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「お姉様!是非!是非うちの家に遊びに来てくださらない!?」
「園子!ひじりお姉ちゃんはわたしのお姉ちゃんなんだってば!大体、もうひじりお姉ちゃんの話は聞き飽きたって言ってたじゃない!」
「それはわたしがひじりお姉様と出会ってなかったからよ!仕方ないわ!でも、わたし達は出会っちゃった…これは運命よ!ついてない最悪だった日を最高の日にしてくれたお姉様との思い出を、これからわたしとつくるのよ!」
「ひじりお姉ちゃんとの思い出は、わたしだってこれからまたつくるんだから!」
「あ、オレもひじりさんとの思い出つくりたい」
「「あんたは黙ってて!!!」」
「………はい…」
□ 人形が見る夢 12 □
女って怖ぇ。青い顔をして震える声ですっかり蚊帳の外なひじりの隣に逃げてきた快斗は、ヒートアップしつつある少女2人から目をそらした。いや、そもそもなぜ入ったのか。
あの後、警察から事情聴取をお願いしたいということで警察署に呼ばれ、聴取を終えて園子の家族を待つ間にそれぞれ自己紹介されたのだが、園子の家があの鈴木財閥であったことにひじりと快斗は驚き、続いて「だからお礼も兼ねて是非うちに!」とひじりへ熱烈なお誘いをかける園子に蘭が割り込んで今に至る。
「ふーんだ!わたしなんか、ひじりお姉ちゃんの小学校からの写真持ってるんだからね!」
「お姉様の!?ちょっとそれ見せなさいよ!きっと可愛いんでしょ!?」
「当たり前じゃない!昔のひじりお姉ちゃんはそりゃもうお姫様みたいに可愛くて可愛くて、でもちょっかい出してくる男の子を殴り返すような強さだったわ!」
「流石ひじりお姉様ね!」
「…………」
「言いたいことがあるならはっきり口にしなよ、快斗」
「さ、流石ひじりさん」
「もちろん今のひじりお姉ちゃんだって素敵よ?すっごく綺麗になっても優しいままで」
「怪我をしたわたしにハンカチ巻いてくれたし気遣ってくれて!」
「「まるで天使ね!よしっ!!」」
「平和的解決」
「いいのかあれで!?」
蘭と園子の喧嘩を止めることなく長椅子に座ったまま聞き流していたひじりは、予想通り意見をぴったり合わせて固く手を握り合い仲直りした2人にうんうんと頷いた。
2人が仲良くしているのであれば自分が「お姉様」と呼ばれようが天使と称されようが大したことではなく、好きにさせておくべきだと気にしない。故に快斗の突っ込みもスルーして、満面の笑みを浮かべて戻ってくる2人を迎えた。
「そんなわけでひじりお姉様、今度蘭も入れて3人でお茶しましょ?」
「ありがとう。楽しみにしてる」
「いっそお泊り会でもいいんじゃない?」
きゃいきゃいとひじりを挟んで少女2人が盛り上がる。快斗は無言の睨みに負けて席を譲っていた。
少し面白くない気もするが、まあいいかとひじりの髪を飾る四葉の髪留めを見て快斗はため息をつく。またショーを観に行く約束をしたし、デートもできるし、バラは渡せなくても髪留めは渡せたのだから上出来だろう。
「ん?」
ふいにズボンのポケットが震え、そこに入れていた携帯電話を取り出した快斗は着信画面に映る名前に目を瞬いた。そして、あっと声を上げる。次の仕事の打ち合わせをする予定の時間を、とうに過ぎていた。
引ったくりのせいで予定が大きくずれた。だがどうせ聴取は終わって園子の家族を待っているだけなのだし、もう用はない。だが快斗は名残惜しげにひじりを見て、左右の少女に睨まれるのを覚悟して声をかけた。
「すみませんひじりさん、オレ帰らなきゃ」
「そっか。今日はありがとう。長く付き合わせてごめん」
「全然!また誘うから。それと、約束忘れないでくださいよ」
「うん。……快斗」
背を向けかけた快斗は、ひじりに呼ばれて振り返る。ひじりは四葉の髪飾りに触れ、やわらかく目を細めていた。
「これ、ありがとう」
「……どういたしまして。そんじゃ、また!」
あれはもしかしたら笑ったのかもしれない。やわらかく細められた目を思い出してゆるく笑み、快斗は次はいつ誘おうかと予定を組みながら駆けて行った。
その後ろ姿を、じっとりと半眼で蘭と園子が見送る。
「……黒羽君、かぁ。ひじりお姉ちゃん、いくら新一に似てても気を抜いちゃダメよ?男は狼なんだから!」
「でもかなりイケメンだったわよねぇ。将来有望そうだし、お姉様にお似合いではあるわね…」
「私と快斗はそんなんじゃないから、気にしなくていいよ」
快斗が完全に見えなくなってからひじりは蘭と園子に視線を戻しそう言うも、こういった話が大好物の女子高生2人が早々にやめるはずもなく。
「でもこれからじゃない?どー見てもお姉様にラブ♡みたいだし?」
「う~ん……まあひじりお姉ちゃんを大切にしてくれそうではあったけどぉ…」
「ひじりお姉様は、黒羽君のことどう思ってるんです?」
「……さあ。とてもいい子だと思うよ」
嘘ではない答えだったが、特に園子は納得がいかないようだった。そりゃあ、ここで私も好きだよと答えれば飛び上がって楽しめるのだろうが、事はそう簡単ではない。
「歳の差かぁ」
園子が嘆くように言い、額に手を当てて天井を仰いだ。
それは関係ないと思う。心の中だけで否定したひじりは、廊下の奥から響いてくる足音に目を向けた。
