17
「
ひじりお姉様、お茶会しましょう!」
そんな唐突のお誘いに、
ひじりは相変わらず無表情のまま頷いた。
□ 人形が見る夢 17 □
快斗と行く約束をしたトロピカルランドは最近オープンしたばかりだが、話題性があり遊園地の他にプールやホテルなども同敷地内に建っているため人の入りはかなり多く、もう少し落ち着いてからにしようと決めた。少なくとも人が集まる春休み中は無理だろう。
「いいな~
ひじりお姉様、年下のナイトとデートかぁ~」
羨ましそうに言って頬杖をつく園子に、楽しんでくるよと照れもせず返す。
今日は平日だが春休み。当然学校が休みなので、
ひじりは園子に誘われて鈴木邸にお邪魔している。園子の自室のテーブルには同じく誘われた蘭が着いていて、
ひじりと快斗の仲が良いことを純粋に喜んでいるようだった。
「本当に
ひじりお姉ちゃん、黒羽君と仲が良いんだね」
「新一と蘭ほどじゃないと思うけど」
「あ、やっぱり
ひじりお姉様もそう思います?まったく、あんたら早くくっつきなさいよね」
「なななな何を言うの園子!
ひじりお姉ちゃんも!」
ひじりと園子は「ねぇ」と顔を見合わせ、蘭は顔を真っ赤にして狼狽える。
新一と丸きり同じなその反応を見てほらやっぱり、と
ひじりが内心で呟く。新一も早く素直になればいいのに。いつまでも両片想いで、見ている方はもどかしくて仕方がない。
「今度デートするんでしょ?」
「
ひじりお姉様達と同じで、トロピカルランドだったわよね?もうダブルデートしちゃったらー?で、観覧者に乗って一発ガツンとコクってきなさいよ!」
「もう、園子!」
いい加減にしてよと蘭が怒るが、その顔は真っ赤なので全く怖くない。
ひじりと園子はもう一度「ねぇ」と顔を見合わせた。その仲の良さに蘭がムッと唇を尖らせる。わたしの
ひじりお姉ちゃんなのに~と恨みがましげな視線を受けて、園子は蘭から視線をそらすと話題を変えた。
「そ・れ・で!
ひじりお姉様、黒羽君と何度もデートするくらいですもの、好意はもってるんですよね?」
「ああ…うん、まあ」
「え!?この間はそんなんじゃないって!」
あくまで
ひじりは快斗のことを友人だと思っているとばかり思っていた蘭は、まさか突然横から現れた男子高校生に掻っ攫われてしまうのかと顔色を変えた。
確かに以前聞かれたときは「そんなんじゃない」と答えたが、変わってしまったのだからしょうがない。
園子は目をキラキラ輝かせて身を乗り出し、袖を引っ張って詳しく聞かせてくれとねだるが、
ひじりは手元のコップに視線を落として首を振った。
「でも私はまだけじめをつけてないから、快斗に応えることはできない」
「けじめ?って、何ですか?」
「……秘密」
口元に人差し指を立てて唇を閉ざし、不服そうな顔をする園子の頭を優しく撫でる。頬を染めてうっとりとしながらも渋々引いた園子だったが、
ひじりのその言葉に蘭がほっと息をついたのを確かに見た。
大好きな人が帰って来てくれてすごく嬉しくて、出会ったばかりとはいえ快斗と仲良くして楽しそうなのも良いことだが、恋人として付き合いはじめたら自分や新一から離れてしまうのではないかと不安がよぎったのだろう。
ひじりはそんな蘭の思いをすぐに見抜き、優しく目を細めると蘭の頭を安心させるように叩いた。
「大丈夫、蘭。どんなことがあっても、蘭も新一も、私の大事な人のままだよ」
「
ひじりお姉ちゃん…」
「それよりも私は、新一と蘭が付き合って姉離れされるのがちょっと寂しいかな」
ふ、とほんの僅かに
ひじりの頬が緩む。蘭はそれに目を見開いて、くしゃりと泣きそうな顔をすると勢いよく首を振った。
「
ひじりお姉ちゃんは、どんなことがあっても
ひじりお姉ちゃんだよ…!だから、ずっとわたしや新一のお姉ちゃんでいてね」
「うん」
