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 快斗が子供達と共に森へ入って随分経つ。
 枝を拾うのに時間がかかったとしても、子供4人に大人1人。ここまで時間がかかるものではないはずだが。
 ひじりが腕時計を見て軽く首を傾げると、哀も5人が消えて行った林の方を横目に見て呟いた。


「ねぇ…いくら何でも遅すぎると思わない?」

「ケータイには何もなし…バッジは?」

「応答がないわね」


 となると、何かあったのか。
 ひじりはちょっと見て来ると博士と哀に言い残して森へ駆け出した。





□ 命がけの復活 4 □





 ひじりが森へ向かうとすぐ後ろを哀がついて来て、そのあとを慌てて博士が追って来る。
 博士がみんなを呼ぶ声を聞きながら、子供達の足ではそう遠くへは行かないだろうとひじりは辺りへ目を走らせた。すると大きな洞窟のようなものがぽっかりと大口を開けているのが見えて、そちらに駆け寄ると薪が5人分並んでいることも判る。


「博士、哀、こっち」

「ん?」

「何か見つけたの?」


 ひじりが呼べば博士と哀がこちらへ来て、地面に並べられた5人分の薪を指差して示す。
 中を覗きこんでみると、どうやら鍾乳洞のようだ。中は暗く、舗装もされていない。何より看板の「入るなキケン」の文字。


「まさかあの子ら、この鍾乳洞の中に…」

「まったく、快斗君がついていながら」


 博士と哀の会話をよそに、入口の傍に置かれた石に気づいて文字を読んでみる。
 石全体に大きく彫られた“と”の文字に“至福の光”。もしかすると宝が隠されているのではと子供達が騒ぎ、入ってしまったのだろうか。
 だが、快斗ならこんなにも遅くまで連れ回さないはず。ひじりは躊躇いなくロープを跨いで中へ入った。


ひじり君!?」

「考えてもみて博士。工藤君や快斗君がついていながらまだ戻って来ていないってことは…中で何かあったのかもしれないわ」

「ええっ!?」

「私達も行くわよ」


 ひじりに続いて哀と博士も入る。
 腕時計のライトを点けて足元を照らしながら奥へ進み、ひじりは角の近くで何かが反射して足を止めた。ライトをそちらへ向ければ黒縁の眼鏡が落ちているのが判る。眼鏡を拾い、傍の石についた血に目を細めた。
 哀が駆け寄って来たので眼鏡を渡す。血を指で拭えばまだ乾いていない。


「この眼鏡、工藤君のよね…?」

「じゃあやっぱり、この中で迷ってるんじゃ…」


 その可能性はあるが、本当にそれだけだろうか。子供達だけならまだしも、快斗がいるのだから迷う前に鍾乳洞を出るはずだ。それにこの血。
 慌てて駆け出そうとした博士を眼鏡をかけて追跡機能のスイッチを入れた哀が止め、傍に何かがたくさん落ちていると聞いて見回してみると、確かに何かがあった。博士も気づいたようでライトを照らしたそれを手に取る。


「こ、これはボタン型発信機!」

「触らないで!何かの形になっているみたいよ」

「哀、何の形?」

「これは─── 110…110番?」


 警察を呼べということか。
 ひじりは近くの角を曲がって道の先を見ると、端に額を撃ち抜かれた男の死体があるのを見て大体の状況を把握した。おそらく快斗と子供達は、この鍾乳洞内で誰かがこの男を殺すか死体を隠すかをするところを見てしまったのだろう。
 額の傷から相手が銃を持っていることが判る。そして、誰かが撃たれた。血のついていた位置は低かったから子供の誰か。


(快斗がついていながら、どうしてこんなことに…?)


 ひじりと同じように、快斗も殺気や不穏な気配には敏感になっているはずだ。なのに誰かが撃たれ、奥へ逃げることしかできない状況に陥っているわけとは。
 ─── 子供達か。コナン以外のあの3人が、止める快斗を振り切ったとしか考えられない。もし快斗が気づかずにいたのなら、赤井と共に根本から鍛え直さなければ。

 だが、今は真偽を考えるべきではない。
 警察を呼ばなければいけない事態で、快斗達は奥へ進んでいる。誰かが撃たれたと推測できるから、救急車も呼んで早く合流しないと危ない。


「博士、すぐに警察と救急車を。私は現地の人に話を聞いてくる。出口があるなら、きっと快斗達はそこを目指しているはず」


 そして快斗達を追い、あの男を殺した者達も出口へ現れる。
 誰が誰を撃ったのかは明らかではない。だが誰であろうと、容赦はしない。
 ひじりの深い黒曜の目に、鋭い光が宿った。






■   ■   ■







 二手に別れる道を進んで暫く経った頃、ひそひそとバッジに囁いていた子供達は、ふいに息を呑んで喋るのをやめた。
 状況を探るためにもスイッチは切らせない。思惑通り男達は左の道へと進んでくれたようで、バッジを通じて男達の会話が聞こえてきた。


『おい、話し声が聞こえなくなったぞ』

『俺らに気づいて慌てて奥へ逃げ込んだんだろ』


 バッジのマイク部分を元太が塞ぎ、光彦と歩美が顔を見合わせて口に指を立てる。
 快斗がたまにコナンの意識があるかを確認しながら歩いていると、道の端にある大きなくぼみに気づいた。
 くぼみには水が溜まっており、そこへ流れ込む細い水路を遡ってライトで照らすと小さな魚がふいに跳ねて、歩美がそちらを見る。


