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「オレ黒羽快斗、よろしく!」

「……工藤新一。よろしく」


 互いに自己紹介をする2人がばちばちと火花を散らしているように見えたが、きっと気のせいだろうとひじりは視線をそらした。





□ 人形が見る夢 20 □





 偶然にも新一と蘭とのデートの日とかぶってしまい、トロピカルランドの入口で鉢合わせた4人は一緒にゲートをくぐることになった。
 ちなみに、結局園子は今日までに彼氏がつくれず、トリプルデートは白紙となり消えた。

 顔は同じと言っていいほどそっくりだが、こうして新一と快斗を見比べてみるとやはり違う。
 2人はまず自分とそっくりの顔に互いに驚いてその後なぜかすぐに火花を散らしていたが、ゲートをくぐるまでの間、男同士で話をしている内に気が合ったようでそれなりに意気投合したらしい。同い年であることと、同じレベルで会話できるということが大きかったのだろう。


「へぇ、じゃああの事件は工藤が解いたのか」

「まぁな。なぁ黒羽、お前ホームズって知ってるか?」

「んー悪い、そんな詳しくないんだ。確か、工藤みたいな名探偵なんだろ?」

「ったくしょうがねぇな、オレが教えてやるよ」

「……黒羽君、新一をのせるの上手ね」

「マジシャンのたまごだしね」


 快斗はひじりのときのようにあまりあれこれ話題を提供する方ではなかったが、会話を引き出しやすいよう不自然にならない程度に褒め、おだてられて悪い気はしない新一が得意そうに話を振る。
 どうやら会ってすぐに新一の性格を捉えたようだ。新聞に堂々と載るところから目立ちたがり屋だというのも事前に知っていたせいでもあるだろう。
 蘭はと言えば、長々とした新一のホームズ話に付き合わなくてすんで助かったと言わんばかりにほっと息をついていた。
 さて、新一と快斗が仲良くするのはいいが、今日はお互いデートなのである。まさか男同士女同士で別れるわけにいはいかないだろう。


「んじゃ工藤、オレはこっちから回るから、そっちは毛利さんとごゆっくりー!行きましょう、ひじりさん」

「うん」


 ちょうどタイミング良く会話を切り、快斗はひじりの手を取ると笑顔でひらひらと手を振った。それに、新一がおうと言葉を返す。


「黒羽オメー、今度オレんち遊びに来いよ!あとひじりに怪我させんな!よし、じゃあ行くぞ蘭」

「うん。ひじりお姉ちゃん、またね」


 どうやらお誘いを受けるほどにまでなったらしい。反対方向へ向かう新一と蘭に手を振りながら天晴と感心し、手を引かれるまま歩き出したひじりは快斗を振り返った。


「快斗、新一のホームズ話に付き合って疲れなかった?探偵、あまり好きじゃなかったよね」

「ホームズの話はなかなか面白かったから大丈夫。確かに探偵にはあんまり良いイメージは持ってませんけど、工藤のことは嫌いじゃないですし」

「そっか、ならよかった」


 予定していなかった新一との遭遇だったが、探偵云々は抜きにして、いつの間にかアドレスまで交換しているようだし良い友人関係になりそうだ。
 2人が仲良くしてくれるなら私も嬉しい、と思っていればくるりと快斗が振り返ってパンフレットを広げる。


ひじりさん、まだあんまり長く歩くのはつらいですよね?待ち時間が少ないものから乗って、休憩挟みながらいきましょう」

「今日のエスコートは快斗に任せてるから」

「ええ。今日1日、この手はプリンセスのためだけに」


 ひじりと繋いだ手の甲にキスを落とした快斗は、するりと指を絡めると歩き出した。
 まずは定番、メリーゴーランド。ゆっくりと軽快な音楽と共にカラフルな馬や馬車が回って目をも楽しませている。
 パスを見せて台に乗ったひじりは、てっきり馬車に2人で乗るのかと思いきや背の低い馬に横向きに座らされた。そして後ろに快斗が乗る。落ちないようひじりの腹に腕が回されて密着し、快斗にしては積極的だと振り返れば勢いよく顔をそらされた。


「待って見ないで今のオレすっげーカッコ悪い」

「カッコ悪くないよ、可愛い」

「……あんまり嬉しくない」


 赤みを残したままぶすっとした快斗は、ピロロロロと出発音が鳴って馬達が動きはじめると、支え棒とひじりの腹に回す腕に力をこめた。
 恥ずかしくはない。快斗の体温はひどく安心する。けれど心臓は少し速めに脈を打っているのだから、ひじりなりにドキドキはしていた。表情は基本的に相変わらずの無だが、こればかりは無理やり動かすわけにもいかないので、自然な流れに任せよう。

 やがてメリーゴーランドは止まり、快斗が先に下りてひじりの手を取っておろす。2人は自然と指を絡め合い、次のアトラクションへと向かって歩き出した。






 トロピカルランドは広い。
 アトラクションのひとつひとつも小さくないので隣り合っててもそれなりに歩くことになり、いくつかこなして少し疲れたなと思ったら、快斗はすぐにそれを察してベンチへ促した。本当によく見ている。


「少し早いですけど、お昼にします?」

「そうだね」


 頷き、パンフレットの園内図を見ながら現在位置を確かめる快斗をやわらかく細めた目で見ていたひじりは、ふいに視界の隅を黒がよぎってそちらを振り返り、何もなかったことに首を傾げた。
 快斗が近くにおいしいと評判のレストランがあると言って立ち上がり、ひじりも手を引かれて立ち上がる。角を曲がった向こうらしい。そちらへ顔を向けた、その瞬間だった。


 ふ、と鼻を掠めた匂い・・に思わず足を止めた。


「……ひじりさん?」


 唐突に動きを止めたひじりを訝しんで快斗が振り返る。けれどひじり匂い・・がした方を凝視したままで、快斗の声も耳に入らない。
 ひじりの視線の先には誰もおらず、建物の向こうを見晴るかすように遠い目をしていた。

 気のせいか。いいや、気のせいじゃない。

 “人形”が知らせる。



 ――― 間違いなくこの園内に、“いる”。



 確信した瞬間、ひじりは目を見開いた。同時に唇が動き、音にならなかった言葉は男の名だった。
 ざっと血の気が引くように跳ねていた心臓が静まり返る。だが、逃げ出すわけにはいかない。そして匂い・・の元へと進みたくなる足を地面を強く踏むことで押し留め、ひじりは努めてゆっくりと快斗を振り返った。


「……ごめん快斗、ひとつお願いがある」

「お願い?」

「私と観覧車に乗ってほしい」


 ぎりぎりと目に見えない首輪が喉を締める。
 戻れ、戻れ、戻れ。あの男のもとへ。嫌と言うほど刻みこんだ声が頭の中で指示を出して、“人形”がともすれば駆け出しそうになるのを気合いで抑えこんだ。

 唐突なひじりの言葉に、しかし快斗は何も訊かない。何も言わない。
 見上げた顔は泣き笑いのようなもので、揺れた瞳を瞼の下に隠した快斗は、一度表情を消して目を開き、悟った顔で微笑みながらゆっくりと頷いた。


「……分かりました」


 ありがとう。小さな言葉はどんな顔をして言えただろう。
 無意識に、横髪に咲く髪飾りに触れた。






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