21
「え、事件?」
「ああ、そのせいで今アトラクションが中止になっててね。すまないね」
「いえ……いつ頃再開しますか?」
「さぁねぇ…。あ、ゲートも今閉じてて出られないよ」
「……分かりました」
□ 人形が見る夢 21 □
観覧車乗り場へ行けば止まっていて、快斗が聞いてきたところによると、何でも事件があったらしい。何があったのかまでは係員は分からなかったようだが、ざわめく客の会話から察すると殺人事件のようだ。しかも現場はジェットコースター。
ひじり達が回ってた方とは逆方向にあり、つまり新一と蘭が向かった方。だが2人が事件に巻きこまれてしまったのだとしても、新一がいるからすぐに解決するだろう。
どうせゲートも閉まっているのだからと、
ひじりと快斗は観覧車乗り場近くのベンチに並んで腰を下ろしていた。
「……」
「……」
どれだけ時間が経っただろう。2人の間に会話は一切なく、物悲しい切なさのようなものが漂っていた。
ひじりは確信してから強くなってくる
匂いに目を伏せた。やはりいるのだ、彼は――― ジンは、ここに。
まさか殺人事件にはジン達も関わっているのかと疑うが、ここまで騒ぎになるようなことは彼らはしないから違う。ならば、何かしらの取引だろうか。ぼんやりと物思いに耽っていれば、ふいに膝の上で組まれた手に快斗の左手が触れた。
「
ひじりさん」
「……」
「オレ、
ひじりさんが好きです」
ざわめく園内で、するりと快斗のはっきりした声が耳に入る。
ひじりはのろのろと顔を上げた。快斗は前に
ひじりが好きだと言った顔で笑っていて、目が合うと視線を落とした。
快斗の手が小刻みに震えていることに気づく。必死に笑顔をつくる顔からは血の気が失せていた。
――― 君は私の何を知っているの。どうしてそんな顔をするの。
しかしその問いは喉元に引っかかり、快斗がまた何かを言おうと唇を動かしたのを、
ひじりは手を握り返すことで止めた。
「私は、快斗を愛しているらしい」
少し冷たくなった手を両手で包むと、ぽんとそんな言葉が飛び出た。
頭の中に有希子の笑顔が浮かぶ。快斗に対する想いを吐露したとき、有希子はきれいに笑って言った。
「けれどまだ、快斗に恋をしていない」
「……え…?」
快斗の指の一本一本をゆっくりと撫でる。指の形を記憶するように。
「快斗のことを話したら、新一の母親にそう言われた。私は快斗のことを愛しているけど恋をしていないから、快斗に応えられない。ずるくて、わがままで、自己中心的な醜い想いを私は抱いてる」
快斗は
ひじりの突然の告白に呆然として目を瞬くことすら忘れている。その青い目に映るのは、ほんの僅かに泣きそうな顔をした自分だった。
「私はね、快斗」
今から自分は、ひどく残酷なことを言う。
拒絶されるかもしれない。嫌悪されるかもしれない。あたたかな笑顔は、二度と見られないかもしれない。
もしかしたらそれが一番あるべき形なのかもしれないと思いながら、
ひじりは快斗の目を真っ直ぐに見て言った。
「快斗に死んでほしいと思ってる」
目を見開いた快斗は、三呼吸分動きを止め、ひゅっと息を呑んだ瞬間絡めた指を痛いほど握り締めてきた。
加減の一切がない力は、
ひじりの白い手を更に白くする。
ひじりを映しながら瞳を大きく揺らし、眉間にしわを寄せてきつく目を閉ざした。
快斗は、力をこめすぎてぎちりと
ひじりの手を軋ませると深い息を吐き出して力を緩めた。ゆっくり瞼が押し開かれる。
ひじりは黙って返事を待った。痛みを訴える手から伝わるものはあったけれど、確かな快斗の言葉が欲しかった。
「――― 喜んで」
笑って、頷かれる。
予想していたとは言え、
ひじりは絶句した。
――― どうして、受け入れる。
愛してると言った。だから死んでほしいと。
私のために。私のせいで。私と一緒に。前につくはずだった言葉を、快斗は正確に理解した。
数秒遅れ、じわじわと喜びが胸に広がる。嬉しいのだ。受け入れられたことが。
「オレの命を
ひじりさんにあげますから、だから、オレを傍にいさせてください」
「……」
「オレも同じなんです。オレも最初に、恋をする前に、あなたを愛してしまっていた」
「……快斗は――― どこまで私を知っている?」
ひじりの問いに、快斗はただ、笑う。
「何も。オレは、何も知らないんです。
ひじりさんが何者なのか、何も。……ただ、オレはあなたに触れたかった」
腕が伸びてきて抱きしめられ、肩口に顔をうずめられる。公衆の面前だが誰一人こちらに注目しておらず、
ひじりはなされるがまま快斗の小さな震えを感じながらぽつぽつと言葉を落とした。
「私にはひとつだけ譲れないものがある」
「はい」
「それはきっと、快斗を傷つけるって分かってる」
「はい」
「快斗を私のことで巻きこむべきじゃないと分かってるから何も話せなくて、それでも快斗を手放せないような、ずるくて卑怯な女だよ、私は」
「うん」
「それでも快斗は、私を好きだと言うの?」
「それでも
ひじりさんだから、好きだ」
言い切った快斗は顔を上げた。笑っていた。恋してると言った顔で、好きと言う。
有希子の言葉が蘇った。ずるくてわがままで、自己中心的な愛でも受け止めてくれる人のことを、運命の人と言う。
ああ、ならば快斗が運命の人なのだろう。死んでほしいというわがまますら喜んでと受け入れてくれたのだから。
“人間”でいたい。“人形”ではなく1人の女として、快斗の隣にいたい。
それが叶わないのなら、最初から決めていたように“人形”として死のう。それに、どうか巻きこませてほしい。
私のために、私のせいで、私と一緒に、死んでほしい。
夢の先で太陽と共に死ねるのなら、それは幸せなことだ。
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