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 警察と救急車を呼び、現地の人間に鍾乳洞についての話を聞くとやはり出口があるようで、快斗達や男を殺した犯人も出て来るだろうと目暮に進言し、佐藤と高木を始めとした警官数人を入口から突入させ、残ったメンバーで出口へ来ると、ひじりは出口の傍で瞼を閉ざし鍾乳洞の奥から響いてくる物音に耳を澄ませていた。


(─── 来る)


 いくつかの気配と、足音。
 それらが近づいて来るのが確かに聞こえた瞬間、ひじりは唐突に駆け出して目暮が制止するのも聞かず出口から鍾乳洞へと入って行った。





□ 命がけの復活 5 □





 光彦達がひとつずつ端から行ってみようと言うのを制止し、快斗は後ろを振り返った。殺気が近づいて来ている。足音も聞こえるし、時間はない。


「左の道を走れ、そこが出口だ!」

「な、何で分かるんですか?」

「ここから出たらゆっくり教えてやる!とにかく走れ!


 快斗の声に押されて子供達が駆け出す。
 左の唯一の道へ入ると、姿は見られなかったが道から漏れるライトの光と複数の足音のせいで、どの道を行ったのかがバレてしまった。


「待ててめぇら!ぶっ殺してやる!!」


 後ろから怒声が響き、子供達がひぃっと短く悲鳴を上げる。
 子供の足と大人の足。快斗だけならば逃げられるだろうが、子供達はそうはいかない。瞬時に判断した快斗はコナンを元太に預けて足を止め、迫り来る男達と向かい合った。


「に、兄ちゃん!」

「いいから先に行け!!」


 元太がこちらを気にしながらも駆け出したのを見送り、快斗から離れた所で男達が足を止める。
 カッパ顔、おかっぱ頭、デカ顎。失礼なあだ名を心の中でつけて睨みつければ、リーダーのデカ顎がフンと鼻を鳴らして笑った。


「『いいから先に行け』…とは、正義のヒーローにでもなったつもりか?」

「ケケケッ…バカ言ってんじゃねぇよ。オレはヒーローでも義賊でも悪党でもない、ただの一般男子高校生だ。でもまぁついでに言わせてもらうぜ?『ここから先は一歩も通させねぇ』…ってよ」

「こっちは3人、しかも拳銃を持ってるんだぞ。余程死にたいらしい」


 デカ顎がにやりと笑って懐から取り出した拳銃の先を快斗に向ける。おかっぱ頭とカッパ顔もそれぞれ拳銃を取り出し、向けられる3人分の殺気にさすがに冷や汗を垂らした。

 こちらは1人、向こうは3人。しかも拳銃を持っていて、快斗は殆ど丸腰だ。
 弾丸を避けることはできる。だがここは高さも然程なく隠れる場所も少ない鍾乳洞の拓けた場所。そこで3人相手となれば難しい。だが、快斗は怯えた顔ひとつ見せずに笑っていた。


(ポーカーフェイスを忘れるな。…だったな、親父)


 たとえどんなに危機的状況であっても、それを相手に読まれ悟られてはいけない。
 ─── そして、逆もまた然り。


「死ね───」


 デカ顎が冷たく笑いながら引き金に指をかけ、それが引かれる瞬間、ひゅっと風を切って快斗の横を何かが通り過ぎた。
 その何かは小さな機械音を響かせるブーツを躊躇いなくデカ顎の腹に入れ、ドガッ!!!と鈍い音を響かせて男を地面に転がした。


「な!?」

「何だ!?」



 拳銃を落とし、デカ顎がしたたかに地面に叩きつけられ、突然の闖入者におかっぱ頭とカッパ顔が狼狽える。
 快斗は軽やかに隣へ立った女に笑みを向けた。


「助かりました。ナイスタイミング、ひじりさん」

「快斗、コナンを撃ったのは誰」

「あのおかっぱ頭です」


 冷たい問いに素直に答えておかっぱ頭を差せば、そう、と短く返される。同時に腹を蹴られて倒れ込んだデカ顎がふらふらと立ち上がり、血走った目で何だてめぇ!と怒鳴りつけてきた。だがひじりも快斗もひるまない。
 1人増えて3対2。数的にはまだ劣勢だが、もう問題は一切無くなった。

 快斗は浮かべた笑みを変えないまま、ひじりと同時に駆け出してカッパ顔へと向かった。
 ひじりは一足飛びで再びデカ顎の懐に入り、拳銃を拾おうとしたその手を勢いよく踏みつけ、逆の足で思い切り顎を蹴り上げる。ゴスッ!と嫌な音がし、次いでなすすべなく転がった男の鳩尾に鉄板が仕込まれた爪先を思いきり叩き込んだ。デカ顎の男は呻き声ひとつ上げずにあっさりと失神し、ばたりと地面に背中をつける。
 相変わらず容赦がないと内心苦笑する快斗は、同じく一足で間合いに入ったカッパ頭が撃つ前に拳銃を持つ右手の手首掴んで引き寄せ、遠心力を使って地面に引き倒すと手を離し、先程ひじりが隣に立ったときに渡されたペン型スタンガンの強ボタンを押して背中に押しつけた。シャツ越しではあったが威力は十分あったようで、カッパ顔がびくんと大きく痙攣し白目を剥いて気絶する。