「園子!」
「パパ!」
ぱっと椅子から立ち上がった園子は、息を切らせる恰幅のよい男性――― 父親である鈴木 史郎に駆け寄るとすぐに安否を確認され、膝にこさえちゃったけど大丈夫と笑う。
愛娘に傷がついていることに顔をしかめた史郎は深いため息をついて、まあ無事でよかったと娘に声をかけた。園子は史郎に安心させるように笑い、ふいにくるりとひじりの方を振り向いた。
「パパ、この人がわたしを助けてくれたひじりお姉様よ。今工藤君ちに住んでるみたい」
「おお、あなたが!いやいや、本当に何とお礼を言っていいか…手当もしてくれたようで」
「お気になさらず。私はできることをしただけですので」
「ね、パパ。今度お礼も兼ねてうちに招待したいんだけど、いいわよね?」
「もちろんだとも。私からも是非お願いしよう」
鈴木財閥の会長だと言うのに無駄な威圧感もなく人が好さそうで、ただ父親の顔をして微笑む史郎へ「ご迷惑でなければ」と慇懃に答えたひじりは、一瞬目を伏せると瞬きした後に元の無表情へ戻して頭を下げた。
「ああ、そうかしこまらないでくれ。娘が世話になったようだし、あなたを気に入っているようだ。過ぎた礼は必要ないよ」
「そうよひじりお姉様!そんなことされちゃ悲しくなるでしょー!」
史郎が手を振って笑い、園子は軽く怒ったようにひじりの顔を上げさせる。確かにここまで言われて固持するのも失礼なので、分かりましたとひとつ頷いた。
「さて園子、まずは病院だな。女の子の体に傷が残っちゃいかん」
「えー。こんくらい放っといたらカサブタになって消えるわよ。あーでも、ひじりお姉様にきれいって言ってもらったんだし、やっぱり行く」
「じゃあ行こうか。ひじり君、蘭君、私達はこれで失礼するが、よければ送って行こう」
「あ、いえ。わたし達には迎えが来るので大丈夫です、お気遣いありがとうございます」
「…そうかね?それじゃあ、また」
「ひじりお姉様!絶対にお茶しましょうね!」
軽く礼をする史郎とぶんぶん手を振る園子が揃って廊下の奥に消えて行ったのを手を振り返しながら見送り、姿が見えなくなるとひじりは細い息を吐いた。
まさか会長自ら迎えに来るとは。いや、あの様子では随分園子を可愛がっているようだし当然なのかもしれない。成り行きとは言え園子を助けたことで思いがけず鈴木財閥会長と知り合ってしまったが、本来なら出会うはずがなかった人である。園子にも随分と気に入られてしまったが、懐かれるのは単純に嬉しいので普通に友達付き合いしていこう。
「ところで蘭、迎えってのは…」
「あ、新一のことよ。ひじりお姉ちゃん、新一にメールした後それっきりにしてたでしょ。『ひじりに繋がらねぇ!何かあったのか!?』ってすごく焦ってたわよ」
「……ごめん」
じとりと半眼で言われて素直に謝り、鞄から携帯電話を取り出せば、確かに受信と着信の山だった。蘭の言った通り、調書だ何だで「引ったくりを捕まえたから今から警察に行く」と送ったきり放置してしまっていた。
どうやら新一は部活を終え着替えもせずに飛んでくるようだった。蘭と一緒に歩き出して玄関まで向かえば、受付に食って掛かる少年の背中が見える。
「新一!こっちこっち!」
本当に着替えていないユニフォーム姿のままな新一は、ひじりと蘭を視界に入れるとほっと安堵の息をつき、だが次の瞬間怒りの表情を浮かべると大股で歩み寄って来て、ひじりの頭を表情とは裏腹に軽く叩いた。
「オメーなぁ!危ねぇことすんじゃねぇよ!」
「ごめん」
「心配しただろ、ったく…」
はぁと深く重いため息をつき、肩を下げる新一にもう一度ごめんと謝る。
心配をかけさせてしまった。思えばひじりが新一達と再会して1ヶ月近く経っているが、彼らはまたひじりが事件に巻きこまれて消えてしまうのではないかと不安なのだろう。
揺れた瞳と隠すように握られた拳が小さく震えているのを見て読み取り、申し訳なくなる。けれどまた似たようなことが目の前で起こっても、傍観できそうにはないとも思う。そしてそれを新一も蘭も分かっているのだろう、昔からオメーはそうだったもんな、と諦めたように言った。
「死にでもしない限りできることをするってさ。本当、変わってねぇ」
他人のために命をかけることは馬鹿のすることだ。ひじりは昔からそう思っていて、けれど命がかからない範囲でできることをしていた。
誰かが助けを求めて、それが私にできることならと、笑いながら手を伸ばすような少女だったことを、ひじりも知っている。
「……帰ろうぜ。腹減ったし」
「ひじりお姉ちゃん、わたしも今日夕飯一緒にしていい?ていうか、うち来ない?」
一緒に夕飯作ろう。蘭に提案され、新一を見れば頷かれたのでのることにする。
署を出、夕暮れの中目の前を歩くふたつの背中をぼんやり見る。
もし自分が“人形”として彼のもとへ戻ったら、また2人を泣かせてしまうのか。いいや、もしかしたら園子も。快斗も、泣くだろうか。少なくとも悲しませてしまうことには違いない。
それが申し訳ないと思う気持ちは本当であるのに、それでもやはり、この首にはめられた首輪を取ることは、できそうになかった。
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