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 結局、予定より24分オーバーで新一はコナンへ戻ってしまった。
 本当は優作が有希子へプロポーズした店でゲンを担ごうとしたらしいが失敗し、蘭に不思議そうに「何だったんだろね?」と訊かれたが知らないふりをしておいた。やはりそういうことは本人が直接言った方がいいだろう。

 ─── そして、帝丹高校学園祭から暫くしたある日。
 ひじりは赤井から電話をもらい、ひとつの報告を受けた。


『新出智明を事故死に見せかけて海外へ逃がした』





□ ゲームセンター 1 □





ひじり!次はあれで勝負デース!」

「いいでしょう、次は負けません」


 もはや常連となったゲームセンター内で、ひじりとジョディはばちりと火花を散らし、それを見ていた快斗が乾いた笑みをこぼしていた。
 快斗とひじりがジョディをゲームセンターに誘ってから、ほとんど毎日放課後は入り浸るようになったらしい。普段は捜査官じゃなくて英語教師だから放課後は自由なの!と満面の笑みで言っていたので本当に根っからのゲーマーなのだろう。
 ひじりと快斗もそれにたまに付き合い、ひじりの隠れた負けず嫌いが発揮されて最近は2人でハイスコアの塗り替え合戦となっていた。


「No!負けました、悔しいねー!ひじりのテクニックは見習わなければ!」

「あそこのカーブを失敗してたら負けてました、流石です」


 お互い健闘を讃え合い、さて次は、と2人で次のゲームへ移り、その後ろを私服に着替えた快斗がついて歩く。
 次はガンシューティング!と腕を引かれて筐体の前に立ち、ひじりは銃ならと快斗を振り返った。


「え、オレ?」

「快斗君、私と勝負しますかー?言っておきますが、負けませんよー?」

「…そりゃー、やってみなきゃ分かりませんよ?」


 挑発的に笑うジョディに、あっさり乗った快斗もにやりと不敵に笑ってひじりと場所を代わる。
 コインを入れて2人が銃を構える。プロローグが始まり、キャラを選択してゲームスタートだ。


「Hey!Come on Come on…」

「Let's play!」

「「Go!!」」

「うん、実に楽しそう」


 ジョディと快斗の輝く笑顔に満足しながら眺める。
 2人はただ標的を撃っていくだけではなく、大仰な動きを交えながらどんどんスコアを上げていった。片方が補給をすればもう片方が援護し、言葉無く息を合わせてミスなく標的を撃ち落としていくさまは見事としか言いようがない。
 いつの間にか周囲にギャラリーができ息を呑んでジョディと快斗のプレイを見守っていた。快斗を羨ましそうに見る男がいることにも気づき、まぁジョディさん美人だしねと内心で呟く。

 ゲームも終盤に差し掛かり、敵が怯んだ隙に2人は同時に宙に銃を放り、背中合わせに立ち回転するそれを取って構えると同時に引き金を引いた。華やかな音と共に画面にPERFECT!の文字が浮かび上がり、ギャラリーから歓声が上がる。


「Oh!同点でーす!」

「じゃあ引き分けってことで」


 叩き出されたスコアはハイスコアとして登録され、2人がゲームの銃を戻すと、ふいに聞き慣れた声がかかった。


「ジョ、ジョディ先生、黒羽君、ひじりお姉ちゃん…」

「どうしたんですか?こんな所で…」

「Oh、毛利さんと鈴木さーん!」


 振り返れば制服のままの蘭と園子、それにコナンまでいて、ジョディがうっかり返事をしたため、高校教師じゃないかとざわつくギャラリーに慌ててジョディが蘭と園子の背を押して人違いだと言いながらその場を離れる。
 ひじりと快斗もそのあとをついて行く。コナンに何でここにいんだよ、という目で見られたがそれはこちらの台詞である。
 ギャラリーの目がなくなった奥の方で足を止め、ジョディが蘭と園子にここにいる理由を話した。


「え~~~放課後毎日このゲーセンに通ってた───!?」

「イエス!日本のゲームはとてもビューティフルでエキサイティング!!もちろんアメリカに入ってくる日本のゲームも大人気!いつもいつも並んでいて順番が回ってきまセーン!だから私、英語教師になったんデース!毎日本場のゲームをエンジョイできるからネー!」


 その通り毎日ゲームをエンジョイしているお陰で、赤井に真面目に仕事をしろと眉間のしわを深められているのだけれど。
 どうやらジョディは学校では今と違ってクールなキャラで授業をしているようで、ギャップに戸惑う園子に問題を起こしたらクビになるためだったと肩を竦め、なのでここで遊んでいたことは内緒にするよう頼んだ。
 するとふいにコナンが手を挙げて視線を集め、笑顔で問う。


「あ、ボク江戸川コナン!ねぇ、ひじり姉ちゃんと快斗兄ちゃんとはどこで知り合ったの?」

「忘れもしまセーン!このカップル、とてもとても親切だったネー!道に迷った私を案内してくれたんデース!」

「で、ゲームが好きだって言うからゲーセンに案内したりして、たまにああして遊ぶようになったってわけ」


 ジョディの言葉に続けて快斗が言い、3人がへぇと声を上げる。ひじりはジョディが英語教師だとは聞いていたけど蘭達の高校だとは知らなかったと付け加えた。


「へぇー…でもさっきの、とってもカッコよかったですよ!」

「そうそう!あ、でも黒羽君はひじりお姉様の彼氏ですから、とっちゃ駄目ですよ!」

「OKOK!もちろんデース!快斗君がひじりしか見てないのは見れば分かりますからー」


 からからとジョディが笑ってばしばし快斗の背を叩き、ふと「オネエサマ?」と首を傾げる。姉妹ですかー?と園子と交互に見られて不思議そうな顔をされ、ひじりがただのあだ名のようなものですと返そうとすれば、園子が満面の笑みを浮かべてひじりの腕に絡みついた。


