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 蘭とコナンの血液型が一致し、手術開始となって数時間後。
 手術中と灯っていたランプが消え、手術室から医師が出て来てコナンの容体が伝えられる。
 早くに止血がされてあったことで出血多量にならずに済み主要臓器に損傷はなく、もう命に別状はないと説明がなされ、一同はほっと大きく安堵の息をついた。

 コナンが看護師達の手によって病室へ運ばれて行く。
 哀がそれを見てひと足先に病院を去り、医師に詳しい説明を聞く蘭と小五郎の後ろで、ひじりは良かったと言い合う子供達をひやりとした目で見下ろしていた。





□ 命がけの復活 6 □





「元太、歩美、光彦。来なさい」


 医師達が去り安堵に包まれた白い廊下に、キンと空気を凍らせるような冷たい声が響いて、子供達は一斉に動きを止めると恐る恐る振り返った。
 思い出したのだろう、逃げおおせた後に待っているコナン曰く「すっげぇ怖い」説教のことを。
 揃って見上げてくる顔を静かに見下ろしながら、ひじりは淡々と努めて訊く。


「君達、快斗の言うことを聞かなかったみたいだけど、本当?」

「…ほ、本当…です」

「どうして言うことを聞かなかったの?」

「だ、だってよ、お宝があるかもって、思ったから…」

「ちょっとくらい、いいかなって思って……快斗お兄さん優しいし、わがままくらい、その…許してくれるかなって…」


 元太と歩美の言い分に、ぴくりとひじりの眉が跳ね上がり、それを見た蘭は、ひじりがひどく怒っているのを悟って一歩後退った。
 すっとひじりが息を吸う。


「何を考えているの!!!」

「!!」


 普段のひじりからは考えられない鋭い怒声に、子供達だけでなく蘭も快斗もびくりと身を竦ませた。


「あなた達のその身勝手さが、今回のようにコナンを死ぬかもしれないな目に遭わせたと本当に分かってる!?好奇心旺盛なのは結構!でも、目先の欲に囚われ他人の忠告を聞けないようなわがままが、今回の事態を引き起こしたと自覚なさい!!」


 快斗も蘭も小五郎も博士も、誰もひじりを止められなかった。
 ここまで声を荒げたのは何年振りか、ひじりにすら分からない。それでも、泣かせてでも子供達には言い聞かせなければいけないことだった。


「元太、歩美、光彦。君達は何?」

「な、何って…」

「しょ、少年…探偵団、です…」

「曲がりなりにも探偵を名乗るのなら、相応の力と能力を身につけてから行動に移しなさい。君達、今回何ができた?3人だけであの男達から逃げおおせることができたと、本当にそう思う?」

「……」


 子供達は3人共答えきれず俯く。
 子供の体で、足りない知識で、鍛えられているわけでもない彼らは武器を何も持たず、ただの足手纏いにしかならなかった。それ以前に快斗の制止を振り切りさえしなければ男達と鉢合わせすることもなく、コナンも撃たれずあの鍾乳洞から出られたはずだ。


「今回はコナンが撃たれたけど、もしかしたら君達が撃たれてもおかしくはなかった。そして、もし快斗が撃たれたのだとしたら、どうなったと思う?君達に快斗を運べる?コナンが庇わなければ、君達を庇った快斗は間違いなく殺されていた。他の誰でもない君達が、快斗を、そしてコナンを殺すところだったと、自覚しなさい」


 ひとつひとつ強調しながら言い聞かせると、3人の目にじわりと涙が浮かぶ。自分達のわがままが、とんでもない結果を引き起こすところだったとようやく理解したのだろう。
 好奇心は猫を殺す。コナンが庇ったため快斗は助かり、結果的にコナンも助かったが、頭を撃たれていれば間違いなく死んでいた。その命と責任の重さを、酷だと思いながらも小さな肩にのせて自覚させる必要がある。子供達が“探偵”を名乗るのなら。


「ご、ごめ、なさっ…」

「オレが悪かっ…ううっ」

「コ、コナン君も、快斗さんも、ボ、ボク達の、せいで…すみ、ませ…」


 今にも溢れそうな涙を目に溜め、必死に耐えながら3人は切れ切れに謝罪を口にする。
 ひじりは細く息を吐き出した。腰を屈めて3人と合わせた視線から感情は読み取れないが、冷たくはなかった。