「あ、お魚さん」

うげっ! ……光彦、そいつに目はあるか?」

「はい、あります」

「魚食うのか?」

「んなわけねーだろ」

「アユですかね」


 魚嫌いのためものすごく嫌そうな顔をしながらも快斗が光彦の言う通りアユの目玉があることを確かめると、バッジから口を離して小さな声で訊いてくる元太に小さく突っ込む。

 快斗達はただ逃げ回っているわけではない。
 光のない鍾乳洞の魚に目があり退化していないということは、どこかの川から迷い込んで来たもの。つまり水の流れを逆に辿れば、外へ出られる可能性がある。快斗がそう説明すると、パッと子供3人の顔が明るくなった。


『おいどーなってんだ!?』

『行き止まりじゃねーか!?』



 だがふいに男達の怒声が響き、その表情を一変させる。
 どうやら左の道は行き止まりだったようだ。逆だったなら男達はどんどん先へ行き、気づかれずに入口へ戻れたのだが。
 しかし後悔しても遅い。快斗は元太にバッジのスイッチを切らせ、少し急ぐぞと声をかけて歩く速さを上げた。


「たぶんあいつらは走って追いかけて来る。お前ら小走りになって疲れるだろうが、しっかりついて来い」


 快斗に子供3人が怯えながらも頷く。
 速度を上げることによってコナンを揺らしてしまうが、段々反応が鈍くなっていることを見ると外へ急いだ方がいい。


「コナン、まだ寝るには早いぞ」

「わ、わーってらぁ…」


 返って来る返事も小さく震えている。これは本格的にやばい。
 快斗と子供達が無言で先を急ぐと、アユが入り込んで来た入口が見えた。しかしそれは快斗の身長と同じくらいの高さの壁にあいた穴で、子供どころか赤ん坊でも通ることはできそうにない。


「あんな所からじゃ出られませんよ…」


 思わず一同が足を止め、穴を見て肩を落とす光彦が呟く。歩美も死ぬまで出られないのかと不安そうだ。
 しかし背中からコナンが天井をライトで照らし、それを見た快斗は静かに笑みを浮かべると光彦と歩美の頭を優しく叩いた。


「ガッカリすんのは早いぜ。見ろ、天井から木の根が出てるだろ?これは地表が近い証拠なんだ。もしかしたら出口が傍にあるかもしれない」


 言われて子供達が辺りをライトで照らして見回すが、どこにも出口らしきものはない。ということはまだ先へ進む道があるということ。
 ふと歩美が照らした先に何かがあるのが見え、元太がそこへ駆け寄った。


「た、卵だ!なんかでっけー卵があるぞ!」


 コナンをなるべく揺らさぬよう気をつけて歩美や光彦と共に近寄れば、それは卵ではなく卵型の石だった。
 楕円の石は岩の上にちょこんと乗っており、明らかに自然にできたものではないことが見て取れる。つまり、誰かが何らかの意図があって置いたということ。だが一体何のために。
 そして先には、右に4つ、左に1つの計5つの道。おそらく正解の道はひとつだけで、あとは行き止まりだろう。


「ちょっと見てください!何か文字が彫ってありますよ!」

「見せてみろ。……闇に迷いし者、龍の道に歩を進めよ。さすれば至福の光が汝を照らさん…」


 入口に彫ってあった文と殆ど変わらない。
 闇に迷いし者、龍の道、至福の光。そして入口の妙な形の石に刻まれた大きな“と”の文字。


(待てよこれ───)


 まさか、“至福の光”とは宝のことではなく───


「キャアアァアア!!」


 答えを弾き出そうとした瞬間、歩美の悲鳴が響いて思考が引き千切られた。


「何が…!コウモリ?」


 歩美が照らす先、天井にはびっしりとコウモリがぶら下がっていて、ばさりと翼を広げるとこちらへ襲い掛かって来た。
 驚き無数のコウモリに襲われて恐怖の悲鳴を上げる子供達の声を聞きながら、コナンを庇っていた快斗は「お前ら動くなよ!」と言うと足元の石を拾って離れた所へ投げた。
 コウモリが子供達から石へと標的を変えてそちらへ飛びかかる。洞窟に棲むコウモリは昆虫を食べて生きている。だから小さなものの動きや音に敏感に反応するのだ。


「怪我はねーな?」

「あ…ありがとう、快斗お兄さん」

「へ、変なもの見つけないでくださいよ歩美ちゃん」


 光彦の控えめな文句にだってー…と歩美が反論しようとするが、快斗は腰を屈めて歩美と視線を合わせ、大きな目に浮かぶ涙を優しく拭いながら笑ってお手柄だと褒めた。


「洞窟のコウモリは出入口から300m以内の所にしか生息しないんだ。つまり、オレ達が目指す出口はもう目と鼻の先…たぶんこれらの道のどれかが、出口に続いてる」


 快斗の希望に満ちた言葉に、子供達の顔にパッと笑顔が広がった。それを見て、5つに別れた道を振り返る。正解はひとつ。男達は先程の悲鳴を聞いただろうから、おそらくもう考える時間は殆どない。


「おい黒羽、オメー、出口分かるか…?」

「ああ、おそらくそれは“龍の道”だ。“至福の光”とは宝ではなく出口の光のこと」

「キーワードは入口の石に大きく彫られた“と”の字…」

「もう喋るな。オレが考える」


 有無を言わせぬ口調でコナンの口を閉ざし、冷静な頭で考える。
 キーワードはコナンが言った通り“と”の字と“龍の道”、そして卵型の石。
 “と”“龍”“卵”、そして入口に置かれた石の形は。


(─── そうか!)






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