「血は繋がってないけど、わたしの姉みたいな人なんです!あ、蘭もそうですよ。ひじりお姉様の幼馴染だし」

「幼馴染!素敵ですねー!」


 ジョディの裏のない笑顔に蘭も照れたように笑って頷く。ひじりは蘭と園子の頭を撫でていた。


「そうだ毛利さん鈴木さん!よければ一緒に遊びませんかー?」

「え、いいんですか?」

「Yes!もっとエキサイティングなゲーム、やってみますかー?今、No.1のファイティングゲーム!」


 ああ、あれか。
 ジョディに連れられ一台の筐体の前に行くと、蘭がタイトルを見て首を傾げる。


「グレートファイタースピリット?」

「まぁ座って座って!」


 蘭を席に座らせたジョディがコインを入れ、ヘッドギアをつけさせる。四肢を固定されて戸惑う蘭に大丈夫と肩を叩いてやった。

 ひじりもこれをプレイしたことがあるが、なかなか難しい。
 実戦さながらの格闘ゲームだが所詮はゲーム。大振りな動作は必要としないので、テクニックさえあれば自分より大柄な相手に勝つことだって難しくはないため、逆に初心者では慣れた人間には到底勝てない。最初はひじりもジョディ相手に負けてばかりだった。

 ゲームが始まり、戸惑っているうちに一撃を食らった蘭だったが、すぐに呼吸を整え空手技で敵を打ちのめした。大振りではあるが確実に相手を仕留め、カンカンカンと試合終了のゴングが鳴ってYOU WINと文字が浮かぶ。
 まずは一勝目。そして二戦目に入ろうとしたところで、ふいに画面が変わり誰かが入って来た。


「乱入ね…他のプレイヤーがあなたにチャレンジしてきたの。気をつけて。He is terrific…凄腕よ」


 反対側の壁の方に据えられた、同機種の筐体に座った金髪の男が不敵な笑みを浮かべる。
 蘭は真剣な顔で向かうが、所詮は初心者。満足な反撃もできずすぐに負けてしまった。
 悔しそうに歯噛みする蘭に対戦相手だった男が立ち上がってやって来てそこをどけと威圧的な笑みを浮かべるが、気の強い園子はリベンジするように蘭に言い、しかしそれをコイン回収に来た店員の男が無理っスよと切り捨てる。
 あの男は単純なパンチやキックだけでなく、両手の握りについたボタンを駆使して強烈なコンボを繰り出してくる。
 それに今日初めてプレイする蘭が勝てるはずがない。園子は納得いかなさそうだったが、男に急き立てられたのもあり、とても勝てそうにないので諦めた蘭が立ち上がって席を譲る。


「む~~~!お姉様、叩きのめしちゃってくださいよあんな奴!」

「ゲームじゃ無理」


 実戦でならいけると思う。と物騒な言葉は呑み込んであっさり首を横に振れば、次に園子は快斗へ目を向けた。しかし快斗も実践でならいけると思う、とひじりと同じことを思いながら苦笑して首を振る。
 園子はムカツクーとぼやくが、ここはゲームセンター。ガラの悪い人間がたむろしていてもおかしくはない場所だ。

 そこへ今度は黒髪痩身の男が現れた。金髪の男同様、この男もかなりの凄腕だ。
 金髪の男が黒髪の男へ待ってたぜと声をかけバトルするよう誘う。だが黒髪の男はゆっくりと煙草をふかした。穏やかではない雰囲気を纏う凄腕2人にギャラリーがざわめき、ひじりは相変わらず穏やかではないなと黒髪の男を一瞥した。
 表立って喧嘩はしないがこの2人、というか黒髪の男は隠しつつも常に金髪の男に不穏な感情を向けている。だが今日はどこかむしろ凪いでいるような気がする。が、赤の他人にさしたる興味はないので流した。


「ねぇ、こんな所もう出ようよジョディ先生…ね、ひじりお姉ちゃん、黒羽君」

「Why?」

「そうそう、ゲーセンなら他にもいっぱいあるし」


 不穏な気配を敏感に感じ取ってここを離れたがる蘭と園子に、しかしジョディはじゃあ最後にこれだけと言って金髪の男の隣にあるレーシングゲームを指差した。
 蘭と園子はため息をついたが、ゲームを始めたジョディがぶっちぎりで突き放していくのを見て歓声を上げる。


「わーすごいすごいぶっちぎり!」

「これ、ハイスコア出ちゃうんじゃない?」


 園子がはしゃぎ、蘭が期待に笑みを浮かべる。
 ジョディがプレイしているのは先程ひじりと対戦したものとは違うものだが、このままいけば以前ジョディ自身が叩き出したハイスコアを塗り替えるだろう。


『FIGHT!』


 ふいにカン!とゴングが鳴って金髪と黒髪の男達とのバトルが始まる。
 ひじりと快斗はプレイ画面が流れる大きなモニターに目をやり、2人のバトルを眺めた。






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