「ひとの忠告に耳を傾けないのは、愚か者…バカのすること。君達は聞く耳を持たないバカなの?」

「……」

「答えなさい。君達はバカなまま、また同じことを繰り返す気?」


 ひじりの問いに、子供達はゆるゆると首を振った。


「なら、次からはどうすればいいか、分かる?」

「……快斗さんの言うことを…いえ、皆さんの言うことを、ちゃんと聞きます」

「オレも、もう勝手なことはしません…」

「もう同じようなことはしません…本当に…ごめんなさい」


 ごめんなさい、と弱々しい声で言って頭を下げたまま俯く子供達を見下ろし、息をついたひじりは両腕を上げた。
 叩かれると思ったのか、子供達がびくりと身を竦めて固く目を閉じる。しかしひじりは叩くのではなく、両腕で3人を引き寄せると優しく撫でた。


「─── 怪我がなくて、本当に良かった」


 囁かれた優しい声音に、子供達はぐしゃりと顔を歪め、次いで声を上げて泣き出した。
 ひじりにしがみついて泣き声を上げる。本当はとても怖かったのだと、ごめんなさいと、もうしないと泣く子供達1人1人の頭をひじりは優しく叩いた。


「「「ごめんなさいぃい~~~~!!!」」」

「…反省すればそれでよろしい」


 泣きじゃくる子供達に冷静に対処するひじりに、快斗が長く安堵の息を吐き出した。






 赤く目を腫らした子供達を博士が家まで送り、小五郎は一度家に戻ったが蘭はコナンを夜通し看ると言って病院に留まった。
 ひじりも帰ろうとしたのだが何となく帰る気になれず、じゃあオレの家に来ますか、と快斗に誘われたので甘えることにした。
 夜道を2人、バイクに乗らず手を繋いで歩く。


「あんなひじりさん、オレ初めて見ました」

「私もあれだけ怒ったのは随分久しぶりかな」


 たまにコナンに説教はしているが、今まであんなに声を荒げたことはなかった。


「それだけあの子達が大切ってことですか?」

「……正直なところ、半分が快斗が危ない目に遭うところだったっていうことに対する怒りかな」

「オレを庇ったコナンについては?」

「褒めたい気持ちが8割叱りたい気持ちが2割」


 コナンはちゃんと快斗の忠告を聞き入れていたようだし、叱るとしたら鍾乳洞に入るきっかけとなった、余計なことを言って子供達を煽ったことだ。
 しかしコナンが凶弾から庇わなければおそらく快斗が撃たれ、最悪殺されてしまっただろう。そう考えれば、よくやったと褒めたい気持ちではある。
 そんな微妙に複雑な感情を、ひじりは八つ当たりすることで発散する。


「あの男もっと痛めつければよかったか…」

ひじりさん落ち着いて」



 冷たく地を這うようなおどろおどろしい声で物騒なことを呟くひじりの肩を慌てて快斗が叩く。
 自分が死にそうな目に遭ったのに何を呑気な、とひじりが不満を滲ませた顔で見上げると、快斗はにっこり笑って「大丈夫」と口を開いた。


「言いましたよね、オレが死ぬのはひじりさんの傍だって。だから絶対にオレは死にませんでしたよ、あのとき撃たれても」


 あまりにもさも当然のような顔をして疑いのかけらひとつない声音でそう言い切られたから、ひじりは返す言葉をなくした。
 ぽかんと見つめれば笑顔のままの快斗が顔を近づけ、唇にひとつキスが落ちる。頬を薄く紅に染めて、快斗はそうでしょ?と笑った。


「そう…だね」

「そうです」


 半ば呆然としながら頷けば、快斗ににっこりと念を押される。
 そうだね。今度はしっかり頷き、握る手に力をこめた。


「それにしても快斗、やっぱり護身用に改造銃のひとつでも持ちたくない?」

「持ちたい。トランプ銃は持ってるけど、それを使ったとこを工藤に見られて、キッドと見破られたくないし…」


 銃に頼りきることはよくないことだが、今回のように相手が銃を持っていてこちらが丸腰では相手にするのは難しい。今回は体術もろくにできていない素人だからよかったものの、3人が手練れだったら倒すのは難しかったかもしれない。
 快斗の返事を聞いて、だよねと短く返したひじりは、赤井に頼んで練習用銃を2丁もらおうかと本気で考えた。






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