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 釈放された矢島から電話があり、男達はバスを首都高に乗って中央道に入らせた。そして小仏こぼとけトンネルに入る前に彼らは乗客の中から2人の男を呼ぶ。
 選ばれたのは幸か不幸か赤井と新出。赤井なら男達を制圧することも難しくはないだろうが、今ここでFBIだと知られるのは面倒だ。


「…ひじりさん、あいつまた何かしようと企んでますね?」


 電話を終えた快斗がパソコン画面に映る映像を見て笑う。そこには、『口紅持ってる?』と書かれた手帳が映っていた。





□ バスジャック 2 □





 小仏トンネルに入り、車内は一気に暗くなり画像も不明瞭となった。
 しかしまだ盗聴器は生きている。バスジャック犯の男2人は予想通り赤井と新出にスキーウェアを着せ、運転手に自分達が降りたらガソリンが尽きるまで走れと指示を出すと従わせるために人質を1人選んだ。


『一番後ろのガムの女!お前だ、前に来な!』


 その女が、男達の仲間だろう。そして一番後ろの席で乗客を見張り何らかの方法で男達に知らせていた。

 バスがトンネルを抜けると同時にスピードを上げさせると、コナンも動いた。
 ジョディが正面を向いているので何をしているのかは判らなかったが、快斗がすぐにカメラをズームにさせてバックミラーに焦点を当てると、コナンと博士がスキー袋を持って掲げ、それに何か赤い文字が綴られているのが判った。


「STOP…ストップ。そういうことか!」


 瞬時に理解した快斗がやるじゃねぇかと笑みを浮かべると同時、バスが急ブレーキをかけ、立っていた男達と女は不意を突かれてバランスを崩し倒れ込んだ。
 止まったバス内ですぐさま体勢を整えた赤井が、座席に掴まって体を起こしながらコナンに銃を向ける男を後ろから制圧しようとしたが、それより早く男がコナンに麻酔銃で撃たれ眠りに落ちたことで動きを止めた。


『新出先生!その女の人の両腕を捕まえて!!その人がつけてる時計は爆弾の起爆装置だ!!』


 コナンに言われるがまま新出が女を拘束すると、座席に手をつきながら立ち上がったもう1人の男がコナンに向けた銃の引き金に指をかけるが、彼は目先の存在に気を取られすぎである。
 赤井が動くよりコナンが対処するより早く、ジョディの鋭い膝蹴りが男の腹に決まった。背中から床に倒れ込んだ男のマウントポジションを取って悪びれなく笑っているのが判る。


『Ohー、ごーめんなさーい!急ブレーキでバランスが…』

『ふ、ふざけるな!』


 男が銃をジョディに向けて引き金を引こうとするが、引き金は動かず沈黙したままだ。
 ジョディが笑いながら声を潜めてトカレフのセーフティについて講義し、焦燥に駆られた男が何者なんだあんたと誰何すいかの声を上げると、ジョディは唇に人差し指を立てて囁いた。


It's a big secret.I'm sorry, I can't tell you秘密よ秘密、残念だけど教えられないわA secret makes a woman woman.女は秘密を着飾って美しくなるんだから

「───」


 一瞬、ひじりは呼吸を止めた。
 今ジョディが言った台詞。それは口癖のようにベルモットが言っていた言葉だ。

 ベルモットとジョディが何かしらの因縁があることには最初から気づいていた。
 今回のベルモット捕縛について一番気合いを入れているのはジョディであったし、ひじりが知る限りの情報を全て開示するよう、表向き穏やかに、しかし虚偽は許さないとばかりに鋭い目で問い詰めてきたのは彼女だったから。
 それを、今の台詞で確信した。ジョディのベルモットに対する執念は、赤井がジンに向けるものと似ている。


『Ohー降参ですねー!』


 銃を取り上げ笑うジョディに一件落着だと快斗が小さく息をつけば、しかしその安堵を切り裂くように女の声が響いた。


『爆発まであと30秒もないわよ!!』


 どうやら先程の急ブレーキで時計をぶつけ、起爆装置が動き出してしまったらしい。
 それを聞いて乗客が慌ててバスから降りて逃げ出す。外で待ち構えていた警察が飛び出してきた人質に驚いていたが、コナンから爆弾が20秒足らずで爆発すると聞いて慌てて動き出した。バスを囲んでいた車を離れた位置へ動かし乗客を避難させる。
 カメラの中に子供達が映っているのを見たひじりは、しかしその中にあるべき姿がないことに気づいた。