服を強く掴む蘭に頷いてまた頭を撫でる。小さく鼻をすすった蘭は顔を上げて笑顔を見せ、照れ笑いを浮かべるとコップのお茶を飲み干した。
「園子、おかわり!」
「はいはい。あ、そういえば蘭、主将になったんだって?」
蘭のコップにお茶を注いで園子が首を傾げ、
ひじりがそうなの?と問いかける。2人の視線を受けた蘭は、えへへと得意そうに笑って頷いた。
「本当は先輩が主将だったんだけど、ついこの間、わたし勝っちゃって。『敗けた!明日からお前が主将だ!』って」
「はー、随分と潔いって言うか体育会系って言うか…」
「本当は、三年生の先輩達が引退したときにわたしにさせるつもりだったらしいんだけど、まだ一年生だったからもう少し待ったんだって。だから先輩、わたしに傍につくように言ってたんだなぁ」
蘭は空手の才能があるらしく、一年生でありながら殆ど敗けなしだった。だからこその抜擢だろうが、いきなり主将とするには蘭はまだまだ未熟だったため、傍に置いて学ばせていたのだろう。
不安もあるけど頑張る、と頼もしく笑う蘭に、
ひじりと園子も頑張れと励ました。
「そうだ!わたしもがんばって彼氏つくるから、新一君と蘭、
ひじりお姉様と黒羽君、わたしと彼氏との三組でトリプルデートってのはどう?」
「ええ!?」
「いーじゃない、減るもんじゃないし。ちゃぁんと人ごみに紛れたふりして2人っきりにさ・せ・る・わ・よ♡」
「…………」
「園子!
ひじりお姉ちゃんものらないでよ!」
「バレてた」
姉としてここは新一と蘭のためにひと肌脱ぐかと無表情に考えていたのだが、どうやら蘭には見抜かれていたらしい。また顔を真っ赤にして主に園子へ抗議する蘭を微笑ましく眺め、飛び火しないよう黙ってお茶をすする。
春休みも半分が過ぎて、気温が上がりつつある穏やかな日々の目まぐるしさが和らいだ気がする。
世間が春休みなのだから
ひじりも春休みを謳歌した方がいいだろうと快斗に提案され、それもそうかと図書館に行く頻度を少し減らした。快斗は図書館に来るときには必ずメールをくれるようになり、それに合わせて
ひじりも図書館へ行くようにしている。
せっかくの春休みだと言うのに、いつものことだが何だか快斗は忙しいらしい。会えないことを少々寂しいと思いはするものの、快斗には快斗の事情があるのだから仕方がない。メールも電話も毎日欠かしたことはないのだから、喜びはしても不満に思うはずもない。むしろ負担ではないのだろうかと思うが、本人は大真面目に「オレがしたいから!」と言ってくれたので安心している。
そういえば、春休みに入って新一から門限延長権をもぎ取ったのだから、今度ブルーパロットに快斗と顔を出しに行こうか。
案の定門限延長に関して渋い顔をされたのであらかじめ考えていた条件を提示した結果、せめて春休みが始まってからという妥協案で締結した。けどまだ外泊はダメだ!どんなに遅くても21時には絶対帰って来い!と言われ、さすがに外泊はしないと心の中で反論した
ひじりである。
「新一君と言えば、この間また新聞に載ってたわね」
「そうね。危険なことに首突っ込まなきゃいいんだけど」
ひじりが意識をそらしている間に蘭は落ち着いたらしく、園子の振った話題に心配そうな顔をしてため息をついた。
高校生探偵というブランドをもち、最近では「日本の警察の救世主」などと持て囃されているようだが、その若さからか事件に自ら突っ込んでいくのと目立ちたがり屋な性格が相俟って、いつか大きく痛い目を見るんじゃないかと気が気でないのだろう。
ひじりもその心配は抱いているが、この間の時計台のときのようにあまりに突っ走らなければ特に咎めはしないでいる。止めてもあまり聞きそうにないし、むしろ少しくらい痛い目を見た方がいいだろうと思っていたりする。
「取り返しのつかないことになったら、遅いんだから」
むぅと眉を寄せる蘭を見て、励ますように肩を叩いた。
← top →