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 話は進み、蒲田が自殺をした可能性が浮上したようで、蒲田の車を調べに数人が体育館を出て行った。
 気づけば雨が降っている。事件は起こるし劇は中止になるしおまけに雨。お祭りムードは台無しだろう。これではかなり気合いを入れていた園子ががっくりと肩を落としているかもしれない。
 それに、黒衣の騎士が本当に新出なのかも気になる。


「快斗、私ちょっと園子のところ行って来る」

「あ、オレも行きます」


 そうして連れ立ってステージ裏に向かった2人は、後でこの行動を後悔することになる。





□ 帝丹高校学園祭 2 □





「は!?黒衣の騎士が工藤!?」


 快斗の驚愕の声に、園子はそうよと笑顔で頷く。
 何でも劇の途中で新一が現れたため、蘭のためにひと肌脱ごうと急遽新出と役を代えさせたらしいが、ひじりは最後まで聞かずすぐさま踵を返した。
 慌てて後ろを快斗がついて来る。人混みを掻き分けて現場近くに戻っていると、ふいに静かな聞き慣れた声が耳朶を打った。


「いや…これは自殺じゃない。極めて単純かつ初歩的な殺人です」


 ああ、やっぱり黙っていられなかった。
 思わずため息をつきかけている間にも声は続く。


「そう、蒲田さんは毒殺されたんだ。暗闇に浮かび上がった舞台の前で。常日頃からもっている、他愛もない自らの嗜好を利用されて…。しかも犯人は、その証拠を今もなお所持しているはず───」


 表舞台に上がろうと仮面に手をかけるその様子が、ちょうど人混みを掻き分けて辿り着いたひじりの視界に映った。


「僕の導き出した、この白刃を踏むかのような大胆な犯行が─── 真実だとしたらね」


 新一、後で説教決定。
 懸念通り素顔を晒してしまった新一に目を細め、本物の工藤新一を見て騒ぐ周囲をよそに快斗と揃ってため息をついた。
 蘭が新一とコナンとを見比べ驚いている。平次も同様だ。


ひじりさん、これ…どうします?」

「もう顔を出しちゃったならしょうがない。事件もすぐに解決するだろうし、その後で周囲に口止めをするしかないだろうね」


 快斗が頭を抱え、ひじりが無表情に呆れの色を乗せて話しているうちにさっさと新一が犯人を断定する。
 トリックを暴いて追い詰め、犯行を認めた犯人と目暮達が去って行くのを見送り、ひじりは久しぶりに見上げることになった新一の背を思いっきり叩いた。


「いでっ!」

「何をしてるのかな…?」

「げっ」

「おい工藤、お前何でそんな格好してんだよ」


 ひじりの顔を見てまずいと顔を歪める新一に快斗も詰め寄れば、ふいに快斗の頭から帽子が外された。
 え、と快斗が驚いて目をやると帽子を取ったのは蘭で、蘭は快斗を見て、快斗以上に驚いた顔をすると新一と快斗を交互に見た。


「く、黒羽君!?じゃあ新一、本物!?」

「本物って何だよ、本物って…」

「だって、てっきり黒羽君が新一のふりをしてるのかもって」


 半眼になる新一に蘭が慌てて取り繕い、ほら言った通りだろと快斗が新一を肘でつつく。新一が苦笑すると、ざわざわと周囲がざわめき快斗に集中していることに気づいた。
 ひそひそと新一と快斗を見て囁き合う。そういえば蘭が帽子を取ってしまったから、快斗の顔が晒されているのだ。
 改めて新一と快斗を見比べ、平次も感嘆の息をつく。


「へぇー。ほんまにそっくりやなぁ2人共」

「「似てねぇよ」」


 台詞がハモッてしまったので「まるで双子やな!」と平次が笑い、さらに半眼になって睨むと、慌てて蘭が快斗に帽子を差し出した。


「ご、ごめんね黒羽君!」

「蘭が謝ることじゃないから」

「そうそう。これも全部工藤のせい」

「何でだよ」


 頭を下げる蘭の肩をひじりが叩き、帽子を受け取ってかぶり直しながら快斗が責任転嫁して新一が突っ込む。仲ええなーお前ら、と平次が笑った。
 何だか和やかな空気になったが、ひじりはこれから新一に説教をしなければいけないのだ。
 事件があったためにもう学園祭どころではないので、後は周囲の人間に新一のことを口止めするかと思ったそのとき、急に胸を押さえた新一が急に倒れ込んだのを見てさすがに驚く。


「おい工藤!?工藤!?」

「新一!?」


 倒れ込む新一に平次と蘭が慌てて声をかける。
 ひじりは素早く気を失った新一の体をチェックし、新一がコナンへ戻る様子がないのを見て周囲の生徒に頼み保健室へ運ばせた。おそらくあれは元に戻ったときの一時的なショックだろう。制限時間はまだまだ残っている。
 蘭が不安そうについて行き、他の生徒達も慌ててついて行く。その波に乗って行きそうになった平次の腕を掴んだ。


「何や姉さん、あいつ…!」

「落ち着いて話を聞いて。コナン、ちょっと来て」

「分かってる」


 戸惑う平次をまず落ち着かせ、なぜコナンがいながら新一がいるのかの説明をし、平次に頼んで周囲への口止めをさせたひじりは、快斗と平次と共に保健室へと駆け出して行った。






 新一がコナンになることなく目を覚まし、事件後の処理でてんやわんやしてごたごたばたばたと慌ただしく帰宅したあと。
 ひじりは頭に大きなたんこぶをふたつこさえた新一を工藤邸リビングの床に正座させ、正面のソファに座り足と腕を組んで冷ややかな目で見下ろしていた。


「で?何か言いたいことは?」

「すみません軽率でした…」

「舞台の上でこっそり会う約束だったのに何で黒衣の騎士になってしかも事件が起こったからって表に出るかなこのバカ」


 ゴスッともう一度拳骨を落とすと、たんこぶをもうひとつ増やした新一が声にならない呻きを上げて悶える。
 頭をさすり涙目で見上げてくる新一にはっきりとため息をついてみせた。


「服部君が口止めしたとは言え、人の口に戸は立てられない。組織に知られたらどうするつもりだったの?」

「ごめんなさい……やっぱりマズったかなぁ?」

「……やってしまったことは仕方ない。事が落ち着くまでは精々大人しくしてること。分かった?」

「ハイ。スミマセンデシタ」


 素直に頷いた新一にしかし期待しないでため息をもうひとつつき、説教は終わりだと立ち上がる。解放されてほっと息をついた新一が足を崩した。


「ご飯、今日は博士の家で食べて行きなよ」

「あ、ああ」


 新一がいなくなり、蘭達と定期的に家の掃除をしていたが当然冷蔵庫には何も入っていない。布団は定期的に干しているので、寝るのは問題ないだろう。


「なぁ、ひじりはこっちに帰ってこねぇのか?」

「私はともかく、猫の家をぽんぽん変えたらストレス溜まって病気になるからそのつもりはないよ」

「えー」

「博士と哀を残すのも気が引けるしね」


 それに、明日には薬の効力が切れる予定だし。とは言わない。


「オレより博士と灰原の方が大切だってのかよー」

「無鉄砲な考え無しのどこかの誰かさんよりかはね」

「わ、悪かったって…」

「それについてはもういいよ、諦めてるから」


 説教しても大して聞きやしないことはもう分かっている。それが新一の短所であり長所でもあるのだから。
 はてさて、いったいこれからどうなるのか。



 帝丹高校学園祭編 end.



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