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 キャンプの日当日。天気は快晴、気温湿度共に良好。絶好のキャンプ日和だ。
 博士の車に子供達、バイクを快斗が運転しひじりが後ろに乗って一行はキャンプ場に着いた。
 ひじり、快斗、博士で大きいテントを張る。3人でやればすぐに出来上がった。


「よーしテント完成じゃ!!」


 しっかり張れたのを博士が確認する。テントの次は夕飯を作るためのカマド作りだ。
 今日は全て一からの作業であるが、子供達は案外楽しめているようで、博士が薪になる枝を子供達に頼んでも不満もなく良い返事をして駆け出して行った。





□ 命がけの復活 2 □





 ひじり、哀、博士がカマドを作ってそのまま夕飯の準備に入るため、残った子供達が薪となる枝を拾いに森へ入り、その引率として快斗もついて行くことにした。


「5人もいるんだ、腕に抱えられるくらいで充分だろ。足りなくなったらオレがまた取りに来るからよ」

「「「はーい!」」」


 良い返事をした子供達に笑みを浮かべ、早速枝を拾いながら時折夢中になって遠くに行きそうになる者を呼び止める。
 だが子供が4人ともなれば全員を万遍なく見るのも難しい。ただでさえ好奇心旺盛な行動力溢れる子供ばかりだ。それでもコナンもいることで何とか1人もはぐれさせず枝を集め、頃合いを見計らってそろそろ戻るかと顔を上げた。


「よし、そろそろ戻るぞお前ら!」


 コナン、歩美、元太の顔を見て、光彦がおらず首を傾げて後ろを向けば、少し離れた所にあった鍾乳洞の前で屈み何かを見ていた。快斗と子供達3人で何をしているのかと寄ると、光彦が振り返らぬまま手招く。


「ちょっとちょっと!皆さん来てください!」

「ん?ただの鍾乳洞じゃねーか…」

「『入るなキケン』って書いてあるよ」


 鍾乳洞の存在には気づいていたが、教えれば入ってしまうだろうと思っていたため敢えて言わずにいてさりげなく離れさせていたというのに、結局見つかってしまって快斗はため息をつく。
 コナンが奥をちらりと見て、歩美が傍に立った看板を読むと、光彦は立ち上がり「注目するのはこれですよ!」と入口の傍にあった石を指差した。快斗の膝までもない大きさの石は楕円を角ばらせたような妙な形をしており、つい覗きこむと何やら字が彫られていた。


「龍の道に歩を進めよ…さすれば至福の光、汝を照らさん」


 コナンが読み上げる字はとても小学生一年生が読める字ではないのだが。
 思わず半眼で見やればコナンは慌ててそっぽを向き、小さくため息をついた快斗は石を振り返り、読み上げられた字以外にも何やら書かれているのに気づいたが、すり減っていて読めそうになかった。ということは、これがここに置かれたのはもうずっと前ということか。


「シフクの光…?」

「幸せいっぱいの光のことですよ!」

「それってもしかして…」

「「「お宝かも!!」」

「ハハハ…またそれかよ」

「好きだなお前ら」


 光彦、元太、歩美が言い、3人が声を合わせると呆れたようにコナンと快斗が笑う。
 確か子供達は少年探偵団でトレジャーハンターではなかったはずだが。それでもお宝というのは子供の目を輝かせ憧れさせるものなのだろう。

 しかし宝か、と快斗は内心で呟く。
 “至福の光”が本当に宝かどうかは置いといても、もしそれが宝石ならばパンドラかどうか確かめる必要がある。まさかこんな所に眠っているとも思えないが、可能性はゼロではない。


「問題は石に大きく彫り込んであるひらがなの“と”だな」


 コナンが石を見て呟いた文字が何を意味するのかは分からないが、とにかく考えるのは後だ。
 今の快斗は、キャンプを楽しみに来たただの高校生。子供達ほど宝に目がないわけではない。
 “と”と彫られている文字からとん汁トパーズトンネルと想像する3人にいいから戻るぞと声をかけようと振り返ろうとして、ふいに口を開いたコナンに顔を大きく歪めることになった。


「徳川の埋蔵金…」

げっ。お前余計なことを言うんじゃねぇよ!」

「ってー…!いやいや冗談だって…、あ!」


 無闇に子供達を煽るようなことを言ったコナンに軽く拳骨を落とし、痛がったあと目を見開くコナンの視線を辿って振り返れば、入口に丁寧に薪を置いて子供達が中へ入っていた。慌ててコナンと共に子供達を追う。


「おいお前ら!何やってんだ戻るぞ!」

「えー!ちょっと探検するだけ!ね!」

「……ったく。分かったよ。そん代わり、オレの言うことは絶対聞くこと。約束できるか?」

「「「はーい!」」」


 前に“世紀末の魔術師”と名乗りキッドとして行った城のときといい、その素直さが逆に怪しい。
 だがまぁ後でずっと不貞腐れて夜中こっそり忍び込まれるよりかはましかと、快斗はコナンと共に鍾乳洞へ足を踏み入れ、腕時計のライトを点けて辺りを照らした。


