通されるであろう部屋を回って確認すると、やはり他の部屋にも枕の下に拳銃が隠されていた。
これはいったい何を意味するのだろう。まさか同士討ちでもさせようというつもりなのか。
4つ目の部屋に入った
ひじりは、また隠された拳銃を見つけるために枕を持ち上げ、そこに何もないことに目を瞬く。
「あなたも呼ばれたんですか?工藤
ひじりさん」
背中から涼やかな声がかけられ、気配は感じていたので驚かずに振り返ると、部屋の入口に背を凭れて佇む少年の姿があった。
白馬探。快斗のクラスメイト。キッドの正体が黒羽快斗であると知っている探偵。今は確かロンドンにいるはずだが。
「工藤新一の代理として、来てみたんですよ」
「ああ、そういえばあなたは彼の幼馴染でしたね。ですがそれは建前…本当の目的は招待主─── 怪盗キッド。違いますか?」
問いながら、その口調は断定するものだ。
探は
ひじりと快斗が恋人同士であるという情報くらいは仕入れているだろう。そして、
ひじりがキッドの正体についても知っているはずだと推測している。
キッドの手伝いにでも来たのかと疑わしげな目で見てくる探に、しかし
ひじりは小さく肩をすくめただけだった。
「君は招待主が本当にキッドだと思っているの?」
「……どういう意味でしょう」
「そういう意味。君は探偵でしょう、自分で考えなさい」
ひじりは快斗がキッドであると知っているからこの招待状を出したのが彼ではないと判っている。けれど表向きそんなことは知らないということになっているため、違う気がすると言うだけに留めた。
探は暫し神妙な顔で何やら考え込んでいたようだが、すぐに顔を上げるといきなり本題に入った。
「あなたは、あなたの恋人の黒羽快斗君が、怪盗キッドであると知っていますか?」
「その証拠は?」
「残念ながら。でも僕は確信していますよ。そして、彼を捕まえる」
「そう」
淡々と返せば、一切表情を変えず反応を見せない
ひじりにじれったくなったのか「いいんですか?」と問われた。
ひじりはその問いに、やはり無表情のまま淡々と「どうぞお好きに」と返す。
「もし捕まえることができたら私も目にしたいものだけど。あのキザな言葉を紡ぎ、やわらかくも不敵な微笑みを浮かべる素顔が、本当に快斗のものなのかどうか」
ひじりの言葉に、探は何を思っただろう。
本当は快斗がイコール怪盗キッドであると知らないのか、それとも敢えての言い回しなのか。だがそれは、表情の一切が無い顔からは読み取ることはできない。
「それよりこの部屋、もしかして君の部屋?」
「ええ。枕の下にあった拳銃は護身用として借りてますよ」
キッドが命を取るとは思えませんが、と続けられて頷く。
ひじりはお邪魔しましたと言ってさっさと部屋を出ようとして、探の横を通り過ぎるときに名を呼ばれて足を止めた。振り返ればにっこりと爽やかな笑みが向けられる。しかしそれより快斗の笑顔の方が好きだなと思ったことは余談だ。
「館の中を見て回るのでしょう?ご一緒しても?」
「……どうぞお好きに」
どうせ嫌だと言ってもついて来るのだろうと許可を出して歩き出す。
それから残りの部屋も調べていると途中でなぜか鷹が合流し、どうやら探のペットでワトソンという名前らしい。間近で見たことはなかったので物珍しそうに眺め、許可を取って撫でさせてもらう。手入れがしっかりされている羽はやわらかかった。
鷹がまたどこかへ飛び立って行ったのを見送りまた歩き出す。探は必要以上の質問はせず、むしろ
ひじりが学校での快斗が知りたくて質問攻めしたことで苦笑された。
「黒羽君から聞いていないのですか?」
「快斗は私に格好良いところしか教えてくれないから。そこがまた可愛いんだけど」
もはやただの惚気に、しかし探はどこか感心したように笑っていた。そして悪戯げに微笑むと声を潜ませて顔を近づける。
「知ってますか?あなたと付き合う以前の彼、青子君や他の女子生徒にセクハラ紛いなことばかりしていたようですよ」
「……それは知らなかった」
あと顔が近い。ぐいっと顔を押し戻す。女顔負けにすべすべだった。
各部屋、ピアノが置かれた部屋、リビング、食堂、そして中央の塔をそれぞれざっと調べると、何やら不穏なものを思い浮かばせるような痕がちらほら残されていた。しかし
ひじりはぴくりとも表情を動かさない。
中央塔4階の部屋にパソコンが置かれており、調べてみるとインターネットには繋がっておらず文字入力機能しか残されていなかった。
そして、部屋だけでなく洋館の中のあちこちに設置された監視カメラ。
もっと詳しく調べたかったが、蘭からのメールでそろそろ着くと知らされたので玄関へ戻ることにする。
他の探偵達も集まり始めているだろう。探索は一旦ここまでにして踵を返すと、なぜか探もついて来た。僕も顔を出しておこうかと思って、らしい。
「ところで
ひじりさん、僕のことお嫌いですか?」
「……?そんなことないけど」
唐突な言葉に首を傾げる。
確かに初対面のときのせいで良い印象はないが、だからといって嫌いになるほどではない。
というか、
ひじりは滅多に他人を嫌わない。嫌いだったらそもそも行動を一緒にしないだろう。
首を傾げる
ひじりに、探は眉尻を下げて苦く笑った。
「でも
ひじりさん、僕のこと名前で呼びませんよね」
そうだっただろうか。思い返してみると、確かに一度も呼んでいなかった。
ちなみに、探が
ひじりを下の名前で呼ぶことに関しては、「工藤さん」では工藤新一とかぶり紛らわしいとのことで既に許可を出していた。
もしや無意識に嫌っていて呼ばずにいたのかもしれないが、改めて探の顔を見ても嫌悪感は湧かないのであっさりと名前を口にする。
「白馬君」
「探でお願いします。それと、呼び捨てで。彼の反応が楽しめそうだ」
「なかなかいい根性してるね」
「ありがとうございます」
皮肉3割感心7割の褒め言葉に、探が綺麗な笑みで礼を言う。
それじゃ探で。躊躇いもせず淡々と呼ぶと、探は満足そうに笑った。
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