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 武器はない。持っている物は携帯電話にライト付の腕時計と、最低限のマジック道具だけ。煙幕すら今はない。ジンやウォッカと対峙したときには身につけていた防弾チョッキも、今着ているはずがなく。
 鋭く目を細めた快斗は、ああくそこの野郎と内心で悪態をついた。
 避ければ子供達に当たる。ならばこの身を囮にするしかないではないか。


「お前達、走って入口へ戻れ!早く!!!」

「黒羽、危ねぇ!!」


 怒鳴るように子供達に言うと同時、拳銃が自分に向けられたのを見て腹に力を入れた快斗は、しかし引き金が引かれて銃声が聞こえるまでの刹那に足元から衝撃を食らって倒れ込む。慌てて受け身を取って身を起こすと、コナンが腹を押さえて倒れ込んでいるのを見て大きく目を見開いた。





□ 命がけの復活 3 □





「工藤!?お前何して…!」

「てめっ、やっぱ気づいて…」


 思わず工藤と呼んで抱き起こせばコナンが苦く笑う。
 奥から響く足音に我に返り、おかっぱ男の気が逸れたのを逃さず快斗は茫然とした子供達を纏めて岩の陰へ押し込んだ。腕時計のライトを素早く切らせ、悲鳴を上げそうな歩美の口を塞ぎ気配を殺して様子を窺う。


「おい、どーした?」

「ガキだ!ガキに見られた!!」

「おいおい、親が一緒に来てんじゃねーのか?」

「いや…ガキが4人と、高校生くらいの野郎が1人だけだったよ」

「くそっ!ついてねーな…銀行強盗やりゃー仲間の1人がツラ見られるし…」

「そいつをバラしてここに隠せば足はつかねーと思ったら、今度はガキか」


 男は3人。話の内容から察するに、今朝ニュースでやっていた銀行強盗の犯人達だろう。仲間の1人を殺して捨てようとしたところを元太が見てしまったというわけか。


「おい、高校生くらいの野郎ならケータイ持ってんじゃねーのか?」

「大丈夫だろ、この中は圏外。それにガキが足手纏いになってすぐにはそう遠くへ行けねーよ」


 男達が言葉を交わしているとリーダー格らしき男が呑気なこと言ってないでガキを捜せと言い、見つけたらこの鍾乳洞で永遠に眠ってもらうと拳銃を構える。それはもちろん、その銃で5人を殺すという意味だ。
 息を呑んだ子供達と共に岩陰に潜んでいると、おかっぱ男は入口へ、他の2人は周辺を捜すと言ってこの場から離れて行く。それを見送り、快斗はコナンから探偵バッジを借りてスイッチを入れた。


「哀聞こえるか?哀?ひじりさん、聞こえますか!?応答してください!」


 何度か呼ぶが返答はなく。電池が切れているか気づいていないのだろう。そういえば哀はバッジをリュックにつけたままにしていたような。あの状態で気づくのは難しいかもしれない。
 となると、外へ助けが呼べない。快斗が苛立ちのままに舌を打つと、元太が青い顔で口を開いた。


「な、なぁオレ、あいつらに何も見てねーって言って来るからよ」

「ふざけんな。お前死ぬつもりか?」

「うっ…」

「おいおい、子供相手にマジギレしてんじゃねーよ…」

「お前は自分の心配してろ」


 思わず冷えた声で却下すればコナンが苦笑をにじませて言い、快斗はコナンを岩に寄りかからせ血の付いた服をめくり上げた。
 やはり撃たれている。弾は貫通しているようだが、早く手当てして病院に運ばなければ危ない。


「光彦、下に着てる服を貸してくれ」

「あ、は、はい」


 光彦が着ているパーカーの下のシャツを受け取り、上着を脱いだ快斗はシャツを患部に当て、上着で縛って止血をした。だがこれはあくまで応急処置。すぐにこの鍾乳洞を出なければいけないが、入口には男が行った。
 快斗1人だけならば対処はできるが、こちらには子供が4人。しかも手負いが1人いて、庇いながら突破するのは難しい。
 ここに残って助けを待っていてもいずれ見つかり挟まれる。ならば残る選択肢は、奥へ進むこと。


「快斗お兄さん、早く逃げないとさっきの悪い人達戻って来ちゃうよ!」

「ちょっと待てって。遅かれ早かれ、ひじりさん達がここへ来ることは間違いない。けどそのまま何も知らないで奥に入って奴らに見つかったら、殺される可能性が高いだろ」

「と、とりあえずこの鍾乳洞は危険だと、あの3人に知らせねーと…」

「お前は喋るな」


 歩美が急かすが冷静に宥め、途中口を挟んできたコナンの額を軽く指の背で叩いた快斗は、コナンの探偵バッジを歩美に渡し、話しかけておくよう言いつけた。
 だが奥へ進めばいずれトランシーバーは使えなくなる。メモを置いておくわけにもいかないし、どうするか。
 手持ちの道具で何かできないか考えていると、ふいに上着の胸ポケットからコナンが何やら取り出した。


「これ使え…犯人追跡用のボタン型発信機だ。裏はシールになってて、10枚ほどめくれる」

「ってことは、追跡眼鏡で追えるんだな?」

「わ、分かってんじゃねーか」


 薄く笑うコナンの顔から眼鏡を取り、ボタン型発信機を受け取る。子供達は何が何だか分かっていないが、時間がないので説明をしている暇はない。
 快斗は元太と光彦にもシールをいくつか渡してある文字を残させ、眼鏡をその場に置いてコナンを背負った。寄りかからせていた岩には血がついてしまっていて、靴で擦って消そうとしたが掠れただけで、水でもない限り無理なため諦める。