「…え、え…?」


 あっという間に左右にいた2人が倒され、残ったおかっぱ頭が状況を把握できずに狼狽える。
 ゆらりと立ち上がった快斗の顔には笑顔が貼りつき、対してひじりの顔はまさしく人形のような無表情。
 おかっぱ頭が快斗とひじりにそれぞれ交互に銃口を向けるが、恐怖からか揺れていて照準が定まっていない。可哀相なくらい顔色は真っ青だが、暗いのでよく判らないということにしておこう。


「く、来るなぁあああ!」


 引き攣った声を上げておかっぱ男が拳銃を乱射するが、それを避けるのは容易い。
 全弾丸を撃ち終わり、カチンカチンと鈍い音を立てるだけのそれに目を見開いている隙に、ひじりと快斗は同時に駆け出していた。


「ひっ───」


 ドゴッ!!!


 男の恐怖に引き攣ったその顔へ、左右同時に鋭い蹴りが叩き込まれた。
 手加減はしたから精々気絶程度で、足を戻せばおかっぱ男は顔をへこませたまま倒れ込みぴくりとも動かなくなる。物理的ショックでは男達の中では一番軽かっただろうが、植えつけられた恐怖は比べるまでもないだろう。

 ふいに出口側がカッと光って目暮が「警察だ!!」と叫ぶがもう終わらせている。
 快斗は懐からマジック用の短い紐をいくつか取り出し、ひじりと共に男達の指と手首を抵抗すればするほど食い込むよう縛っていた。
 既に全てが終わっている光景に目暮がぽかんと口を開き、入口の方から佐藤や高木を始めとした警官が何人かやって来るのが見えて、2人は呑気に手を振る。佐藤が駆けつけ地面に縛られて転がる男達を見て目を瞠った。


「これ…あなた達が?」

「ええ、何とかうまくいきました」

「手応えがなさすぎでした」


 ひじりが無表情ながらさらりと呟いた通り、確かに赤井と比べれば比べるのが失礼なほどではあった。彼らは拳銃に頼って体術が疎かであったし、急な展開にも冷静に対応できずにいた。
 3人の男達を警官に引き渡し、報復を終えて出口へ戻ってコナンのことを訊けば、どうやら先に救急車で病院へ運ばれて行ったようだ。


「ワシらもすぐ駆けつけようと思うんじゃが、2人はどうする?」

「行きます。すみません目暮警部、事情聴取は明日でもよろしいですね?コナンが心配なので病院へ行きます」

「う、うむ、そうだな」


 何やら頬を引き攣らせている目暮にひじりが小さく首を傾げる。
 ひじりと快斗が2人だけで、しかも相手は拳銃を持っているのにこちらは丸腰で男3人を倒したのが信じられないのだろう。正確には丸腰というわけではなかったがわざわざ説明はせず、目暮の心境を分かって快斗は内心苦笑しながらも何も言わず、ひじりも興味を失ったようでさっさと背を向けて近くに停めたバイクに駆け寄った。快斗が博士を振り返る。


「博士、コナンはどこに?」

「米花総合病院へ運ぶと言っておった。止血がされておったから出血量は多くなかったようじゃが、それでも撃たれた場所が場所で危険らしい。病院で手術をする必要があると言っておったよ」

「…分かった」


 頷き、快斗は踵を返してバイクの後ろに座るひじりへ病院名とコナンの容体を伝えてヘルメットをかぶる。同じくヘルメットをかぶったひじりは分かったとただひと言返し、バイクに跨った快斗はエンジンをかけると発進した。






 ひじりと快斗が病院に着き、遅れて博士や子供達を乗せたビートルが着く。そして小五郎と蘭が駆けつけ、博士が小五郎に手術をする必要があると説明をし、蘭がコナンに付き添った。
 その間、小五郎へ博士と共に説明をするのではなく、コナンに付き添うのでもなく快斗の説明をひじりは求めた。
 鍾乳洞で何があったのか。それを快斗が話し終えると、ちょうど手術室へ入るためにコナンが運ばれて来て蘭が声をかけていた。


「先生大変です!」


 しかしコナンが手術室へ入る直前、血相を変えた看護師が駆け寄り、前の患者の手術でコナンと同じ血液型の保存血を使ってしまい、在庫が殆どないと告げる。
 そのことに医師も顔色を変え、今から血液センターに発注しても間に合わないとこぼし、それを聞いていた蘭がおもむろに口を開いた。


「あの…わたしの血でよかったら。
 ─── わたしもこの子と同じ血液型ですから」


 快斗がそうなのかとひじりの方を振り返れば、彼女は無表情に、だがどこか厳しい目で蘭とコナンを見ていた。
 ひじりが快斗の視線に気づいて一度目を合わせ、すぐに2人へ戻してぽつりと呟く。


「蘭がコナンの血液型を知っているはずがない」


 それはつまり、蘭がコナンの正体が新一であると気づいているという証拠だ。
 快斗が思わず蘭を凝視すれば、蘭は一応調べてくださいと言って看護師と共に採血室へと駆けて行った。
 暫くして血液が確保され、医師が指示を出してコナンを手術室へ運ぶ。

 蘭がコナンの正体に気づいているのかどうか。

 そんなことより今は、ただコナンの手術の成功を祈った。






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