「哀は─── 哀は、どこ」

「えっ…本当だ、哀がいねぇ!」


 まさか、バスの中にベルモットがいることに気づき、事情聴取で鉢合わせして正体がバレることを恐れてバスの中に残ったのか。
 そういえば哀もひじり同様、組織の匂い・・を嗅ぎ取ることができたのだ。バスジャックに気を取られていたとはいえ、すっかり失念していた。

 素早く赤井の通信装置を繋ごうとすると、映像の中でコナンがバスへ駆け出して行ったのが見えて動きを止める。
 コナンがバスジャック犯の銃を撃ちバスのリアウインドウを割って飛び出すと同時、爆弾が爆発した。
 間一髪助かったコナンは、ちょうど動かした車から降りてきた高木に事情聴取は1人で受けると言って哀と博士達を病院へ運ばせた。


「……後でとびっきりのレモンパイ、作ってあげなきゃ」


 今回ばかりは、いつもは悩まされている新一の無茶に感謝である。
 佐藤が乗客を集めて車に乗せ始め、怪我だらけのコナンがそれに続こうとして、腕を掴んできた新出に止められる。コナンの左腕には怪我があり、新出に事情聴取はちゃんと治療を受けてからだよとたしなめられてコナンは素直に頷いていた。
 その様子を、ジョディはじっと見つめているのだろう。


 ─── ザ…


 ふいに小さな雑音が入り、カウンターの上の機械から赤井の静かな声が聞こえてくる。


『2月23日、不測の事態により追尾続行不可能。標的は現れず…後日改めて調査を再開する。以上』


 簡潔な報告だけを残し、返事を待たず通信が切れる。
 それに今回の仕事が終了したことを理解し、ひじりと快斗は全ての機器類の電源を落とした。ノートパソコンも閉じて快斗がぐっと伸びをする。


「哀、助かってよかった」

「うん。…でも、あんなことがあったら暫く外に出たがらないだろうね」

「じゃあオレ、励ましにマジックしに行きますね」


 快斗の気遣いに礼を言って私も手伝うと続けたひじりは、新出が哀の存在に気づいているかどうかも含めて新出の監視を強めた方がよさそうだと内心で判断を下す。
 実行するかどうかは赤井との相談次第だが、哀の命がかかっていることもあって無碍にはしないだろう。





■   ■   ■






 後日、改めて事情聴取を受けた帰りに阿笠邸へやって来たコナンは、何とも形容しがたい複雑な顔をしていた。
 何でもバスジャックがあった日、警察は車内にいた人質の1人から中の状況を伝えられていたらしいが、あのとき乗客は全員携帯電話を奪われていたし、何らかの方法で警察に連絡しようものならコナンのようにすぐバレていたはずだ。
 だからありえるはずがないのに、警察─── 目暮警部を指名して電話をかけてきた男は車内の様子を的確に伝え、警察は犯人の仲間が乗客に紛れていること、爆弾が用意され犯人達が逃げた後に爆破させる可能性があるということも知っていた。


「いるはずがねーんだよ、あのとき警察に連絡できる奴なんか」

「でも話を聞く限り、味方と言ってもいいんじゃない?新一が犯人を追い詰めなくても彼らはどうせ捕まってたんだから」


 コナンにコーヒーを出し、向かいのソファに座って同じくコーヒーをすすりながらひじりが応対する。
 そりゃそうだけど、と理解はしつつも納得できないのだろう。誰がなぜどうやって警察に連絡などしたのか。


「まぁ謎の善意の第三者より、哀のことを私は気にかけてほしい」

「ああ…でもよ、高木刑事に聞いた話じゃ、乗客の中に身元不明の怪しい人物は誰もいなかったって言ってたぜ?」

「それでも、食事も睡眠もろくにとってないし…昨日快斗がマジックをして見せたらちょっとは笑ってくれたけど」


 だがそれでもまだ気落ちしたままだ。
 最近は不安なのか、夜中こっそりひじりのベッドに忍び込んでいる。学校に行ってもすぐに帰って来る毎日だ。

 哀の正体が組織─── ベルモットに知られたのかどうかは、まだ分からない。
 赤井と相談した結果監視を強めているが、今のところ不審な動きは見られないと報告を受けているので、もう暫く経っても何もなければ問題はないと判断しても大丈夫だろう。


「新一も暫くは絶対目立つ行動はしないように」

「分ぁってるって」


 はいはいと頷かれるが、本当に分かっているのか。
 まぁさすがに下手な真似はしないと信じておこうかと、ひじりはコーヒーを飲み込んだ。



 バスジャック編 end.



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