「奥へ行くぞ。お前ら、今度こそオレの言うことには絶対従うんだぞ」

「う、うん…」

「おう…」

「ごめんなさい…」


 しょんぼりと肩を落とす子供達に敢えて何も言わず、快斗はコナンを揺らさないようできるだけ足早に奥へ続く道を進んで行く。暗いせいで足元が見えず、腕時計のライトを点けた子供達が先導するように先を歩き出した。


「おい、黒羽オメー…いつから気づいてたんだよ?」

「あんま喋んな、傷に障る。……いつからも何も、宝探しゲームのときから妙に頭の良い奴だとは思ってたんだよ。オレやひじりさんとほぼ同じタイミングであの暗号1人で解いてたしな」


 そして隠し通路がたくさんあったあの城での推理ぶりと、たまに博士がコナンを“新一”と呼びそうになったこと。確証はなかったため疑っていたくらいだが、先程コナンを工藤と呼んだときにもらした言葉で確信したと続けた。


「何でガキになってんのかは、この暗い穴から這い出た後にたっぷり聞いてやるよ。だから死ぬんじゃねーぞ。それと、喋らず意識だけは保っとけ」

「む、無茶言いやがる…」


 荒い息をつきながらも苦笑するコナンに口角を上げて笑ってみせ、快斗はいやに静かな子供達に追いつき見下ろした。先程の会話は少し離れて小声で話したために聞かれはしなかっただろうから心配はない。
 歩美が快斗を─── 正確には背中に背負ったコナンを涙目で振り返り、じわりと涙を浮かべると声を沈ませる。


「わたしがいけないんだ…『ちょっとぐらい平気』なんて言ってこの鍾乳洞に入んなきゃ、コナン君、こんな目に遭わなくて済んだのに」

「歩美ちゃんのせいじゃありませんよ!元はと言えばボクがこんな所を見つけたから…」

「バーカ!悪いのはオレに決まってんだろ?オレが調子に乗ってあの悪い奴らが死体運んでるとこ見ちゃったから…」


 責任を背負い合う3人に、快斗が言うことを聞かなかった3人全員が悪いと口を開きかけたが、それはコナンの「バーロ」と笑う声に遮られたため言葉にはならなかった。


「オメーらがこの鍾乳洞に入ったお陰で、迷宮入りしそうだった殺人事件が解決できそうなんだぜ?しけたこと言ってんじゃねーよ…」


 撃たれて死にそうな怪我を負ったというのに、この言葉。
 快斗は深いため息をついた。ああそうだ、彼らはまだ小学一年生。あまり責めすぎるのも良くない。それに、どうやらコナンが撃たれたことで多少冷静さを失っていたようだ。


「そうだな、コナンの言う通りだ。それに、それを言うなら鍾乳洞に入るのを止めなかったオレもコナンもみんな悪い。けどお前ら、オレの言うことを聞かなかったことは奴らから逃げおおせた後に全力で叱ってやるから覚悟しとけ」

「ハハ、ひじり姉ちゃんも怒るな、こりゃ…説教すっげぇ怖いんだぜ」


 快斗は面と向かって叱られたことはないが、敵に向けるひじりの怖さはよく知っているので無言で頷いた。
 子供達の顔が3人揃って纏めて青くなる。子供相手にそこまで怒りはしないだろうけど、どうだろう。快斗には予測が全くつかなかった。

 それから無言で暫く歩くと、今度は道が二手に別れた。
 右か左か、どちらへ行くか。もし片方が行き止まりで挟まれたら即アウトだ。彼らには快斗達と逆方向へ向かってもらわなければならない。


「歩美、探偵バッジ持ってるか?」

「う、うん。はい」

「コナン、変声機は?」

「ズボンの後ろポケット…」


 歩美からバッジを受け取り、言われた通りポケットから変声機を取り出した快斗は、一旦コナンを元太に預けると音量を上げただけの変声機にバッジをくくりつけ、左の道へ振りかぶってなるべく遠くへ投げた。
 少し経ってカンカンと小さな音が立つ。コナンのバッジで歩美のバッジと通信ができ、囁いた声が左の道の先から小さく聞こえてくるのを確かめた快斗は、コナンを背負い直して右の道へと入った。


「いいかお前ら、小さな声でこのバッジにひたすら何でもいいから喋っとけ。できるだけ切羽詰まった声でな。それと、奴らの声が近づいたら喋るのをやめろ」

「わ、分かった」


 子供を連れた快斗の足と大人の足では大きな差がある。できるだけ時間は稼いでおきたい。
 バッジを元太に渡して子供達3人に指示を出して歩いていれば、背中から小さな笑い声がした。


「考えたな、黒羽…」

「本当はライトを点けたままの時計をこっちの道に置いておくことも考えたけど、ガキだけじゃなくてオレがいるからな。かかってくれる確率は高くない。悪いが、変声機はまた博士に改めて作ってもらってくれ」

「…ああ」


 笑う元気があるならまだ大丈夫だ。
 ひじりさんは気づいただろうか。できれば早く助けがほしい。
 まったく何が“至福の光”だ。宝云々よりも早く出口が欲しいと内心でぼやきながら、快斗は足を進めた。






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