監禁というより軟禁だろうかと、ひじりは思った。
 目覚めた時は手錠と足枷をされていたものの、最初だけで今はない。クロゼットには申し訳程度だが衣類があるし、キッチンには調理道具一式揃っている。食糧は最初なかったものの、明らかに既製品のでは嫌だと駄目元で要求すると、いつの間にか揃えられていた。恐らくあの部下の男が用意しているのだろう。ジンが買って持って来ることはないだろうし、その様子を想像すると笑いそうになる。
 洗濯はできるし、ベランダにも出られる。玄関から外に出ようとしなければある程度の自由はある。ああ、テレビはなかった。


「……もしかすると至れり尽くせり?」


 少なくとも誘拐?された人間がいる現状ではないはずだよねぇと、ひじりは呟いた。





□ 銀の檻 後 □





 人間とは環境に柔軟に適応していく生き物である。ひじりもその部分は間違いなく人間で、監禁生活1ヶ月にもなれば慣れ、現状に不満などなかった。むしろ呟いたように至れり尽くせりで、逆にこれでいいものかと首を傾げてしまう。てっきり、実験動物代わりにされるやら売られるやらを想像していたのだが。
 確かに性行為を強要されてはいるが、体に負担がかかるのを控えてもらいたい以外にはあまり要求はない。意外にも避妊薬などを用意してあったのには、確かに助かるが、非道なんだか紳士なんだかよく分からなくなった。


「…お父さん達、生きてるかなぁ」


 暇だと娯楽を要求すれば与えられた小説を手に、ぽつりとひじりは呟く。
 確かにジンが取引を守ってくれているのなら命は助かっているのだろうが、それを確かめるすべをひじりは持たない。
 だが、ひじりはそれを盲目的に信じるしかない。ベランダから脱走しないのもやろうと思えば玄関から脱走しないのも、ひじりがジンと交わした“取引”を信じているからだ。殺人者で誘拐者を信じるなど、これほど滑稽なものはないだろうが。


(─── ん?)


 カチャ、と微かな音が耳を打つ。ジンが来たのだ。
 ここがジンの家なのか隠れ家なのかひじりを軟禁するためのものなのかは分からないが、ジンは週4の割合でやって来る。やって来てはヤッていくのだが、そろそろ拒否してもいいだろうか。抵抗ではなく、拒否だ。
 正直ジンは負担など考えてくれないから、翌日体がだるくてきつくてつらくて大変なのだ。拒否権などないと言われてしまえばそれまでだが、“人形”だって拒否権くらいほしい。


(……随分と図太くなったな、私は…)


 無論死の危険は日常茶飯事なのだが、一度もう割り切ってしまっているひじりにはあまり怖いものがないのである。
 今更殺されることに関して恐怖を抱くことはない。ジンに殺されることは当然で、自然なのだ。もっとも、こういう思考に落ち着くということは、ひじりはだいぶ調教されたということなのだが。


「…ジンって鬼畜なのに紳士だよね…」

「……………脳が壊死したか?」


 ああ、失礼な。こうして軽口も叩けるようになったのだから、やはりひじりは図太くなったのだろう。額に突きつけられた銃口も気にしないでいられる程度には。


「本当のことを言っただけ」

「…紳士なら、人を殺したりはしないがな」

「それもそうだ」


 頷くと、ジンは銃を懐に仕舞って帽子をひじりにかぶせた。大きな帽子はひじりの視界を遮り、驚いている間にジンはひじりを押し倒した。ひじりが手に持っていた小説がばさりと床に落ちる。読みかけ、と紡ごうとした唇が乱暴にふさがれる。


「お前は俺のものだ」


 黒い帽子の下から意志に満ちたひじりの目が覗く。呼吸を整え、ひじりはそうだよとジンの言葉を肯定した。


「私はお前のものだ。この命、これからの時間、全て。私はお前の“人形”だ」


 覗く瞳は意志に満ちて、肯定している。


「逃げ出しはしないよ。“人形”のあるべき場所は“所有者”のところで、それ以外どこにある?」


 逃げ出すのは至極簡単で、けれどそれをしないのは。ひとえに、ひじりがジンの“人形”だからだ。愛玩人形でも構わない。2人の命が無事なのだと、信じていられる間は。ジンの口から、2人を殺したという言葉を聞くまでは、愚かしいほどに“人形”で在り続ける。

 それ以外の生き方を、ひじりは見出せなかった。
 あの日最初で最後だとこの部屋で泣いた、その後に決めたのだ。

 “人形”であろうと。

 その代償として、“人間”を失おうとも。


「私は、お前のものだ」


 そして“人形”は、愚かしいマリオネットのように、この銀髪の男に踊らされる。



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