「中は結構広いな。でも整備は殆どされてねぇ」

「そりゃ『入るなキケン』って看板があるくらいだからな」

「そーいやそだった…」


 無意識にお互い素で快斗とコナンは会話を交わし、気づいた快斗がぱっとコナンを見れば、コナンは慌てて子供達の輪の中へ入って行った。じとーっと半眼で小さな背中を見つめる。


(やっべー、あいつ絶対ぇ勘付いてるよなアレ)


 冷や汗を浮かべて内心で呟いたコナンの背を無言で見つめ、ため息をついて周囲に視線を走らせる。
 今のところ危険はなさそうだ。そう思った快斗は、ふいにちらちらとこちらを窺うコナンの足元に何かあるのに気づいて歩み寄り、その何かを手に取ってライトで照らした。


「煙草?……まだフィルターが湿ってるな」

「だ、誰かボク達の他に人がいるのかもねー?」


 アハハ、と子供のようにコナンが笑うが快斗は半眼で一瞥するだけで、もう一度煙草を見てこの先にいる者の気配を探った瞬間、ぴりりと背筋を冷たいものが駆け上がった。
 何か、嫌な予感がする。この先へ行ってはならないという直感が下す警告に、快斗は先へ進む子供達へ声を上げた。


「おいお前ら!戻るぞ!!」

「えー」

「もう少しいいだろー」


 やはり不満そうに歩美と元太が声を上げるが、快斗は子供達へ近づきながら首を振る。


「約束しただろうが、オレの言うことは絶対に聞くって。もうひじりさん達も用意ができてるだろうから、早く戻るぞ」


 がしりと一番先に走り出しそうな元太の襟を掴んで入口の方へと問答無用で歩き出す。何でオレだけ掴まれてんだよ!?と文句を言われたが無視だ。
 とにかく早くここを出なければいけない。まだ頭の中で警鐘は鳴り響いていて、油断はできそうにない。
 何もなければそれでいい。だが何かがあってからでは遅いのだ。


「おい歩美、光彦!」


 ずんずんと入口へ向かっていると元太の助けを求めるような声がして、それでも無視していれば、唐突にずしりと元太の襟を掴む腕に負荷がかかってつんのめった。何事かと振り返る前にコナンが慌てたように声を上げる。


「オメーら何して…!」

「あともう少しだけー!お願い快斗お兄さん!」

「せっかくのお宝かもしれませんし!」

「よっしゃ、隙ありぃ!」


 振り返って見れば腕に歩美と光彦が抱きつくようにして縋りついていて、不意を突かれ思わず手が緩むと、その隙に快斗の手から抜け出した元太が奥へ走り出した。


「っ、お前ら!元太待て!!くそ、コナンあいつを止めろ!!」

「え、あ、ああ!」


 叱るのは後回しにして、コナンに元太を追い駆けさせ歩美と光彦を何とか振り払って快斗も追い駆ける。
 歩美と光彦に捕まっていた分と、子供の俊敏さに元太との距離はだいぶ離れていたが、追いつけないほどではない。
 快斗が追いつくよりコナンが追いついて止めようとしたが、体格の差から元太はコナンを引きずるようにして奥へ進んで行く。


(ダメだ、奥へ行っちゃいけねぇ!!)


 警鐘が強く響く。嫌な予感がじとりと纏わりついて、それを振り払うように元太の首根っこに手を伸ばしたとき、奥から光が見えた。
 あれは良いものではない。奥へ行く毎に強くなる予感と気配に、直感の警告が正しかったことを教える。


「行くな元太!!」

「っ!」



 快斗の紛れもない怒声にびくりと身を竦ませた元太は、足を止めるのではなく、叱られるのが怖くなったのか瞬時に身を伏せて快斗の手を躱すと奥へと逃げ出し角を曲がった。そしてそこで、元太は光の中に浮かぶ異様な光景を目の当たりにすることになる。
 4人の男達。1人が先導するように先を歩き、2人が1人の男を抱えて運んでいる。運ばれているその男は目を大きく見開き、額にあいた穴から血を流していた。


「う…うわぁあああ!!!!


 悲鳴を上げ、顔を青くして戻って来た元太に快斗は舌打ちする。
 快斗のもとへ戻って来た元太だったが、足が竦んだのかその場から動かず、うわ言のように「し、し、死体…死体が…」と怯えてひとつの単語を繰り返した。


「逃げろお前達!」

「ヤロォ…」


 快斗が叫んだと同時に角から短髪おかっぱの男が現れ、懐に手を入れる。向けられた殺気を敏感に感じ取った快斗は無意識に懐へ手をやり、そこに何もないことに舌打ちした。
 避けようとすれば子供達に当たる。響く足音に、相手は1人ではないことが判った。
 どうする。その一瞬の逡巡が、快斗の身を危険に晒すこととなった。






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